誇りの幼馴染
「ドーファンよりは格好いい名前よね」
「がーんッ! ひ、酷いですよ…イレーネ。これでも“ドーファン”の名も気に入っていたのに…」
あからさまに傷付いたという様子で、ドーファンの声も元気も尻窄みになっていく。
僕達の前でわざわざドーファンと名乗っていたのだ。
それだけ自分の中で特別な名前であったのだろうに。
「う…ご、ごめんなさい。まさかそこまで落ち込むなんて」
「…少し落ち込んだので頭を撫でて下さい」
「へ? こ、こうかしら…」
思った以上にへこんだドーファンを見て、イレーネもちょっとした罪悪感に駆られたようだ。
言われた通りにゆっくりと頭を撫で回すと、ドーファンは露骨に喜び上がり、顔もニヤつき始めた。
「にへへへへ…」
「…はいはい、そこまでだよドーファン。十分堪能したでしょ」
「えぇっ! ちょ…早過ぎるよ、カイっ!」
今はドーファンの欲望を満たすよりも、話しを前に進めなければいけないんだ。
決して自分の感情を優先させた訳ではない。
…少しだけイラッとしたのは認めるけれども……
「ふーん、何か色々複雑なのはわかった。ドーファンが王様っぽい事をする時はシャルルって呼べばいいんだな?」
「うん! それで合ってるよ、これからもよろしくね! ハイク!」
絶対にそこまではわかっていないであろうハイクも要点だけは掴んだようだ。
「にしても…ドーファンが王様ねぇ。何だか意外だわ。王様とか皇帝って、もっと偉そうにしてる人だと思ってたもの」
「俺もそう思った! 帝国では皇帝に仕えるのが栄誉ある事だって教えられてたし、もっと近寄りがたい人間だって考えてたけど、ドーファンは全然違うなっ!」
「うぅ…それって威厳がないって事かな? はぁ…」
心無いような言葉をかけられたように感じたドーファンは、またしてもズーンっと落ち込んだ。
…多分、二人はそんな意味で言っていないけどね。
「ちげーぞドーファン。威厳とかそんな事は言ってない。ドーファンは近づきやすくていい奴だって言ってんだ。だって今でも俺達を友達だって思ってくれてんだろ? 王様が友達って変な気分だけど俺は嬉しいぞっ!」
「そうね。変に態度を変えたり威張ったりしないんだもの、そこがいいって私達は言っているのよ。少しはその自分のいい性格を誇りなさい」
「二人共……ありがとう…。うん…これが自分の良さなのかな? 大事にするよ…」
「何言ってんだ! それがお前の良さだよっ! これからもよろしくなっ!」
「えぇ! 私もよろしくお願いするわっ!」
ハイクとイレーネはドーファンが王様と知っても、これまでと変わりない態度で接している。
良かったね…ドーファン。君が望んだ景色は変わりなくいてくれるんだ。
心の底から安堵しているのだろう…その横顔からは笑みが溢れていた。
……やっぱり二人は僕の誇りの幼馴染だよ。本人達に自覚はないだろうけど。
「…微笑ましい光景ですね。さて、そろそろ朝食の準備でもしましょうか。朝食と言っても簡単なものですがね。……あっ、朝食を作るのに王様の許可は必要ですか?」
「ふふふ…別にボクはそんな風習など気にしていませんよ。何ならお手伝いしたいくらいです」
ズゥオさんは立ち上がり、冗談を言いながらドーファンに朝食を作る事について尋ねたが、何やら意味ありげな返しをした。
そんな風習? あっ…キャロウェイお爺さんの村にいた時に何か言っていたような……。
「ねぇ、ドーファン。ヨゼフ。そう言えば朝食とかお風呂って帝国と違うって言ってたけど、そろそろ教えて貰いたいな」
「なんだ? カイ君はそこら辺もまだ知らないのか? ふむふむ……そうだっ! せっかくなら外を歩きながらでも教えてあげよう! 君達に見て貰いたいものもあるしな。…ズゥオ、アレを見に行ってくるから、その間に朝食を頼むぞ」
「もう私の主はドーファン様なのですがね…それに私の方が先にお仕えしたので、クワン様は私の後輩という事になるのでは……」
「えっ!? もしかして立場が逆転してしまった事かっ!! な、なんという事だ…」
「…ふふ、冗談です。今までと変わりなく尊敬しておりますよ、クワン様。朝食の準備をさせて頂きます。では、行ってらっしゃいませ」
「そ、そうか! よし…じゃあ、みんなで喋りながら外に行こうっ! とっても面白い花があるんだ! それを見て欲しい! そのついでにカイ君達の知りたい事を私が教えてあげようではないかっ!」
「おい、クワン。目的が逆転しているぞ」
みんなで軽口を言い合いながら、ズゥオさんだけ朝食の準備に取りかかり僕達は家の外に出た。
面白い花? 一体何があるのだろうか……。




