大元帥
第百八十六節
やばいなぁ…それってようは、僕がヨゼフを陥れることも出来るんだぞって、ヨゼフに警告を与えているようなもんじゃないか。
……もし、ヨゼフが僕のことを避けてしまったらどうしよう。……それは嫌だ。せっかくヨゼフと親しくなれたのに、知り合えたのに。
僕はヨゼフを見ることが出来なかった。見るのが怖かった。いま、ヨゼフがどんな顔をしているかを、知るのが怖かったから…。
ポンッと頭に手を置かれる。手の温もりは落ち込んだ僕を安堵させ、反射的に視線をヨゼフに向けると、覗き込むようにこちらを見ていた。
「安心しろ。別に俺はカイに名前を知られたのを後悔はしてない。俺はお前を信じるし、お前が俺を信じてくれているのを俺は知っている。だから、俺らの間にはコイツらの言う心配なんて、不必要なだけのただの小言だ」
「ヨゼフ…」
ヨゼフは僕の不安を振り払ってくれた。ヨゼフだってクワンさんの話した内容に不安を覚えたに違いない。それなのに、それでも僕を信じると。
目頭が熱くなってくる。その瞳は僕を信じてくれていた。
「……信じる…ねぇ」
「クワン様…」
ふと声のする方へ振り向くと、クワンさんは険しい目を浮かべ、そんなクワンさんをズゥオさんは心配そうな様子で伺っていた。
クワンさんの瞳の中に、黒くて禍々しい何かの片鱗を垣間見たような気がした…。
「いや、今はよそうかな。……さぁ〜て、それじゃあこっちの質問の番だね。いよいよ聞けるようでワクワクしているよ!」
戯けた雰囲気を身に纏い、ずっと待ち侘びていたように大袈裟な身振り手振りを交えて質問をしてきた。
「さて、教えてくれ。キャロウェイの言っていたカイ君の独創的な発想とやらを。それがどう世界を、歴史を変えるのかを」
早く教えろと言わんばかりに、こちらを凝視しては熱い視線を送ってくる。みんなに言っても大丈夫かどうかを目で訴えかけると、全員コクリと頷いて説明しても良いと認めてくれた。
「わかりました。では、説明させて頂きます。僕の考えは───」
燭台の灯がゆらゆらと揺れながら幾らかばかりの時を経過させ、夜の闇は深まっていった。顎に手を当てながらクワンさんはじっくりと耳を傾け、ズゥオさんは僕の考えを頭の中で検討しているようで、真剣に食い入るように話しを聞いていた。
「……ふーん、なるほどね。実に興味深い。私にはとっても面白いと思える案だったよ。で、専門家のズゥオはどう思ったかな?」
ひとまずクワンさんは僕の考えに一定の理解を寄せてくれた。ズゥオさんはどうだろうか…。
「私もカイ殿の考えには非常に面白いと思えるものがありました。ですが、この策には懸念すべき事柄が幾つかあるのはカイ殿もご存知でしょうが、あえて指摘をさせて頂きたく思います」
深く寄せられた眉間の皺は、真面目に深く考えられた末の帰結たる考えであることを暗示していた。ズゥオさんはこう続けた。
「まず、この作戦には大掛かりな作戦ゆえの長い準備期間が求められます。準備を整えている間、帝国が侵攻して来ないという保証はありません」
「次に人手です。これにはかなりの労力が必要となるでしょう。国を挙げての事業に等しいだけの規模です。今の王国にそれだけの事業に着手出来る力があるとは思えない」
「二点に共通しているのは、どちらも国のと力に大きく依存しているという点も困難を極めている。この国は現状、一枚岩ではないのです。そんな状況下でこのような提案をされても、国は動いてなどくれないでしょう」
「…そして、これが最も重要な問題です。これは問題そのものであり、これを乗り越える事そのものが不可能とも思えてしまう」
深く息を吸い上げ、言うべきか言わないべきかを刹那の間に自身に問い、ズゥオさんは瞬時に合理的な判断を下した。
現実を叩きつけ僕の考えに真っ向から向き合い、言い聞かせるようにこう言った。
「敵は強い。敵の将軍…いや、将校達はとても強い。私が対峙した将校は皆々が歴戦の将ばかりだった。閣下と呼ばれる連中の戦場での軍を率いる力は異常だ。特に私を苦しめたのは“元帥”と呼ばれる将だった。…だが、奴もその一角に過ぎない。なぜなら元帥というのは三人いて、その上には“三元帥”を束ねる“大元帥”という将さえいるのだから」
短くて申し訳ないです。当分、短いながらの投稿が続きます。なるべく継続して投稿したいと思いますが、二、三日間が空くこともあるかと思います。




