”平和の先に“
「嫌だッ! そっちが勝手に私のズゥオを取っただけだし、ズゥオは使い勝手がいいから手放したくないし、私は国に仕える気など毛頭ないのだッ! だから私はズゥオがここから離れる事も認めないぞッ!!」
「使い勝手って…」
「そんな子供みたいな言い分を子供相手に言うのかよ…」
ハイクもイレーネもドン引きのあまり口から本音が漏れ出ていた。
ドーファンの予想していた言い草も見事に的中していた。
まさか”使い勝手“まで追加されるとは予想外だったけど…。
まぁ…うん、言いたい事はわかる。
「それに、お前達は勘違いをしている。平和の先に何があるかを……。そこを履き違えた人物に仕えるなど私には無理だ…他を当たってくれ……」
少しばかりの本音が垣間見えた気がした。
この人はどんな時代に生きた人なのだろうか……。
まるで時代の境目に生き、それを見届けたような言い振りが妙に気になった。
「平和の先に何があるかだって? そんなの平和以外の何があるってんだ?」
「ヨゼフ君…君ならわかってくれると思ったが、どうやら私と観た景色が違ったようだね。昨日のカイ君の発言が事実なら、君も平和な時代のために生き、それを創ろうと誠心誠意を尽くしたのだろう。私も同じだ。そして、それを成し遂げた。君の国も栄えたようだが私のいた国もそうだ。………だがな、その後は違うのだろうね。人というものの本質を私は見た。だからこう言える……平和の先にあるのは”憎しみ“や”妬み“だ…と」
その瞳の奥から訴えかける瞳孔の色は、深い闇の色に染まり、本当にそう信じ込んでいる事をその目を観た者は納得してしまう。
「クワン様…ですが貴方はあの時…儂に言ってくれましたぞ。”かの御仁なら我らと同じ願いを抱くかもしれない“…と。それはつまり、貴方は儂達ドワーフが敬愛する”あの御方“と同じ想いを抱いているという事では……」
「キャロウェイ。確かに私はそう言った。私の中での抱く想いというのは、平和な世を目指す者ではない。この世の中の均衡を保とうとする者だ。キャロウェイが信じる”あの御方“…つまり、ドワーフの王は帝国の侵攻を抑えつけ未だ立ち向かっている。それはつまり勢力均衡の維持だろう? 私はそれだけを願う。世界が平和になる景色などあってはならないのだッ! だから私はあの公国でも帝国に立ち向かった。少しでも争いの火種を絶やさぬためになッ! ………平和な世界の訪れなど見たくないッ! 平和の先にある人間の醜い世界など…私には耐えられないッ!! 私は…私は……ッ!!」
……頭を抱えながら狼狽える姿は演技ではない。
何かに怯えた様子は、その光景を観ている者に恐怖を伝染するだけの恐ろしさを秘めていた。
ハイクとイレーネの目元は引き攣り、後ろに仰け反ってしまった。
他のみんなは驚愕のあまり言葉を失っていた。
…何となくだが、この人が誰かわかってきたような気がした。
これだけの強い罪悪感に駆られた義憤の持ち主…それは……
「クワンさん。僕は歴史を知って気付いた事があります。平和な時代の後に訪れるのは、再び混沌と殺伐とした世界がいずれ訪れるという事実を。しかし、それでも平和な世を創るべきでしょう。ですが、その創り手は帝国であってはならない」
ピタッとその動きを止め、恐怖に滲んだ顔を浮かべたままこちらへ視線を向けた。
ドス黒い瞳孔の中には、一体どれだけの悲惨な景色を収めてきたのか…怨嗟の渦がぐるぐると回り続けている。
その瞳を真っ直ぐに見続けるのに、背中を冷たい何かが走った。
「カイ君…なぜ君はそれを知りながらも平和を訴える? 君は人が平和を壊してきたと昨日言っていたが、それを知りながらもなぜ平和を創ろうなどと。……わからない…わからないよ……平和になっても人は争いをやめる事なんてないんだ。人は争うために生まれてきたのだろうから」
「違います。人は人を愛するために生まれてきた……人を”想う“ために。そう…信じています」
「綺麗事だな。なら…なぜ人は争い続けるのだ?」
「他の人を“愛せなくなった”からでしょう……もしくは…”愛されなくなった“か。これは僕の憶測に過ぎませんが…」
「…”愛されなくなった”………”愛せなくなった“……」
茫然と言葉を紡ぎながら、その意味をゆっくりと噛み砕いて知ろうとしているようだった。
隣にいたドーファンが口を開く。
「クワンさん…ボクも未だに人の想いが何か、人とは何だろうって…ずっと考え続けています。人の顔色ばかりを伺ってきた人生でした…。人に喜ばれる事だけを、人に求められた事だけを行い続けようとしてきました。……でも、人を知ろうとしなかったんです。知る努力はしていたつもりでしたが、それはあくまでつもりだったんです。ボクは大事な友と喧嘩したまま別れ、そして…友は死んでいった。最後に分かち合う事なく、一方的に彼の亡骸に話しかけるしかなかった……。彼のいなくなった世界で生きる意味を失って身体は衰弱して死にました。そして…今はここにいます」
「…………」
「未だにボクの歩む道は定まっていません。この道の果てに何があるかもわからない。だけど…ボクは今度こそ、”守らざるを得ないものの“ためではなく”守るべきもの“のために戦います。……人の想いを理解していないボクかもしれませんが、人のために立ち上がります。この国の平和を守るために」
「…滑稽な話しだな」
「えぇ、滑稽です。実に馬鹿げた話しです。でも…その馬鹿げた話しの物語には、貴方の力は不可欠です。どうか私にお力を添え願いませんでしょうか? 公国の大公が御しやすい人物だったから、貴方が仕えたというのをズゥオさんから聞きました。…私もさぞ御しやすいでしょう。人を知らない王なのですから。ならば、同じように貴方が私を御してくれれば良いのです。貴方の想い描く未来を…どうかこの王国の物語に加えて頂きたい。どうか…”平和“な世の中のために」
「…ッ!!」
毛嫌いする平和を最後までドーファンは訴えた。
それも”ボク“ではなく”私“と言って。
私心からの望みではなく、この国の王としてクワンさんと共に歩みたいと願ったのだ。
相手に何を言われても、その先にあるものの恐怖を知る人物に物応じせずに語った。
そして、物語を描いて欲しいと伝えた。
クワンさんならこの意味がわかるだろう。
歴史を紡いではいけない世界で…物語を描こうとする意味を。
「ククク……つまりはそういう意味か。随分と畏れ多い事を考えているのだな」
「えぇ。これはカイが私に仕える条件でありましたが、私もそうあるべきであると考えております。それがこの世界のためであり…人類の発展にも不可欠であるかと」
「…面白い。綺麗事ばかりを吐かす王とその一行がどうなるのか…少しは興味が湧いてきた。……それに、そこまでの大言壮語を吹聴するからには…さぞ、その生き方を持ってお前達は私に教え諭してくれるんだろうな」
ゆっくりと僕ら二人を見回し、品定めをするようにじっと熱い視線を送りながら、語る唇は止まる事を知らない。
「……信じるという言葉は大っ嫌いだ。だから…お前達がどんな者かを知るために聞かせて欲しい。…戦争で一番大事なものは何だと思う?」
来たっ!
この質問だ。この問いの答えによって、クワンさんの持つ僕達に抱く印象を決定付けるのだろう。
「一斉に答えよ。示し合わされては嫌だからな」
何を言うかを一生懸命に考えた。
僕は悩み抜いたけど、やはりこれが一番大事だと思う。
これを抜きに戦争なんて出来やしないから。
ドーファンを見やると、いつでも言えるという気概が感じられた。
僕も頷き返して一斉にその答えを言う。
それは、必然であり運命でもあったのだろう。
一語一句違える事なく、言葉は重なり合った。
「「兵站ですッ!!」」
平和の先にあるクワンの理念については、いずれ詳しく取り上げます。




