兵站
ビクッと身体を震わせながら、クワンさんはズゥオさんに目配せをする。
しかし、返ってきた返事は首を横に振ったもので、自身が関与した訳ではなかった事を示唆したのだった。
「理由を聞かせてくれ」
静かながらにも聞く姿勢を示してくれて、少しばかり気が緩んでしまう。
僕達はそれぞれ自分の考えを提示していく。
「これはボクの今までの経験からの話しですが、まず戦争において兵站を大事にする将というのは、とても優秀であると言えます。ボクと対峙した将もその部類の将です。その将は自軍の兵站確保のために組織化された略奪を行い、こちらの国の農業生産率も下げつつ自軍の兵糧を得るという作戦を行いました。ただの略奪ではありません。大規模で効率的で確固たる目的を持った略奪です。それによりボクのいた国はとても疲弊してしまい、国を立て直すのにとてつもない時と労力が求められました。逆に言えば、兵站を確保しない軍はとても強力な軍であっても負けてしまうでしょう。大事な基本を疎かにしてしまっては、勝てる戦いにも敗れてしまいます。戦うための兵が戦いの前に逃げ出しているでしょうから」
「僕も同じ意見です。まずは戦いのための兵站がなくては戦いにもなりません。補給が無くては戦場に身を置き続ける事も、戦い続ける事も出来ません。兵站を大切にしない軍は非常に脆いです。例えば兵站を確保せずに補給線を長く伸ばして敵国に侵攻してしまっては、敵に補給線を断たれてしまい、敵中に孤立する危険性すら孕んでしまいます。電撃戦が必要場面もあるでしょうが、兵站を大事にしない軍は大抵敗れているのは歴史の事実です。僕のいた国でよく言われていた言葉ですが、とても的を得た言葉があります。”腹を減っては戦は出来ぬ“って。お腹が空いたら戦いどころではなくなってしまいますからね」
笑いかけながらクワンさんの反応を伺う。
だが、その顔色は見えない。
話しを聞いている途中から、下に顔を埋めて何やら考え込んでいるようだった。
しかし、堰を切ったように一気に我慢出来なくなったのか、大声を荒げながら楽しそうに笑い始めた。
「クフッ…クフフフフフッ……ハァーハッハッハッハッハッ!! こうも現実的に戦争を捉えられるとはなッ! あれだけ”想い“だの”平和“だ、”愛“などと吐かす輩達がな……。ただの理想主義者ではないという事か…」
ふぅっと深い息を一度吐き、興奮した感情を鎮めようとしていた。
…どうやらクワンさんの求めていた答えのようだった。
機嫌を良くしたままに、あれだけ重たげに語っていた唇は軽いものへと移り変わる。
「……そうだ、兵站だ。兵站こそが戦争を可能にする。兵站があればこそ戦争の継続能力は潰える事はない。それを守りこそすれば、どれだけ負け続けても何度でも立ち上がれる。そこを履き違える事がなければ、戦術的な負けを続けても最終的に戦略的勝利を収める事だって不可能ではないのだ。最後に勝ちさえすればいいのだよ…最後に勝てばね」
「随分とうきうきしてんな…アンタ」
そうヨゼフに指摘されたクワンさんは、ハッとしたようにブルブルと頭を振り、浮き足だった気持ちを立て直した。
「フッ…別にうきうきなどしていない。ちょっと見直しただけさ。私が仕えるに値すると認める人物はどちらかだからだ。大層扱いやすそうな馬鹿か…そして、私の行う方策に理解してくれる人物かだ。……最も、その両方を有していれば文句はないのだが、この両方の性質を持ち合わせるなどあり得ない事だ」
さも当然の相反する二極に位置する人物を仕えるに値するなどと、聞いた者へ誤解を生むような曲解を披露し、前者を傀儡のように扱う事を躊躇わない考えであると暗示した。
癖のある人物であるのは間違いない。
だが、それ以上にその有能さはこれまでの言葉の節々から感じ取れる。
酷く現実主義者であり、酷く正直者であり、そして……酷い現実を観たがゆえの中庸を胸に抱いている。
そんな正直者は時として不正直に、気恥ずかしさを隠すようにこう続けた。
「…君が後者である事を私は願おう。…け、けど、私は君達をまだ認めた訳ではないぞっ! あくまでもちょっと認めただけであって、心から信服する訳ではないと心得て欲しいっ! つまりその……そんなつもりだって事さ…」
隠しても隠しきれない正直な心情は、言葉に滲み出ていた。
さっきのドーファンの台詞に重ね合わせて、どうやらそのつもりになってくれたようだった。
「ほ、本当ですかッ!? では、一緒に来て…」
「…但しッ! 但し私からも条件を突きつけさせて貰おうッ! この国の行政権を私に委ねてくれッ!! 委ねてくれたからには必ずや国力を発展させる事は保証するッ!!」




