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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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謎の解明 六 石鹸とオリーブ

「せっ、石鹸? もうすでにみんな使ってる物だよ? カイだって使ったでしょ、キャロウェイお爺さんの宿屋で」


「うん、その経験があったからこそ石鹸だと思ったんだ。それにドーファンに出逢ったからこそ思い出せたんだ。石鹸の歴史を」


「石鹸の歴史?」


 石鹸というのは動物性脂肪と灰汁を混ぜ合わせる事で出来上がった歴史がある。

 恐らくこの世界で使っている石鹸もそうだ。

 キャンプをした時に真似事で石鹸を作った事がある。動物油脂を使った物と、そしてもう一つの歴史に刻んだ長年愛され続けてきたあの素材。


「…ドーファン。この国の風は心地良いし陽当たりも最高だよ。あの瘴気の森から抜け出した後、見渡す限りの草原から流れ込んでくる風はとても柔かかったよ」


「話しが見えてこないよ。一体何を言いたいんだい?」


「僕はあの村に着いて、宿屋であの石鹸を使った時から“ある木”を探していた。残念ながらまだ見つかっていないけどね。でも、この国の気候、心地良い乾いた風、そして広々とした地においての陽当たりの良さ。それら全ては“ある木”を育てるのにとても適した場所なんだ。その木があればこの国の発展の一助になる。ドーファン……“オリーブの木”はこの国にはないのかい?」


「オリーブの木? あぁ、それならこの山を超えた先の村、さらにもう少し進んだ所にある村で栽培しているよ…」


「…ッ!! あるんだねッ! オリーブの木ッ! やったぁーッ! これならきっと上手くいくよッ!」


「…わゎゎッ!? ど、どうしたんだいカイッ!? そんなにテンション高くしてッ!」


 ドーファンの手を掴んでクルクルと回りながら喜びを最大限に表現する。

 もつれながらも一緒にクルクルと振り回されながら彼も回っている。

 喜びの舞いをしながら興奮したままに語り出す。


「そう! オリーブの木! この万能の木は歴史を大きく変えた木なんだっ! ある王様がオリーブ油だけを使って石鹸を造るように言ったんだ! 君の子孫がそう宣言したんだよ、ドーファンっ!」


「ボ、ボクの子孫ッ!? さっきから君は何を言っているのッ!? …わゎ!」


 回転の拍子にドーファンはすっ転び、手を繋いでいた僕もそのまま一緒に地面へと転がり込む。

 ……しまった! ドーファンはこの国の王様だったっ!


「ご、ごめんなさいッ! ドーファンッ! いつもの調子でついつい接しちゃったけど、王様にこんな不敬を働いた僕はやっぱり…」


「何を言っているの? いたたた……ボク達は友達なんだからそんなの気にしないでよ。それにこれは…痛いはずなのに全く痛くないんだ。むしろ…痛みが心地良いくらいさ」


 その姿は彼の台詞通り痛がっているようには見えなかった。

 身体の痛みを愛おしむように、自分の右手を眺めていた。

 …きっとこんな事もしたくても出来なかったんだろうな。

 そう察した時には昂った気持ちも()いでいき、冷静さを取り戻していた。

 ここは気さくな冗談でも言ってあげようかな。


「ふーん、ドーファンってそんな趣味があったんだね」


「何を勘違いしているのカイはッ!? そんな意味じゃないよ! ……ぷふふ、全く君って奴は」


 呆れたように一息吐くと(おもむろ)に立ち上がり、軽く文句も言いながらこう放った。


「もう、曖昧な言い方をしないで教えてくれない? さぁ、カイの考えている事を(つまび)らかに話してよ」


「しょうがないね。じゃあ胸の内に秘めてきた考えを披露させて貰うよ」


 大袈裟な物言いと身振りを交えながら説明を始めた。

 たかが石鹸、されど石鹸とも言える歴史を添えて。




 ──※──※──※──


 石鹸の歴史はそもそも偶然の産物から生まれた物だとされている。神の奇跡とも、祝福とも。

 人類初の石鹸は紀元前3000年頃の古代ローマ時代に誕生した。

 当時、サポーという丘の神殿で羊を焼いて神に供える風習があった。

 この羊を火で炙っている時、したたり落ちた脂肪が木の灰に混ざって白い塊のようなものが出来た。

 そう、それこそが石鹸の始まりだった。

 その石鹸がしみ込んだ土は汚れを落とす不思議な土として珍重されるようになった。

 英語で石鹸を意味するソープは、この丘の名前から取ったとされている。


 八世紀頃には家内工業として定着し専門の石鹸職人も生まれ、この時代の石鹸は動物性脂肪と木灰から造った“軟石鹸”と呼ばれる軟らかい石鹸でかなり臭いものだった。

 この世界の石鹸もこれだろう。宿屋で手にした時、あまりの軟らかさと多少の獣臭さがあったから、キャロウェイお爺さんに“これは石鹸なのか?”と再確認したくらいだ。

 当時の石鹸は仕方なく汚れを落とすのに使われていた。

 けど、その歴史にも大きな変化が訪れる。

 

 十二世紀になると、地中海沿岸のオリーブ油と海藻灰を原料とした“硬石鹸”が工業的に造られるようになった。

 この石鹸は硬くて扱いやすく、不快な臭いもしなかったのでたちまち人気になった。

 特に地中海の物資の集積地であるマルセイユは石鹸の生産が活発になる。

 しかし、良くなったと同時に悪い事も起きてしまう。


 十七世紀には、マルセイユは高級石鹸の産地として確固たる地位を確立していたが、マルセイユの名を冠した粗悪品も出回るようになる。

 オリーブ油と動物性脂肪を混ぜ合わせて、少しでも安く造りながらマルセイユ石鹸の名前で売っていたのだ。

 それを憂えた当時の国王ルイ十四世は、石鹸製造が完璧であることを願って王令を発布する。


 暑さにより石鹸の密度が損なわれる六、七、八月の石鹸製造を禁止する事。

 五月一日以前はオリーブの実が未熟すぎるため、最終搾りのオリーブ油を使用する事。

 原料油脂はオリーブ油以外の使用を禁止する。違反者には石鹸を没収する罰則を課す事。


 この王令によりオリーブ油以外の使用が禁じられた結果、生のオリーブ油が容易に手に入るプロバンス地方に石鹸産業は集中し、マルセイユ石鹸はその価値を高める事に成功した。

 こうした経緯がマルセイユ石鹸が“王家の石鹸”と呼ばれる由縁である。

 マルセイユ石鹸は大きな富を産み落とし、ヨーロッパ中で大人気となりフランスが飛躍する一助になった。

 たかが石鹸、されど石鹸。

 身近な存在が大きな経済効果を生み出す一つの歴史の証明でもある。


 ──※──※──※──




「なるほどねぇ…。硬石鹸を造れって事か……言われてみるとその発想はなかったな。ボクも以前の世界で硬石鹸を使っていたんだけどね」


 感慨深そうに僕の説明を聞き終えたドーファンは、深く吟味しているようだった。


「……確かに、このラ・パディーン王国の気候は多少雨の季節も多いけれど、僕のいたフランスと似通っているし、カイの言うようにオリーブの生産には持ってこいだ」


「今の軟石鹸は薬草を混ぜて臭いを誤魔化しているとはいえ、やっぱり不快な獣の臭いは多少は残ってしまっているよね? それに効果も断然違う。オリーブ油で造れられた石鹸はしっとりで肌触りもいい」


 以前の世界で頂き物でマルセイユ石鹸を貰った事がある。

 とても心地良い香りでありながら肌滑りも良く、それはそれは使っていて気持ちいい一時を過ごせた。

 高いから自分では手が出せなかったけどね…。


 しかし、この世界でも造る価値はある。

 その理由をドーファンに説き続ける。


「この案なら既存の経済機構をほぼ崩す事なく生産が可能だよ。既得権益…つまり今ある経済や生産ライン、その仕事に携わっている職人さんが仕事を失う事なく、新しい手法を伝授する事によって新たな石鹸の生産に取り掛かれる」


「それは大きな利点だね。……でも、カイ。ボクの中では懸念すべき点が幾つかある。その問題への解決策をどうか教えて欲しい」



 後世になると、ルイ十四世の王令通りでなくても“マルセイユ製法”で作られていればマルセイユ石鹸を名乗ることができるようになりました。

 


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