大丈夫たる者
第百八十五節
「では、お言葉に甘えてお聞き致します。さっきからクワンさんは自分の名前や出自、それを明かすことを極端に避けておられるような気がしてなりません。それはなぜですか?」
”それが正しい。この世界では自分の本来の名前を名乗らない方が身のためだ”
“我々は転生者だよ。国は言えないな。それは自らの危険を晒すだけだ”
多分だけど、これらの言葉が指す意味はわかる。それでも確信めいたものを得たいがために聞いてしまう。
「君もわかっているんじゃないか? 正確に言うなら違う世界からの転生者は、自分の名前を明かさないのが身のためって意味だ。自分の名前が同じ転生者に知られてしまえば、最悪の場合には陥れられる危険が高いってね」
「………なんだと?」
ヨゼフは怪訝な様子でクワンさんに反応する。自分の名前が知られる。それって…ついさっき僕に名前を知られたから…。
「話しの流れで質問だ。ヨゼフ君、君はいつぐらいの年代の人物かい? 古いのかな? 新しいのかな? どっちなんだい?」
「…そう易々と明かしてたまるか」
「アッハッハッハッハッ! そうだね! それも正しいっ! まぁ、多分…私の予想になるが、君はどうやら古くからの人物のような気がするけどね…」
「俺が生きた時代が古いのか、新しいのかなんてわからねぇよ。何を持って古いのか新しいなんて判断するんだ」
「……その通りだ。けど、その考えだけで君が古い時代の人間だとわかってしまう」
「…どうしてだ?」
「簡単だよ。歴史を…己自身を時代に沿って俯瞰して観れてないからだ。だから古いのか新しいのかなんてわからないんだ。古い時代の人間は思想や視野、思考が総じて狭いというのが私の見方だ。私も含めてね。この質問をした時に、ヨゼフ君は人類の歴史という括りじゃなく、自分の生きた時代という狭い視野でまずは捉えようとした。違わないかい?」
ヨゼフは何も答えなかった。だが、沈黙はまさに答えそのものだった。クワンさんの言葉に何も言い返せなかったのだろう。
「態度そのものが答えだろうね。私の国の言葉に“井の中の蛙大海を知らず”っていう言葉があるんだが、私もこの世界で再び生を受け、自分の経験だけで行動しようとした。けどね、この世界はそんな甘くないんだよ。本当に世界は広いって実感した。私は小さな世界しか知らない蛙だったんだね。だからこそ、私は小国の政治を担いながらも帝国に負けたんだろうなって思う。以前ならもっと上手くやれていた」
「クワン様…あれは私が至らぬばかりに」
「いや、ズゥオはよくやった。あんな圧倒的に不利な状況であれだけ立ち回れたんだ。大丈夫たる者であると言える。ズゥオは公平に己が正義を行える人物だ。だからこそ、多くの者は国を見捨てずにズゥオに付き従ったんだ。……私の落ち度の方が多いよ」
クワンさんの言葉の使い方に違和感を覚えた。“大丈夫たる者”? 大丈夫ってそんな使い方をしないよね?
相手を気遣ったり、自分の体調や気持ちを言い表すのに使っているけど、“大丈夫たる者”って……。それに、“井の中の蛙大海を知らず”ってあの国の言葉だよね。
何となくではあるものの、クワンさんの出自がわかってきたような気がする。
「とにかく、私はズゥオに逢ってから考え方がまるッと変わった。…このズゥオに逢うまでは、私は自分が古い時代に生きた人間だと知らなかったよ。ズゥオは私よりも思想の幅も広いし本当に助かった。なにより強いしね」
「…私とクワン様は同じ故郷を持つ者同士でした。お互いが転生者だと気付いてから話していくうちに、私はクワン様よりもずっと先の未来の者だとわかったのです。そして、クワン様の名前を聞いて私は驚きました。それ以来、私はクワン様へ上位の権威者の者を崇めるように、付き従っているのです」
「うん、みんなも私を崇めよ! アッハッハッハッハッ!」
調子に乗ってクワンさんは、ほれほれ崇めよなんて叫んでいるけど、何かを誤魔化しているようにも見えた。恐らく…
「つまり、クワンさんはズゥオさんに本当の名前を知られ、ズゥオさんにとってクワンさんは尊敬する人物だったってことですね。…上手くいった事例なのでしょうね。裏を返せば、相手が自分のことを知っている転生者で敵対的な立場にある者だった場合、本当の名前を知られてしまうと、その人の生前の弱点や何を大事にしているかという情報を逆手に取り、謀略を持って陥れる事だって可能になる…とクワンさんは危惧しているんですね?」
「そのとーりッ!! よく理解出来たね! 偉いねカイ君はッ!!」
大丈夫の使い方ですが仏教や国、時代によっても意味が変わってくるようですね。




