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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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意趣返し

 さぁて、どうしよう。

 この人にはさっきの質問を逸らされたままなのを指摘するか?

 …それは“悪手”だ。この人とは出来れば友好的に会話を終えて、お互いにこれ以上深入りせず“握手”をするような間柄になる前にこの場から去りたい。


 ……危険だ…危険すぎる。

 この人とこれ以上関わるのはリスクが高い。

 もっとこの人を知りたい好奇心よりも、帝国の状況、自分を取り巻く周りの状況…そして、現在進行形のこの状況を考えた末に“撤退っ!”の二文字が脳内会議で満場一致で可決される。

 だって無理無理。

 この人から学べる沢山の恩恵よりも、この人に自分の情報をこれ以上握られるリスクは、是が非でも避けたい。

 多分、いや確実にそれは僕の命に直結する。

 よし、決めた! またお礼を言って素早くこの場から立ち去ろう。そうしよう。


「貴重なご助言、ありがたく存じます。以後、私の心に刻み込み、いついかなる時におきましても、精進するために役立てたく思います。それでは失礼致します」


 そう言って僕は、ぐるっと自分の身体を百八十度回転させて、家とは少し違う方向に向かって歩き出す。




「おい、待て」




 ピタっと、止まりたくもないのに勝手に身体がその場から動かなくなる。

 …何だろう、言葉って不思議だ。

 自分の思いとは相反する言葉であっても、危険信号の出ている命令には、否応(いやおう)もなく反応しちゃうんだね。

 あのまま動いていたら多分ヤバかったって直感で分かる。

 ……あ、いまハイクの気持ち分かったかも。


「童よ。確かにお前は礼を述べたが、その言葉の半分以上は本心ではあるまい。お主の言葉遣いは、咄嗟に上位の者に敬意を表するものに変わったが、それは私を認めてのものではなく、私への警戒心ゆえの言葉であろう。お前自身への一人称も変化していた。そして、その慌てて帰ろうとする素振りからも、私と関わろうとすることを拒絶したと如実に表している。…ふむ、なるほど、帰る意志は変わらないようだな。そうだな、もう遅い。今日は帰れ」


 ……やったー! 

 もう遅い時間で帰らなきゃいけない時間だから帰っていいよって、なかなか親切な人だ。

 それでは、ありがたく帰らせて頂こうっと。そのまま真っ直ぐに僕は歩を進める。




 ………ん、あれ? 



 

 ピタっと再び自分から止まってしまった。

 向こうからの命令を受けた訳でもないのに、自分のほうから進んで止まった。

 ある事に気付いてしまったから。


「…あの、“今日は”って言うのはどう言う意味でしょうか?」


「私はお主に興味が湧いた。しばし、この地に留まることにした。ゆえにもう遅い、逃さぬという意味だ。今日はもう帰ってよい。明日、同じ時間に来るように」


 ……嘘でしょ。


 もうこれ以上関わりたくないのに、向こうから興味持たれちゃったよ。

 しかも、明日も来いと命令されちゃったよ。

 “もう遅い”の意味が全く気遣いからの言葉からでないのも地味にショックだよ。

 有無を言わさずの命令だ、もう逃げようがない。


「あと、次に逢う時には左手には何も握って持ってこないように。それから、お主がここに来た時と別な方角に向かおうとしているようだが、もう陽が落ちかかっている。今日は直接家に帰れ」


 何かあった時のため、すぐ逃げられるように幾つか事前に左手に石を拾っておいた。

 しかもそれはこの人を見つけてすぐに行動していたので、相手からは間違いなく見えていない。

 この人が川をずっと眺めていて、頭まで覆い被さるフードをしていたことから断言出来る。

 それなのに、僕の左手の石やどの方角から来たかまでを把握している。一瞬にして冷や汗が全身からどっと流れた。

 はぁー……今さら気遣いを示してくれても、“もう遅い”よ…。


「……わかりました」


 僕はそう答えることしか出来ずに、その場から足早に立ち去った。これ以上僕のことを見透かされるのは本当に怖いと初めて思った。

 明日も逢うと分かっていながらも、少しでも早くその場から逃げたかった。




 ──※──※──※──




 翌日の学校の授業には身が入らなかった。

 授業中はずっとあの人の事を考えていた。

 この文章だけなら、よくありふれた恋愛小説の主人公への恋の芽生えの展開に、胸がときめく場面のように思えるかもしれない。


 はぁ……逢うことを考えるだけでも憂鬱展開だ。

 …けど、嫌なのはいつまで経っても同じだ。逢う時への対策を練ろう。

 何の準備もないのに無防備なまま立ち向かうのは危険すぎる。

 弁論にはかなりの集中力と努力と時間が必要だ。


 かの春秋時代の蘇秦は、最初は食客としてどの国からも召し抱えらえなかった。

 元々の才能も高かったが、これではいけないと身を奮い立たせ、猛勉強をした。

 親族を含め周りからは“農耕や商業に励もうとせずに口先だけで大きなことをしようとしている”と馬鹿にされていた。

 そんな周囲の声には耳を傾けず、陰符(いんぶ)という書を暗唱出来る程読み込み、揣摩(しま)の術という一種の読心術のようなものを生み出した。

 これで各国の君主の心を読もうと試み、弁舌に役立たせることが出来た。

 ついに努力の甲斐あって、大国秦に対抗するための合従策を成功させて、六カ国の仲を取り持つ重要な働きをした。その功績のゆえに彼は六カ国の宰相になるというとんでもない偉業を成し遂げた。


 つまり、僕も蘇秦のような努力をいま求められている訳だ。

 だが、今から夕方までの一朝一夕の努力で揣摩(しま)の術を会得など出来るはずがない。

 だから僕は今の状況を整理して、あの人が何を考えて今日も逢うことを指定したかを考える。


 あの会話の中であの人の興味は明白だ。それは何度となく繰り返された“シコウ”という言葉。

 これだけで考えることに重きを置いている人物だとわかる。何を考えることに注目していた? それもあの言葉からわかる。


 ”この国の教育で、かつその年頃でそのような考えを持つ人間が生まれるとは。何とも珍しい“という言葉。


 珍しいことや未知なるものを知ることに意識が向いていた。その後は僕の考えを否定せずに、その行ないを誇り、より高めていくように助言した。

 つまり、この帝国主義溢れる国の教育を受けているはずの子供が“()()()()()()()()()()()()()”を知りたい。その思考の根底にある大元の思想を知りたい…って僕が相手の立場だったらそう考える。


 もし、この村に僕みたいな考え方をする人がいたら、僕自身がその人のことをもっと知りたいって思うもんなぁ。ましてや亡命者なら、もうこの国に未練などないだろうからそうしたいのもわかる。

 いやー、ついつい話し込んだのは本当に迂闊(うかつ)だった。話さなきゃいけない状況だったけど、好奇心に釣られて本音を話したのはダメダメだよね。


 相手の知りたいことは予想はついている。

 そして、それは僕の内面の奥深いところにあるものを、(えぐ)りだすに近しい行為だ。

 だからこそ、これ以上こちらの情報を取られるわけにはいかない。絶対死守だ。


 逆に相手の知られたくないことを聞くのは手だと思う。

 先制打を決めるのは有効だ。何か相手を困らせる質問はないかな? 

 …いや、いっそ相手が答えられない質問で核心をつくものがいい。

 そうすればあの人は僕に関わることを辞めてくれるだろう。


 僕が相手を恐いと思ったように、相手が僕と関わりたくないって思わせるような質問をすることで、”こいつヤバい“ぐらいに思わせれば退()いてくれるんじゃないかな。

 それでドン引いてくれるなら御の字だよっ!


 疑問に思ってることはすぐに浮かぶけど、これは質問として弱いし、今日もあの川辺にいる時点で確定だ。

 何となく昨日の話しの途中で予想がついていたからこそ、僕は命の危険も感じていた。

 うーん、何か意趣返し出来たらいいんだけどなぁ。………意趣返し?




 ……あっ、これだッ! これは良いぞッ!!




 フッフッフ…恐らく相手もこの質問の意図も理解出来てドン引いてくれるだろうな。

 何だか楽しみになって、憂鬱な気分も晴れていった。

 その頃の空模様が暗澹(あんたん)たる雲行きになっていた事に、僕はまだ気付いていなかった。



 御の字に関する何年か前の文化庁の調査でなかなか面白い結果が出ていました。


 ”暗澹“は陰りがあり光が十分でないことを表す言葉なので、微かな可能性を残しました。

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