小国と言われど、一つの国に変わりなく
「尽忠…」
「…報国」
ズゥオさんの言った一つの台詞を僕達はそっと呟いた。
尽忠報国。文字通りなら国のために忠を尽くし報いると読めるだろう。
けど、この言葉の本質って……
「私は“国”のためにこの身を捧げると誓っていたのです。ですが、献身たる想いを満足に成し遂げる事なく、以前の世界で我が命が先に尽きました。……カイ殿、貴方は私に昨日お尋ねになった質問の中で、一つだけ本当の事を伝えていませんでした。私は小国と人々から呼ばれたあの国、ドヴァネーマイン公国のために生きようとしましたが、最後まであの国のためにお仕え出来ませんでした…これは貴方のご指摘通りです。……しかし、私自身はいつでも国のために忠を尽くすのを忘れたつもりはありません。小国と言われど、一つの国である事には何ら変わりありませんから……」
「…ッ!!」
……僕は何て事を言ってしまったんだ。軽々しく決めつけてはいけない事を、ただの憶測で言ってしまった。
"私は小国で生を受け、小国で育ち、そして、小国のために生きました"
"………本当に…ですか?"
たった八文字の言葉だけど、非常に鋭利な刃のよりも深く見えない傷を、知らず知らずの内にズゥオさんに負わせていた。
この人がどんな想いでそれを受け止めたかなんて考えてもいなかった。
知りたい事をただ知るためだけに、ズゥオさんの生き方まで決めつけてしまっていた。
転生者である推測を立て、その背景にある気持ちには勝手な憶測を押し付けて。
“国のために”という大きな志をも、自分の知りたいという欲求のために本当にそうだったのかという失礼極まりない文言を叩きつけて……
「…申し訳ございません、ズゥオさん。僕…とんでもない言葉を浴びせていました。ズゥオさんの抱いている想いを考える事もなく、一方的に貴方を傷付けてしまいました……本当にごめんなさい」
ズゥオさんがドーファンに頭を下げた時以上に、深く頭を垂れた。
遜った姿勢というのは時として、本心として表れるのだと身を持って実感した。
こうして身を低くしているこの瞬間にも、胸の辺りに広がるズキズキとした痛みは渦巻いていく。
相手への深い罪悪感と自身への嫌悪感からくる、負の感情が所以であったのは自分自身よくわかっていた。
「そう気を落とさないで下さい、カイ殿。気にしていないと言えば嘘になりますが、貴方は私の事を何も知らなかったし、私も貴方の事を何も知らなかったのです。……ですが、今はお互いを少しは知れています。なら、お互いの好きなものや嫌いなもの…そして、何を大切にしているかを知っていけばいいのです。さぁ、頭を上げて下さい」
……この人はどうしてこんなに寛大なのだろう。
自身の大切にしてきた矜持を知らないとはいえ否定されれば、誰しもが理性の平衡を保つのは困難になり、燃え盛る焔のような怒りが込み上げてくるだろうに…。
もっと…もっとこの人の事を知りたい。そう思わせるだけの人としての器の違いを見せつけられた。
「…寛大な心に感謝を表します。何か…何か僕に出来る事はありませんか、ズゥオさん。僕…このままじゃ自分を許せません」
「自分を許せない…ですか。貴方も大概に立派ですよ、カイ殿。人は皆、一時もすれば人を傷付けた事すら忘れてしまう愚かな生物です。しかしながら、貴方は真面目に自身に向き合おうと…私を見ようとしてくれている。それだけで私は十分です」
「…ッ! で、でも…それじゃあ…本当の意味でズゥオさんに謝罪を示した事には…」
ズゥオさんの語りに被せるように自然と何か出来ないかを訴え願い出た。
相手が許しても自分を許すというのはなかなか受け入れられなかった。
「ふむ……では、こうしましょう。私は今からある事を行います。それの援護射撃を願いたい。カイ殿は随分と仲が良いようだから口利きして頂きたいのです」
「…ある事? 援護射撃? ……口利き?」
何をするというのだろう?
そう思っていたのも束の間、ズゥオさんはドーファンに向かって唐突にこう放った。
「ドーファン殿…貴君は私が仰ぐための旗に相応しい御方だ。どうか私を臣下に加えて頂きたく」




