重装歩兵
第百八十九節
静かな返しではあったものの声は上擦りを抑えるように押し殺していた。しかしながら、多少なりとも動揺しているのがわかる。
帝国の制度に驚異を覚えたに違いない。僕だってこっちの国に学校がないと知って、帝国の軍事教育は異常だと思った。
軍事以外の目的も付随しているだろうけど、主な目的は軍事運用のための人材育成と確保であり、“戦争”そのものに注力した結果ではなかろうか。
そのために貴重な馬を村に置いてまでして、小さい頃から民衆にも馬に慣れ親しませるなんて、はっきり言って過剰なまでの教育だよね。
教育制度に比例して民を気遣うのではなく、互いに監視させたり暮らしを圧迫させるだけの多大な税を徴収したり、他国への侵略に重きを置いた軍事国家なのは明白の理。
「君達の話しを聞くまで事実だと信じたくなかったよ。ハアァ…どうやら本当なんだね。帝国が騎馬に強い国である理由がよくわかった」
「あら? クワンさん達は知っていたのかしら。学校でお馬さんの授業があるのを?」
何で小国の人が知っているのってイレーネは首を傾げた。ハイクも今のクワンさんの発言の意味を理解していないようだ。
「当然です。敵を知るにはまずは敵の強さの由縁を知ることから始まるのです、イレーネ殿。だからこそ多くの情報を知り、それが本物の情報かを見極める。そのためにも、無垢な子供である貴殿らの意見は生きた証拠であるとも言える。そのためにクワン様はお尋ねになったのです」
「説明ありがとね。ズゥオ」
言ってはいないけれど、どこまで知っているかも今の質問で知れただろうね。馬の訓練の目的が戦いのためだと帝国の小さな子供ですら知っているのは、帝国が戦いのために生きる国だと。戦いのためだけに小さな頃から民衆を、洗脳めいた仕方で利用しようとしているってことに…。
「なら、なおさらあの准将は不思議だね。何で重装歩兵を主に率いていたんだろう…」
「ジュウソウホヘイ?」
「あ、ごめんごめん。物思いに耽ってしまった。重装歩兵というのは、とっても重い鎧を着ながら戦う兵士達だよ。馬に乗らないでね」
「重い鎧なんて着たら動けねーだろ。馬に乗って戦った方が得意分野を生かせるって思うのは俺だけか?」
「…ふふふ、そうだね。私もそう思うよ」
無邪気なハイクの意見にクワンさんもついつい笑ってしまう。核心を突いているように思える。しかし、馬を軍の主体とする国において、わざわざ重装歩兵を用いるのには理由があると思う。
「ハイク、多分だけど幾つか理由があると思うよ。例えばみんなが馬に乗りたくてもその数に限りがあるから乗れないという点。多くの場合、戦いの主力は歩兵になると思う。僕達のいた村にも馬が沢山いたから錯覚してしまうけど、普通は馬に乗れるのは国にもよるけど高貴な身分だったりするんじゃないかな。僕は他の国を知らないけど、その辺はどうなんでしょうか?」
「ほう…。やっぱり君は転生者だね。普通の子供の発想のそれではないね。小国の場合は、ある程度訓練された兵士なら騎乗は許された。農民の出であってもね。ズゥオがそうしろって聞かなくね。…他にも理由はあるかい?」
この人は抜け目がないな。本当は気付いていただろうに。帝国と対峙してから考える時間は幾らでもあったはずだ。
それなのに自分は把握出来ていない素振りを装った。恐らく、今度は僕がどこまで考えられる人間かを試している。
「…まぁ、いいでしょう。重装歩兵の役割は鉄壁の防御にあり、城攻めの際に分厚い盾を密集させれば矢の雨から身を守れます。騎兵だけでは城攻めなんて出来ません。必ず歩兵や弓兵、攻城兵器だって必要になります。また、平野での野戦においては本軍の前に展開させるならば固い守りになります。しかし、弱点となる右翼には騎兵を必ず配置させます。戦術の一つとしては本軍で敵の攻撃を受けつつ、片翼もしくは両翼から騎兵を用いて敵の一角を崩し、強いては打ち破る際に本軍を守る貴重な守備兵科にもなります。重装歩兵同士のぶつかり合いであれば、いかに敵を圧迫せしめるだけの隊形を維持しつつ、敵の陣形に間隙を生じさせるかに尽きます。これで満足でしょうか?」
ムフフ、これでどうだ! これだけ言えればまぁまぁだろう。本当はもっと重装歩兵の歴史や槍の重要性なども伝えたいくらいだけど、そこは自重しておいた。
得意気な相好を崩すことなく、クワンさん達に言ってやったよとみんなの方を振り向いた。……あれ? みんなどうしたの?
思った反応と違った。みんな口を開けてポカーンとした顔で、僕の方を凝視しいてた。うぅ…視線が痛い。
みんな褒めてくれるかと思ったけどそんな事はなかった。
「…お前、そんなに戦いを理解していたのか? 正直言って驚いた」
「いやぁ、これはたまげたわい。カイがここまで戦争に詳しいとはのぅ。こんな子供が戦いの基本を抑えているとは。そんな事も帝国では教えてくれるのか」
「………」
ヨゼフとキャロウェイお爺さんは、ただただ驚いていた。褒めるよりも驚きの感情が先行していたようだ。
ちょっと勘違いもあるようだから訂正しておこう。もう何も隠すことない。
「それは違います。キャロウェイお爺さん。今の知識は帝国では教えられていません。僕が転生者だからです」
「ほほう。という事はカイ殿は以前、どこの国の武人であられたか? 私は凄く興味があります」
一方的に僕が武人だと決めつけてきたズゥオさんは、軍事を専門としているだけあって興味ありありな様子だった。両の眼にはとても力が込められていた。
「ふふふ…秘密です。それに僕は武人ではありません」
「ワッハッハッハッ! それはそうですな! まだ我々にも秘されていた方がよろしいかと。…しかし意外ですね。そこまで軍の運用に見識があるにも関わらず、武人ではなかったと。では、戦場に関わりのある何かの役職や立場であったという事でしょうか? そこだけでも教えて頂けませんかな?」
…………言いたくない。多分だけど、ズゥオさんもクワンさんも有名な人物だと思う。だからこそ言いたくない。
そんな立派な人に比べたら僕なんてミジンコみたいな存在だ。
「うぅ…」
「これ、ズゥオ。カイ君も困っているだろう。彼はきっと、とある国の重要な人物だったに違いない。だから我々に知られてはいけないのだろう」
「失礼しました。ついつい戦について論議を交わしたいところでしたが、カイ殿に迷惑をかけるところでした。私よりも偉大な人物のように思えたので」
……なんかね、これ以上放置しておいたらいけないと思った。二人の中での僕の虚像がデカくなる一方だし、騙している気分が拭えなかった。
「あ、あのぅ…」
「おっ! 教えて下さるのですかなッ!? どんな立場にあられたのでしょうか? ぜひ教えて下され!」
「おぉ? 心変わりしてくれたようだね。私も知りたいなぁ。カイ君のさっきの対帝国の発想は面白かったしね」
恥ずかしくなってくる。…きっと失望させるだろうな。ドクンドクンと心臓が高鳴る。ふぅ〜っと深く息を吸い込み吐き出し、意を決して二人の前で言い開く。
「では、言います。………僕は一般市民です」
「「「「「「は?」」」」」」
場の空気は凍りつき、何とも居た堪れない空気が夏の暑さを和らげてくれた。
歩兵などの兵科について詳しく書くのはいずれまたです。




