イ・ヤ・ダ
「みんなっ! おはようございますっ!」
バッと勢いよく広間にまで駆け出し、ドーファンは興奮冷めやらぬ状態のまま大声で挨拶をした。
「お、おう…ドーファン。お前そんな朝から元気な奴だったか? …うっ、頭が痛ぇ……」
「おはよう、ドーファン。ヨゼフは軟弱じゃのう。これだから若いもんは」
「生粋のドワーフと比べんなっ! うぅっ! デケェ声を出したら頭が…」
昨夜は大分お楽しみになっていたようだ。
ヨゼフは頭を手で抑えて二日酔いになったようで、目を瞑りながら自身の行いの結果を少しばかり後悔しているように見える。
散らかっていた広間はすっかり片付いていた。
ズゥオさんが片付けてくれたのかな? 手際がいい。
「おはよう。カイ、ドーファン。どこ行ってたんだ?」
「本当よね。二人して朝からいなくなっていたんだもん。別に心配はしてなかったけど…」
ハイクとイレーネはいつも通りだった。
イレーネだけはちょっとむすーっと頬を膨らませていたけど。
「おはよう。ハイク、イレーネ。早起きしちゃったからドーファンと話しをしていたんだ。みんなにも大事な話しがあるんだ」
「ほう。その大事な話しというのは、私の安らかな眠りを妨げてまでのものだったのか? うっ…まだ酔いが…」
上座には“うぇっ“という嗚咽が聞こえてきそうな顔を浮かべながら咄嗟に口を押さえ、気持ち悪さを隠せそうにもないクワンさんがいた。
「クワン様。言っている事は格好付けているようですが、全く格好良くありませんよ」
「少しは私に華を持たせたまえ、ズゥオ。うぅ…気持ち悪い…」
ヨゼフよりかなり重症だった。
どうやら調子に乗ってかなり呑んでしまったようだ。
自業自得である。
「客人を放って置いて呑んでいたんです。そのくらい当然の罰です。今日の朝食は抜きですね。気持ち悪くて食べれないでしょう? というか食べても無駄にされたら嫌なのであげません」
「…ズゥオ、怒ってる?」
「……怒ってません」
「絶対怒っているよねッ! それッ! 私が悪かったから許してッ!」
うだうだとごめんねを繰り返すクワンさんに対して、ズゥオさんは冷たくあしらい面倒くさそうに対応していた。
何だかんだこの二人は仲がいいんだろうなぁ…
「はぁ……全く、少しは反省して下さい。あぁ、そうだ。眠気も気持ち悪さも吹き飛ぶような事を教えて差し上げましょう、クワン様。これは本来の予定とは違うのですが言わせて頂きます。私はドーファン殿に着いて行こうと考えております。どうかお許し下さい」
「…ハァッ!? 何を言っているんだい、ズゥオッ!!」
「おぉ、良かったなぁドーファンッ! そいつを説得出来たのか。これでお前の目的も一つ達成だなっ!」
本当ならズゥオさんがクワンさんにそれを告げる必要はなかった。
ドーファンがクワンさんも説得する予定だったけど、どうにも意地悪をして困らせたくなったようだ。
混乱するクワンさんを尻目に、ドーファンの目的達成を素直に喜ぶヨゼフ。
しかしながら、無情にもこれからヨゼフも同じ目に遭って貰うのだ。
「ねぇ、ヨゼフ。僕もこれからドーファンに従う事を軸に考えていくつもりだからよろしくね」
「………ハァッ!? ……ハァァァァァッ!!??」
ヨゼフの方が混乱の具合が大きかった。
脳内処理があからさまに追いついていないのが伝わってくる。
「カイ、どう言う事よっ!? 何でドーファンに着いて行くのよっ!! 私達はヨゼフに着いて行ってギルドに行くんじゃなかったのっ!?」
イレーネも突然の出来事についていけず、それはハイクもキャロウェイお爺さんも同じだった。
混沌とした場の中にあってドーファンとズゥオさんと顔を見合わせ、微笑が込み上げてくるのは必然だった。
そんな中、いち早く事態の急変に気付く立場にいたクワンさんが口を開く。
「待てッ! ズゥオッ! つまり…そう言う事なのか?」
尻窄みになるにつれ声に冷静さを取り戻していく。
その意味を正確に把握したからこその沈着振りだった。
「…えぇ、そう言う事です。クワン様との約束を果たす時です」
「なぁ…俺だけなのかな? 全然話しについていけないの?」
二人のやり取りの中、場違いなハイクの声が静まり返った広間によく響いた。
そして、この中で一番の年長者が場を締めてくれた。
「カイ、ドーファン。一から説明して欲しいのう。一体何がどうなって、そんな話しが持ち上がったのかを」
──※──※──※──
全ての事を詳らかに明かし、その想いの根底も打ち明けた。
「何と……ドーファンがこの国の王じゃと……」
驚愕の声は、その場にいた事態を知らない全員の気持ちを代弁していた。
イレーネなんかは両手で口を抑えつけて信じられないと、ハイクは目を見開いてドーファンを凝視していた。
ヨゼフは静かに成り行きを見守っている。
「……で、ズゥオはそこにいる王の心意気に触れて、自身の目に叶うだけの人物と判断したと……?」
「その通りです。私は自分の求めていた最高の王をようやく見つけました」
「クワンさん。ボクはこの国の王として貴方にもお願いしたい。凄腕の政治家と言われたクワンさんの力が必要です。この国は…今、とても政情も不安定です。ボクの味方もとても少ない。そんな中で帝国に攻め来られてしまっては…この国は瞬く間に滅ぼされてしまう。だからこそ、今はこの国内を一致させ、帝国に立ち向かうだけの国力と結束力を高める必要があります。そのためには…まずは内政と経済の活性化を図る事が最優先で、貴族や商人達との駆け引き、政治に精通した人物のお力添えが必然となってきますッ! ……どうかこの国の未来のために……世界の平和のために…帝国の侵攻を食い止めるためにも貴方の力をどうかお貸し下さいッ!」
頭を下げる姿は王たるそれではなかった。
威厳も尊厳も感じられない。
包み隠す事なく全てを語る王の姿に、何かの駆け引きなどは存在しない。
ただの一個人の人間の嘆願であった。
…僕が語るべき事は残されていない。
ドーファンと同じように頭を下げてお願いするだけだ。
「僕からもお願いします。ドーファンの友として、これからはドーファンと共にこの国を…この世界の平和のために頑張ります。ですが、そのためにクワンさんのお力が必要です。お願いしますッ!」
返事はすぐには返ってこない。
それだけの内容だ。咄嗟には判断なんて出来やしないよね。
頭を下げ続けたまま時が過ぎ去っていく。
しかし、唐突に静寂が破れるのはいつも突然だ。
それも思いもよらぬ言葉によって。
「……イ・ヤ・ダッ!!!」
まるで子供のような決まり文句を大の大人が、しかもどこかの国の英雄が喚き立てたのだった。




