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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“これからも…いつまでも…”

第百九十九節

「ドーファン、君は勘違いをしている」


 ドーファンと出逢ってからの想い出を振り返る。出逢ってから今までの、僕の目に映り込んだその姿を想い描きながら。


「…僕の目に映るドーファンは、時にはやんちゃなことをしたり、時には不貞腐れたり、時には焦ったように驚いたりしていた。実に人間らしいと僕は思ったよ」

「それはそうなるように振る舞っていただけだよ。人の心に印象良く映るためには、その周囲の環境に合わせる必要がある。ただそれを実行しただけだ。君の目に映っているのはやはり虚像であったって訳さ」


 感情を読み取らせない曇った無表情を貫く。…これがドーファンの生きてきた世界なのか。こうやって彼は人に自分の弱みを見せないように、表情で相手に自分の心を読み取らせないように懸命に生きてきたのだろう。

 その場(しの)ぎの態度で接していたとドーファンは答えた。……けど、あの時のドーファンは間違いなく違う。間違いなく…彼は必死だった。


「……覚えているかい、ドーファン。僕達が初めて逢った森での焚き火を囲んだ時のことを」

「………」


 何も答えない。数秒待っても沈黙は破れなかった。なら、勝手に話させて貰うよ…ちょっと恥ずかしいけどね。




「最初に君と逢った時、僕はね…なんて調子のいい奴なんだと思ったよ。みんなで話すって言ってるのに大の字で寝て誰も座れなくしてみたり、イレーネにベタっとくっついて隣りに座ってみたり、何も知らない僕達に祈りを教えた時だって…君はふざけて僕達がびっくりした様子を楽しそうに眺めていた……本当に楽しそうにね」


 何も言わない。しかし、一瞬だけ彼の目が見開いたようにこちらを見たような気がした。…まだだ。まだ彼は心を開いていない。僕は語るのを辞める訳にはいかない。


「こんなふざけた子と過ごしたら“あぁ〜、この子と一緒にやっていくのは大変だなぁ〜”なんて、思う人もいるかもね。…でもね、僕はそんなことは一切思わなかった。むしろ君と一緒にいたいって思った。…君は僕に、僕達に大切なことを教えてくれたから」


 黙ったままだ。でも、その目つきは真剣そのものだった。一体何を言い出すのかと、興味よりも不安な様子でこちらを伺っていた。


 ずっと“想って”いたことがある。あの時、僕はとても感動したんだ。今まで生きてきた中で、気付かなかった大切なことを、ドーファンは教えてくれた。

 あの時の感動を与えてくれた彼に、今度は僕がこの感動を返す時は、今…この時だ。

 苦しみ、思い悩んでいる友に対し、抱えてきた想いを紡ぎ出す。






「…名前は大切だって言ってたよね? あの時、君はヨゼフに槍を突きつけられても言葉を紡ぎ続けた。かつての友が名前も呼ばれずに蔑まれているのを知っていたから、ヨゼフに対しても名前の大切さを必死に訴えていたよね。……僕は心が震えたよ。こんなに見た目が弱そうな子が、こんなにも誰かのために必死になれるなんて、僕には考えられないことだった。普通はヨゼフが怖くて何も言えなくなるよ。でも、君は辞めなかったんだ。大切な友のために、自分の信じた想いを貫いた。……それに…それって…それこそが、人の想いだと感じたんだ。君は自分は人ではない存在(誰か)だって言うけど……ドーファンは…友のために怒ったり…友のために必死になれる…人の想いを大切にする立派な人なんだって…」






「……えっ?」

 





 初めてドーファンと逢ったあの森で、ヨゼフがあだ名を付けて名前で呼ばなかった時、一つの信念のもとに反論した。あれは間違いなく人の想いそのものだった。

 ドーファンの思考は止まった。何を言われているかわからないようだった。…どうか気付いて欲しい。


「一つドーファンに聞きたい。…僕達と過ごす冒険はつまらなかったかい? 一緒にいて楽しくなかった?」

「ッ!! そ、そんなことないッ! みんなと一緒にいれた時間は…ボクにとって、とても…とても……ッ!」


 苦しそうに胸の辺りをギュッと両手で締めつけ、力が込められた上着にはくっきりと(しわ)が浮かび上がる。

 苦悶ともいえる表情には、これまでの人生で(かか)えてきた葛藤や、ここまでの旅を通して抱いた僕達への想いの狭間に、彼がたった一人で立たされているようだった。

 …あともう少し、あともう少しだ。




「…ドーファン。きっと人の想いを…心を失った人は、楽しいとか嬉しいとか、悲しみに暮れたり怒ったりなんかしない。そして、そうやって自分のかつての在り方を悔やんだり、見知らぬ誰かのために生きようなんてしないはずだ。僕達と過ごした日々を君は否定しなかった。………君は君が悩んでいる以上に、僕の知っているドーファンという一人の少年は、いつでも人そのものだったよ…。そして、僕にとって今でも大事な…大切な友達なんだ」






「……本当に…本当にボクは…人の心を抱けているのかい…想いを抱いているのかな? …まだカイはボクを友達だって言ってくれるの?……」






 ようやく…たった一人で背負ってきた不安を…初めて目の前の少年は話してくれた。そして、彼が今、一番必要である言葉を僕は贈る。




「……あぁ、君は間違いなく心豊かな人想いの優しい友だ。だから僕はドーファンと友達でいたい。これからも…いつまでも」


 感情移入というのは、時として思った以上に心を激しく揺さぶる…そう知ったのだった。

 目頭は熱くなり、語る声は透き通るように細く揺れながら、伝えたい想いを言い切る時には、涙は雫となって頬を濡らした。


 けど、それは彼も同じだった。ありきたりの言葉が…最後の一言が彼を動かした。


 夜の(とばり)に包まれた静かな時の中にあって、月明かりはドーファンの頬を撫でるように照らしていた。くっきりと浮かび上がる彼の頬を、一筋の涙が弧を描いていた。




「…あれ? ……何で…何で涙が溢れてくるの」




 感情の変化に戸惑う彼は無機質な仮面を取り払い、感情のままに溢れ出す涙に手を当てて、それが自分の目からとめどなく膨れ上がり続けているのを確かめていた。


「あの時と…違う。……カイ、教えてくれ。ボクの胸は締め付けられるように痛いはずなのに、どうしてこんなにポカポカと温かいの? …涙を流しているはずなのに、どうしてボクは…こんなにも安らいでいられるのかな……人はこの感情を何と呼ぶのだろう…」


 賢王と呼ばれた一人の人物がいた。戦いに敗れて疲弊した国を救い、その治世は人々の暮らしを守り続けるための、国を想い続けた治世だったという。


 人に望まれたままに、他者のために生き続けた優しき王。


 感情を殺してまで国のため、民のために生き続けた優しき者。




「大丈夫だよ、ドーファン。君ならわかるはずだ……人の想いを抱いている君なら」




 彼は孤独に(さいな)まれていた。けど、ようやく彼は孤独から解放された。他人に対して閉ざしていた何重もの重い扉を、彼は開いてくれたのだ。


 本を読み続けてもその感情を彼は理解出来なかった。通り過ぎた過去の日々の中で求めても得られなかった感情を、彼はついに手に入れた。


 自分自身の手でようやくかけがえのない想いに触れたのだった。




「…あぁ、そうか。これが…これがきっと────」




 微笑みながら呟いた彼の最後の言葉は、夏の夜空に吸い込まれるように消えていった。





 ドーファンはカイの想いを通じてようやく求めていた想いを手に入れました。


 最後にドーファンが言った言葉は、読者の皆様の想い想いの言葉で綴って頂けたら嬉しいです。


 次は途中報告です。

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