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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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最後の別れ

第百九十五節

「おいッ! 何をしているッ さっさと立たんかッ!! お前は将来、人の上に立つ存在なのにどうしてそんなに弱いのかッ! どうしてそんなに虚弱なのかッ!? どうしてこんな事すら出来ないのかッ!?」

「……ごめんなさい」

「お前は騎士がなんたるかをわかっていないッ! 立てッ! 立って戦うんだッ!」


 立て。そう言われて立ち上がる。けど、またすぐに膝をつく。そんなことを繰り返した。そんな毎日を繰り返した。

 ある時から病に(かか)り、その症状は次第に悪化していった。それでも父はボクを立たせようと、戦わせようとした。


「さぁ、剣を握れッ! 剣に己が力を込めて斬りかかって来いッ! 武勇こそが人を強くするんだッ!」


 剣を握れ。そう言われて握り締める。けれども、剣を握り締めようとすればするほど、右手の痛みは激痛が増し、剣を握る力をかえって失わせていく。


「……ごめんなさい、父上。右手の痛みが激しく、これ以上訓練は出来そうにありません…」


 必死に握った右手の甲はすっかり腫れ上がり、もはや重い物を持つことなんて不可能だった。握り締めて戦うだけの力なんて、この手にはもう…。




「…もうよい、下がれ」




 父はそれだけ告げると、ボクに背を向けて歩き始めた。遠ざかっていく背中を追おうと右手を前に掲げた時、その手を見つめてしまった。…自分自身の醜い手を。

 ……あぁ、ボクには父上を追う資格なんてない。何でこんなに何も出来ないのだろう。

 膝をついて倒れ込む。追い縋るだけの気持ちも感情も、全てが崩れ落ちてしまった。




「………ごめんなさい。ごめんなさい」




 父に対して謝っているのか、他の誰に対しての謝意なのか、ボクの中ではわからなくなっていった。

 ただ、その言葉だけが感情を支配する。




 ごめんなさい…ごめんなさい。……ごめんなさい………ごめんなさい。




 何も出来なくて…良い子じゃなくて……ごめんなさい。ボクは…良い子でなくちゃいけないのに。


 父上にも、みんなに対しても良い子でなくちゃいけないのに…良い子でなくて……ごめんなさい。


 ボクだって聞こえているよ。みんながボクをダメな子供だって言っているのを…。


 ………せめて…みんなに対して笑っていよう。……そうすれば、みんなもボクに対して悪口を言わないでいてくれるよね? 


 …そうだ。それがいい。みんなに対しての良い子でいなきゃ。………笑っていなきゃ…いけないんだよね?


 沢山の笑顔を浮かべながら、ようやく笑顔を繕うようになれた。…笑顔に慣れた。精巧な造りの笑顔の仮面をいつでも貼り付けたまま、ボクの中の感情は笑顔を浮かべる度に失われていった。




 ──※──※──※──




「……ハァ…ハァ、ハァ……どうして、どうしてこんな事に」


 必死に逃げ惑い、暗闇の中をひたすら走った。明かりのない中を走り続ける様は、これからのボクを暗示しているようだった。

 一度に全てを失い、ボクに残されたのは重い責任と周りからの重圧だけだった。なぜボクがこんな目に遭わなければならない。こんな状況でボクが全てを背負わなければならないのか。

 逃げて楽になりたかった。……全てから逃げられれば良かったのに。


 父上は捕縛された。もう当分帰ってくる当てもない。さらには父上のために莫大なお金を用意しなければならなかった。

 みんなを導かなければならなくなった。ボクは父上のように強くなんかない。父上に期待されて育てられたのに、生まれながら期待されていた者であったのに、ボクは騎士らしくもなかった。



 

 ボクは何が出来る? 何になれる? 


 ボクには捨て去った空っぽの感情だけが残っていた。


 それなら…ボクはボクを捨てよう。みんなに望まれる者にボクはなるんだ。みんなの想い描く望んだ姿になりきるんだ。




 ボクはただ……人々の求める英雄になろう。





 ──※──※──※──




 ある時、彼のことを知った。噂では醜い見た目に低い地位の出自の者で、逢うにも値しない者であるという。

 だけど、ボクはこう思った。この醜い手よりもさらに醜い存在が果たしてあるのか。そんなに醜い者がいるのなら一度逢ってみたい。

 彼がボクの前に(ひざまつ)き、騎士の礼をとる。顔を上げた彼を見て率直にこう思った。


 “あぁ、本当に醜い。醜いからこそ彼のこれまでの生き方を知ってみたい。もしかしたら…もしかしたら彼なら……”


 そう思ったボクは、彼にとって都合の良い言葉を並べて、自分の都合を彼に押し付けた。取り繕った笑顔を浮かべて。


 ……本当に醜いのはボクの方だった。




 ──※──※──※──




 彼と共に歩む道のりは困難を極めた。だけど、大きな壁を幾つも乗り越えてきた。全てが順調だった。

 しかし、そんな日々も唐突に終わりを迎えた。




「私には出来ませんッ!! なぜ我が故郷を討ちにいかなければならないのですかッ! どうか…どうかご再考をッ!! 彼らを私が説得して参りますからッ!!」


 彼が何を言っているのかボクにはわからなかった。故郷? そんなものは今は関係ないじゃないか。だって反乱を起こしているんだよ? 

 そんな奴らを討ちに行かなくてどうするの。討ちに行かなければ反乱はいつまでも続いて、多くの者の暮らしにまで影響を及ぼしてしまうかもしれないのに。


「ダメだ。反乱分子は取り除かなければならない。今すぐに鎮圧に向かうのだ」

「………かしこまりました」


 彼は立ち上がりボクの元から離れていく。この時、ボクは気付かなかった。彼の心までがボクの心から離れていったことを。

 軍を率いた彼はしばらくもしないうちに引き返してきた。“私には出来ない”と。


 今までボクに従ってきてくれた彼が、唯一逆らった瞬間だった。ボクには彼の感情がわからなかった。


 そんなに故郷が大事なの? 


 そんなに生まれた場所は重要なの? 


 そんなに…愛おしいものなのかい……




 ボクは彼をどうすればいいかわからなかった。どう話せばいいかわからなかった。今まで取り繕ってきた感情では、彼を推し量れなかった。

 彼に別の任務を与えた。彼にどんな顔を浮かべていいかわからずに、一番得意だった笑顔を向けられなかった。…本当にどうしてかわからない。


 彼は無言のままに立ち上がって、ボクに背中を見せた。その後ろ姿はなぜか少年の頃に見た父上の背中にそっくりだった。




 これが彼との…最後の別れだった。





 筆者の脚色付けなどもあります。ドーファンはこんな気持ちだったのではないか、こんな感情で生きてきたのではないかと決めつけて書いています。

 まだ全容は明かせませんが一部だけドーファンの記憶を書かせて頂きました。本当はもっと書きたいですが、必ずもう少し先で書かせて頂きます。

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