“歴史を知るとは 一“
第百八十九節
「そんな訳あるかッ! お前が一般市民だとッ!? 一般市民がそんな知識を持っているはずねぇだろう! 冗談はほどほどにって教わんなかったかッ!?」
「カイ、それは笑えませんよ。ボクにだって流石に嘘だってわかります。カイの戦場における知識は普通の民では得られないって」
「儂も残念じゃよ。カイは儂らに心を開いてくれていると思っておったが。肝心なところで嘘を吐くなんてなぁ…」
「俺もだ。俺達って親友だと思ってたのに」
「カイって最低ねッ! こんな大事な場面で平然と嘘を吐くなんて! フンッ!」
「ふぇッ!? ちょ、ちょっと待ってよ、みんなッ! か、勘違いしているよッ!!」
わたわたと慌てふためき、額に汗を滲ませながら必死に弁明を図ろうとする。必死さがなおさらおかしく写ったようで、目を細めつつ疑惑を深めながらも話しは聞いてくれた。
「ほ、本当に僕は一般市民だったんだッ! 役職とか立場だって関係ない一般市民ッ! ごくごく普通の一市民ッ! 本当だよッ!」
「カイ殿……我々でもわかりますぞ。貴方が一般市民のはずがないって事くらい。もしかして馬鹿にしてます?」
「し、してませんよッ!? …うーん、どう言えば伝わるのかなぁ?」
まるで理解してくれない。なぜこうも頑なに聞いてくれないんだろう。頭を抱えてガァーッと掻きむしり、悩みに悩んでしまう。
どうすればいいの、これ? みんなわかってくれないなんて…。
「…いや、ズゥオ。少し待て。どうやら嘘は言っていないようだな」
希望の光たる人物がようやく現れた! バッと頭を上げると、クワンさんがこちらの様子を一挙一足が観察していた。
「クワン様?」
「言いたいことはわかる。だが、事実だ。カイ君は正直に我々に語ってくれている」
「ちょっと待て。なぜアンタにはカイが嘘を言っていないってわかるんだ?」
「ヨゼフ君。私が以前の世界で誇れたものが三つある。一つは政治手腕、一つは人を見る目。そして、どんな状況下でも生き残るために足掻いた。………褒められたもんじゃないがね」
「あぁん? 生き残ろうとする気概は大事だろ?」
「そうだね。生き残るのは大事だよ。私自身を客観的に見れば処世術が上手いと見れるだろう。私も見ていてそう思ったし、実際に上手かったしね。アッハッハッハッ!!」
「そうかい。そりゃあ、さぞかしお目が高いんだろうな」
ヨゼフはやれやれと肩を落として、話しの通じない相手にハァ〜と溜息を吐いた。
…不思議な話しようだ。自分を客観的に見ての意見であったのに、まるで自分以外の誰かを見ているような言い振りだ。
「とにかく、カイ君は嘘を吐いていないと私は思うよ? 状況を鑑みて欲しい。君達は我々との親善を望んでいるのに、なぜカイ君が我々や仲間である君達の信頼を損ねる真似をするだろうか? それに、仲間であるヨゼフ君には本当にカイ君が嘘を吐いているように見えるかい?」
ヨゼフはこちらに視線を送る。ジッと見据えたまま動かない。真実を見極める瞳は微動だにしなかった。
僕の心の底まで知られそうで、ちょっと恥ずかしい。ヨゼフへの憧れも見透かされそうで。
「…そうだな。カイは嘘を吐いていない。目は死んでねぇからな」
「でしょう? まぁ、ただの一般市民だったという訳ではないと私も思うがね」
さぁ話せと言わんばかりの目付きでこちらを見やり、話すべき舞台を整えてやったぞと言っているようだった。
確かにそれはそうなんだけど、どう誤解を解けばいいの? いくら説いても聞いてくれなさそうだし、理解もしてくれない。
うーん、参ったなぁ。生きた時代や国によって考え方だって文化も文明だって違うんだし………。
あ、そうか。それだよッ! そもそもそこが違うからこんな事になっているんじゃないかッ!
「えっとですね、僕と今ここにいるみんなとの生きている時代では、文化や文明、身分制度にものすごーく違いがあって、価値観や思想だってかなり違うんです」
「カイ、もっとわかりやすく言ってくれねーと俺はわかんねぇぞ」
「そうだね。もっと具体的に説明しよっか。例を出すとすれば、ハイクは帝国から王国に来て戸惑ったんじゃないかな? 食事や言葉、それに魔物という存在から細かい点に至るまで、僕達のいた村での暮らしとの違いに、はっきり言ってまだ慣れているとは言えないよね?」
「当然だ。今だって全然違って困ることが多いぞ」
「だよね。僕だってそうだよ。それと同じで僕のいた以前の世界と、この世界を比べるともっともーっと違うんだ」
これでもかと両手を一杯に広げてアピールする。本当に違うからね。ヨゼフ、クワンさんとズゥオさん。みんなも生きた時代は違うだろうけど、僕と比べた時との差が激しい。
「まず前提として、身分による大きな違いもなければ一般人にも学べるための機会が大きく開かれています」
「身分による違いがない? そんな訳ないだろう。いついかなる時代であっても、人は人と比べては優劣をつけたがる」
「えぇ、クワンさんの言いたいことも理解出来ます。ですが、僕のいた国にあっては貴族による支配や明確な身分差はありませんでした。それに学ぼうと思えばいつでも自分で調べて学べる事が出来ました。自分の国のこと、近隣諸国のこと、世界中の国々に至るまで…」
「ちょっと待て」
言葉を遮るように制止を掛けられ、最後まで言い切ることは出来なかった。焦りを隠すこともなくクワンさんは尋ねてきた。
「…とすると何かい? カイ君の生きた時代では世界中の歴史を調べる事が出来て、君は戦いについて学び続けていたという事かい?」
「うーん、少し違います。僕は歴史を調べていたんです」
「……わからないな。じゃあ、なぜ戦争についてそこまで詳しいんだい?」
これも幾度となく聞かれたことの一つだ。歴史が好き、つまり戦いが好きという風潮。僕はこれが酷く苦手だった。
「僕は人という大きな歴史の物語が大好きです。今でもその気持ちに変わりようはありません。人がどのような生き方をしてきたか、人が何を成し得てきたか、人が何を想ってきたか。これらを知ることが生き甲斐でした。ですが、悲しいことに歴史を知るという大方の部分において、“戦争”という人類の歴史を避けるのは不可能です。人は戦いに戦い続けて、僕のいた時代に至るまで戦いの歴史を繰り返してきたからです。だから僕は自然と戦いにも詳しくなっただけです」
「人を知る……か。では、ぜひそんな歴史に学のあるカイ君に尋ねたい。君は歴史が好きでありながらも、戦いの歴史を忌避しているように見えてならない。…過去の英雄達が創り、造り上げてきた歴史を否定しているように私には思える。それなのに歴史が好きなんて綺麗事だけで片付けるのは、私にとっては耐え難い意見だ。……さぁ、君の答えを聞かせてくれ」
表情と言葉は穏やかなのに、その語る唇からは怒りを感じさせるだけの覇気があった。……いや、間違いなく不快な想いをさせてしまったようだ。
クワンさんだって間違いなく英雄の一人なのだろう。ここまで話してきただけでわかる。
自分の信念を持って生きている人だ。ふざけてはいても、僕達を試しながらも、自分の中にある一つの考えと照らし合わせて、いつでも僕達を観ているように感じていた。
……恐れはある。この人の機嫌を損ねてしまわないかって。ドーファンの願いを叶えてあげられないかもしれない。
けど、ここで自分の想いを曲げる訳にはいかない。歴史を眺めてきたからこそ抱いた想いを、僕の今までの生き方そのものを否定してしまう。
決意を固めて、僕は重く閉ざしていた口を開き、自分の胸中を詳らかに話し始めた。
「…多くの、英雄を知ることが出来ました。ここにいるヨゼフを含めてです。僕は彼らの生き方を否定する事はありません。むしろ、ヨゼフを含め多くの英雄達の生き方そのものは、後世の者の胸を打ち、感動を与え、その生き様を多くの人の胸に刻んできました。僕もその一人です。英雄達は一つの揺るがぬ想いを抱き、それを守り抜くために戦い続けてきたからです。それは立派な生き方で、人類が誇るべき偉業の数々に含まれるべき事柄の一つと言えましょう」
「ヨゼフは間違いなく、次の時代の平和の礎を築くことが出来ました。ヨゼフは常に戦場を駆け巡り、ヨゼフのおかげで次代の王と呼ばれた人を守り抜き、そして、平和な時代を築く事が出来ました。その王の子供の時代には、これまでに見ないだけの繁栄をもたらし、民の暮らしは豊かになりました。彼の生き方は誇りに想われるだけの生涯でした」
「………カイ…お前」
ヨゼフは真顔で僕を見ていた。言っていて恥ずかしいとかそんなものはない。これは僕の本心であり、みんなに理解して欲しいから。
「………ですが…だからこそ、人類は学ぶべきだったのです。これはいついかなる時代の人に求められる責任であり、考えなければならない永遠の課題だと思います。……”なぜ人は戦う”のかを。ヨゼフ達のような生き方は稀と言えます。真に平和を求めて戦う者には、その時代に生きる人々がより豊かな暮らしを実現させ、平和な世を継続させるだけの制度や国造りという責任が求められます。ヨゼフ達はそれを実現させました。…しかし残念ながら、多くの場合の戦争の始まりというのは、権力者が平和を唱えて戦いながらも、平和を常に遠ざける生き方を民衆に強いては戦場に送り込み、結局は己が利益のために戦いを求めてきました」
「人類は戦いの術を知り、どうやって相手を多く葬るかを学び、沢山の人を殺すための兵器や戦法を生み出してきました。しかし、僕はこう思うのです。人類は戦争を知り、英雄達について学び続ける機会を与えられながらも………何も学んでこなかった、と。平和を創るどころか壊していくばかりでした。僕は戦いそのものが嫌いです。人を殺す戦場という存在を憎みます。…だからこそ、これ以上無駄な争いを起こさないために学ぶべきだと想ったんです。これ以上、無駄に人を殺める人類の歴史を繰り返さないために、僕は多くの英雄を知るのを辞めませんでした。何が正しく、何のために、何を想って戦っているのかを知るためにですッ!」




