招いてくれた
第百八十三節
それはあまりにも突然に僕達を硬直させた。食事どころではなくなり、一斉にクワンさんに視線が注がれ、緊迫した雰囲気が場を包む。
「ど、どうして僕らが帝国の子だとわかったのですか?」
「簡単だ。帝国以外に箸の文化が根付いている国はないからだ。キャロウェイのいるドワーフの国の一部、古くからのエルフのごく少数は使ってはいるが、それらの国でも子供の時から使っているのは聞いた事がない。つまり、箸が使えるというそれだけの事実で、君達が帝国の子だと明らかにしているのだよ」
知らなかった。帝国では箸を幼い頃から使っていたけど、まさか帝国以外の国で箸の文化がなかったなんて…。
「け、けど、クワン…さんだって、箸を使っているじゃない! それはクワンさんのいた小国も使っていたって事でしょうっ!」
イレーネは当然の疑問をぶつけた。この世界に生きている人間なら、さっきの説明との矛盾を真っ先に感じてしまう。だけど……。
「イレーネ君。君は間違いなくこの世界の人間だね。転生者ならそんな思考にはならない」
「ど、どういう意味よ…」
「イレーネ殿。私も、ここにいるクワン様も転生者です。私達は小国で箸の使い方を親しんだのではありません。以前の生きた世界で小さな頃から親しんでいたのです。だからこそ、我々は二人でこの地に逃れた時から、人目を気にせず箸を使っていたのです」
「………」
説明されてもイレーネはまだ納得出来ていないようだ。正確には理解出来ていないのだろう。だからこそ、何も言い返さず、何も聞けないのだ。転生者というものがそもそも何かを知らないから。
同じ転生者の僕だからこそわかる。自分の以前の生きた世界で親しんだ身近な物や文化、それらを愛していた人ほどに渇望してやまないのだ。
大事にしていた習慣だからこそ、この世界でも守り行いたいと考えてしまう。僕だって歴史好きをいまだにを辞められない。
この歴史を紡ぐ事を禁じられた理不尽な世界にあっても、かつての世界の英雄達の所業や生き方を、日々思い巡らしてしまう。
たったこれだけの事なのに、あっという間に僕達の正体は暴かれてしまった。ヨゼフは歯軋りをし、ドーファンもしてやられたという様相で、クワンさんを睨んでいた。
「クワン様ッ! これには深い訳がッ! どうか儂の話しを聞いて下されッ!!」
キャロウェイお爺さんは頭を下げて許しを乞う。それはかつて約束した時の言葉を逆手に取った事への詫びであり、騙したような状態で面会した事への咄嗟に出た謝意だった。
“あの御方”という人物とは関係のない者だと、それだけでわかってしまうだけの意味をも帯びてしまう。
クワンさんの反応を伺ってしまう。……怒ってやしないだろうか。恐る恐る再びクワンさんへと視線を戻すが、そんな心配はすぐに霧散していく。
「大丈夫だよ、キャロウェイ。私は怒ってないから気にしないで欲しい」
「で、では…」
「うん。最初からわかっていたよ。あの時、君が約束した人物達ではないであろう者達を、ここに連れて来たってことはね」
「…なんと」
クワンさんは最初からわかっていながらも、それでも僕達を追い払うのではなく、僕達をこうして招いてくれていた。一体どうして……。
「君が連れて来た人物であることには変わりない。だから招いた。わざわざあの賊達がいる山の中に勇気を持って足を踏み入れ、私達に逢おうとしれくれた人物達だ。逢わないだけの理由なんてものは…最初から存在しなかったんだよ」
多分、本心なのだろう。自分の本性を明かした時とは全く違った。その声には温かな優しさと、僕達への敬意が込められていたから。
「クワン様…」
「私は、君達に対して閉ざすための扉なんて持ち合わせていない! だから、まずは食べようっ! 食べながら話していた方が気も楽になるってもんだっ!」
みんなでこの人の様子を見て、僕達はお互いを横目に見やる。みんなの目元の鋭さは消え失せていて、柔らかい微笑みが顔にへばり付いていた。
きっと、同じ感情を抱いていた。……この人は素直じゃないなぁって。ドーファン的に言えば、まさにツンデレなのかなって考えると、冷たい人なんかじゃなく、心根は優しい人のように感じた。
「さっ、食べて食べてっ! 自慢の料理だから!」
大きく手を広げてさぁ、さぁと急かしつつ、大袈裟に食べて食べてと勧めてくる。この人の本当の姿、本当の在り方はまだわからない。
それでも、今はクワンさんのこの優しさの甘えたいと思う。ここまで言われたら食べなきゃね。
…うーん、どれにしよう。小鉢が幾つもあるから何を食べるか悩んでしまう。小鉢を眺め回していると、とりわけ目を惹くものがあった。
一つだけ大きな皿に乗っていて、目を惹くだけの鮮やかな盛り付けがされていた。これがメイン料理ってことかな?
これにしよう。ちょっと疲れていたから元気になりそうなものを食べたいと思った。箸で丁寧に身をほぐして、口元に運びパクりと喰らいつく。
「美味しいッ! なんですかこの味付けはッ!?」
とっても美味しいよこれッ! 素材の美味しさを邪魔しないシンプルな味付けだった。全くしつこくなく最後まで食べていられる。
「お気に召しましたかな? そこの池にいる魚を使用しています。本当は羊肉の中に入れて蒸したり煮込んだりするのですが、本来の味をお伝え出来ないのは残念です」
「いやいや、十分美味しいぞ、これッ! なぁ、カイッ!?」
「うん! ヨゼフの獲ってくれた鮎も美味しかったけど、これはこれで美味しいッ!」
「良かった。我々の故郷にいた魚に似ていたので、試しに調理してみたんです。そしたら案の定、予想通りの味わいでしてね」
「今回は私が料理をしたのだ! 私を褒めてくれたまえっ!」
「クワンさんは料理が上手なのね!」
「うむ! よろしいっ!」
とても誇らしげにズゥオさんは笑い、クワンさんはむふぅーっと鼻息を荒げた。この魚は白身魚特有の淡白な味わいで、癖がなく食感もぷりっとしていて、それでいながら小骨などもないから非常に食べやすい。
羊の肉の中で蒸したり煮込んだりするって、どうやって調理するんだろう? 今度作り方でも教わってみたいところだ。
詳しい料理名は伏せさせて頂きました。料理名を書くと早々にこの人物達がわかってしまうかなぁと考えてです。ヒントは料理の調理法とこの人物達も箸の文化がある国出身です。本当は池には生息しない魚ですがご了承下さい。
箸やスプーン、フォークなどの歴史も国や地域によって、発展の仕方がまちまちでなかなか面白いですね。当時の人が食べていた物に沿って用途や組み合わせが変わっていくのは、とても興味深いと思いました。
あと何品かヒントとなる料理は出す予定です。




