“シャルル”
「行政権だとッ!?」
叫んだのはヨゼフだった。あまりにも越権した要求に思えたのだろう。
行政権。つまりこの国の宰相級の立場を要求しているようなものだ。
信頼関係が築けていない中で、突拍子もない要求であるのは間違いない。
「…いいでしょう。そこまで訴えかけてくるのなら、よっぽどの自信があると思えます。実績もある方ですし、話しを聞いていても優秀さは十分に伝わってきましたからね。しかしながら…未だボクの立場は不明瞭で不確立です。その約束はボクの立場が定まってようやく果たされるものです。なので、まずはボクの立場をクワンさんがどれだけ築き上げてくれるかですね」
「フッ…言ってくれるねぇ。君の立場の事は噂で知っているよ。まずはこちらが協力をしなきゃ意味がないって事か。…本当に君は馬鹿正直だね」
このやりとりを楽しんでいるようで、お互いが微笑を面に出しながら、相手との駆け引きを喜んでいた。
「わかった…。これより私も君に仕えようではないか。───王よ。私の命を貴方様にお預け致します。貴方様の想い描く果ての景色を、しかと見届けさせて頂きましょう。もし、貴方様の振る舞いが専横極まった時、私は貴方様を見限る事をゆめゆめお忘れなきよう」
ドーファンの前に近づくとクワンさんは片膝を着いて臣下の礼をとり、口調も王への敬意を感じさせる優雅な響きあるものへと変えていた。
クワンさんの変化に応じて、ドーファンも威厳ある態度を取りながら接した。
「わかった。肝に銘じておこう。其方の命、そしてズゥオの命も預からせて貰うからには、これからの日々をさらに清廉した行いを旨とする事、この胸に抱いた想いを必ず成就させる事を私も誓おう。だから、まずは……」
紡いだ言葉を途中でやめて、ドーファンはクワンさんに手を差し出した。
「まずは…この手を握って貰いたいです。ボクは…この世界でカイ達と友達になって初めて気付いた事があります。己の過ちを気付かせくれたり、思い付かなかった事を教えてくれたり、何より…誰かを信じるという想いの強さを知る事が出来ました。今のクワンさんには…それら全てが必要なような気がして……。だから…その、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、まずは……その…ボクと友達になってくれませんか?」
いつも通りのドーファンだった。
悪気もないように手を差し伸べる彼の姿は、心の底からそう願っていると知れる穏やかな表情だった。
「…本当に言ってくれるねぇ。悪い気はないようだけど、残念ながらこちらは悪い気にしかならないね。だが…不思議な事に、不愉快さよりも物珍しさが上回っている。…友としてよろしく頼む」
バシッと熱く手を握り合い、お互いの顔を見つめながら、そこに芽生えた新たな友情を確かめ合っているようだった。
減らず口をクワンさんは噛ませども、その口振りとは裏腹にドーファンに対しての迷いや揺らぎなどはなかった。
…心服はしないと言いながらも、ちょっとは信じる気になってくれたんだね。
「普段は何て呼べばいい? 流石に──王と毎回呼んでいたら、街中では怪しまれるからね」
「お好きな方で。普段は気兼ねなく接してくれたら嬉しいです」
「そっか。なら私は引き続きドーファン君と呼ばせて頂こうかな。そっちの方がしっくりくる」
「ドーファンは本当の名を明かしたのにお前は名を明かさないんだな、クワン」
割り込んで質問をするヨゼフにも変化があった。
今までアンタなどと距離感のある言い回しだったが、ようやくその距離が縮まったのだ。
ようやく“名”で呼ぶようになってくれた。
ヨゼフが随分と早く名前で呼んでくれる嬉しい変化に、僕も小さく微笑んだ。
「フフフ…実は面白い事を考えついたんだ。カイ君、もし良かったら私達の本来の名前を当ててみるのはいかがかな? 君はどうやらかなり先の未来の人物のようだし、私達の言動や行いを手掛かりに名前を当てる。どうだい、ちょっとは面白いだろう?」
「…ふぇッ!? 僕がですかッ!?」
何やらとんでもない事をクワンさんは思い付いたようだ。
な、何が面白いのだろう…。
「ははーん、それは確かに面白そうじゃねぇか。俺の名前を当てたように当ててみろよ、カイ」
「えっ! ヨゼフは賛成なのっ!?」
「私もそれは面白いと思います、カイ殿。何やらカイ殿はすでに勘づいておられるようですし、私も貴方の知識や見聞がどれ程のものか興味があります」
「ズゥオさんまでっ!?」
周りのみんなもその気になって、事態は僕が二人の名を解明する方向に進んでいく。
うぅ…このままだとみんなのオモチャになってしまう。
確かにいい遊びかもしれないけど、僕にもメリットになるものが欲しい。
…………そうだ。これなら僕も前向きにその条件を飲める。
…ううん、これだったら知りたい事も知るきっかけになるはずだ。
「…わかりました。けど、僕がお二人の名前を当てた時に…どうかこちらの質問全てに答えて下さい。僕は過去の英雄の生き方が好きで知ろうと努めてきました。だけど、実際はわからない事だらけです。ドーファンの一件でそれがよくわかりました。僕は表面上でしかドーファンの事を…いえ、───の事を理解していなかったんだって……。だから、僕は知りたいんです。貴方達の生き方を…何を想って……何をしようとしてきたのかを…その時はどうか教えて下さい」
「……カイ…」
ドーファンは神妙な面持ちでこちらに視線を向けた。
その視線の元となる瞳の表面には、潤んだ涙を堪えるようにしていた。
「フフフ…それもまた面白いねぇ。いいよ、それで。もし当てられたら何を聞かれようが何だって答えてあげるよ。ねぇ、ズゥオ?」
「もちろんです。それもまた一興でしょう。そんな日が来るのを楽しみにしていましょう」
二人はこの案に快諾してくれて、さらなる余興への興味に拍車がかかったようだ。
…よし、これなら僕も楽しみになってきた。
その正体を暴いてみせるんだからねっ!
「なぁ、カイ。それよりもドーファンの事を───ってみんな言ってるけど、どう言う事だ? 俺まだよくわかってねぇんだけど…」
ハイクの顔には困惑の色で一面が染められ、首を傾げながら尋ねてきた。
…ぷふふ、こんな時でもハイクはハイクだね。
せっかくだから僕の口からではなく、本人の口から語って貰おう。
チラッと横目にドーファンを見ると、視線の意味に気付いたように彼は言った。
「ごめんねハイク。ちゃんとしたボクの自己紹介はまだだったよね。ボクの名前はドーファン。…この国の王です。他の人の前で王の立場を取らなければならない時には、ボクの事をこう呼んで欲しい。……“シャルル”ってね」
ドーファンの正体はシャルルでした。
正確にはシャルル五世。賢明王と名高いフランスの王です。
彼ともう一人の人物の物語が大好きで、ようやく名前が明かせて嬉しいです。




