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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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第百八十一節

 家に入ると食欲をそそる香りがすぐに漂ってきた。

 

「何だこの匂いは! ズゥオさん、この匂いは何ですかッ!?」

「着いてからのお楽しみですよ。食事の席はこちらです」


 狭く短い廊下を抜けた先には大きな広間があり、そこには人数分の席に小さな食事台が一定の間隔に置かれ、台の上には幾つかの料理が小鉢のような形式で並べられ、見ている者の興味を駆り立てる。


「な、何じゃこりゃあ? 一つの卓にみんなが囲って食べるんじゃねぇようだが…」

「おや? このような食事作法は初めてでしょうか? どうぞお好きな席に座って下さい。皆、同じメニューを楽しめるようにしてありますから」


 促されるままに席に着き、みんな胡座(あぐら)をかいて座った。けど、そんな中イレーネだけは座ろうとしなかった。

 キャロウェイお爺さんに近づき声を掛ける。


「…お爺ちゃんのその傷、私に治させてくれない?」


 ヨゼフはイレーネに場合によっては治すように指示していたけど、結局は治せという(めい)を与えなかった。

 キャロウェイお爺さんの傷が、そこまで深いものではないという判断だったのだろう。だから戦いが終わってもすぐに治すように言わなかったんだろうね。だけど……。


「ふむふむ…これは興味深いですねッ! ヨゼフ君。一つお聞きしてもいいかな。なぜ、戦いの最中にそこのお嬢ちゃんに治させなかったのか? 矢に毒が仕込んである可能性もあったのでは? それに戦いが終わった後、ここに来るまでの間に治療をする(いとま)くらいありましたでしょう? 何でそうしなかったのか私は知りたいなぁ」


 ヨ、ヨゼフ…君? 凄い度胸だ。あのヨゼフ相手に“君”呼びとは。クワンさんは肝が据わっているなぁ。

 ふざけたような言い方ではあるけど、クワンさんの指摘通りだ。仲間想いのヨゼフなら、早々にイレーネに治すように言ったであろう。なのにそうしなかったのには、何か理由があるはずだよね?


「矢に毒は仕込んでなかった」

「……と言うと?」

「…飛んでくる(やじり)を見ればわかる。矢に毒がある事くらいすぐに判断出来る」

「……フハハハハハッ! ……はぁ〜あ…化け物ですね。ヨゼフ君は」


 貶す意味ではなく褒める意味で、クワンさんはヨゼフを化け物と例えた。乾いた笑みと引きつった笑い声が如実にヨゼフへの畏れを表していた。

 うん。本当に化け物だね。何でそんな事を刹那とも言える僅かなあの瞬間に、命の危機が迫る焦燥に駆られる時に、どうしてそんな判断が出来たのか。

 正気の沙汰とは思えない図太い精神力と強靭な心臓の持ち主だ。化け物くらいが丁度いい。


「戦った後に治させなかった理由もだよな? それは単に油断出来ない状況だったからだ。アンタ方のとこに尋ねに来たのは事実だが、なにも全幅の信頼を寄せて弓使いに付いてきた訳ではない。だから俺はイレーネに治せとは言わなかった。それに、今も俺はイレーネに治せと言っていない」

「ちょっ…ヨゼフッ!?」


 あまりにも失礼な言い回しじゃないッ!? だって、せっかく招いてくれたこの人達の事を、今も信じていないと言っているようなものだ。

 しかし、クワンさん達の反応は予想を大いに反するものだった。


「…いやはや、ここまで素晴らしい武人であろうとは。私はやはりヨゼフ殿に敬意を抱かざるを得ないですな」

「私もだッ! ここまで人を疑うような人物なら大丈夫だねッ! 私も少しは心を開こうじゃあないかッ!」


 あ、あれ? なぜかクワンさん達には好印象だった。なんでだ? それに気になる言い方だ。“少しは心を開こう”って……。


「やっぱりそうでしたか」


 場の空気を変革させるように、ドーファンは話しの潮流に一石を投じた。何やら理解しているようだけど、どういう意味だろう。


「気になっていました。キャロウェイさんから聞いた様子と、あまりにもクワンさんの様子はかけ離れていました。キャロウェイさんは我々にクワンさんの事を“生真面目な男”と表現していました。でも、実際に初めて逢うクワンさんは、とても愉快そうでありながら軽薄な一面をボク達に見せていました。……もしや、ボク達を試していたのではないですか?」


 ドーファンの指摘に視線を下げ、プルプルと震え出し、もう堪え切れないというように大きく一度震えると、途端に笑い出した。


「フワーッハッハッハッハッ! お見事ッ! まさにその通りッ!」


 くるっとこちらをジッと見据えるような鋭い視線になり、その視界にイレーネを捉えた。




「………お嬢ちゃん。早くキャロウェイの腕を治してあげて。もう大丈夫だから」




 それはさっきまでのふざけたような様子はなく、とても静かでいながら、その声を聞く者を怯えさせる冷たい声音を含んでいた。

 ……恐ろしい。ここまで人は感情の起伏を操れるものだろうか。僕だったら心の平静を保てないだろう。徐々に自分の感情の置き場がどこか見失ってしまう。

 けど、クワンさんはそれを平然とやってのけている。…この人はどれだけ感情を揺らぐ場に身を宿していたのか。

 ヨゼフとは違う恐ろしさをこの人は持っている。……どっちかと言うと師匠に似た怖さだ。師匠には遠く及ばないけど。


 イレーネはビクッと震えると縋るような目でヨゼフを見る。ヨゼフは顎を引いて頷く。どうやらヨゼフの中で警戒は解いてよいと判断したようだ。

 キャロウェイお爺さんが自身の服を破いて瞬時に傷口に巻いた布は、血で紅く染まり、とても痛々しそうな見た目だった。

 イレーネが巻いていた布の結び目を緩め、丁寧にゆっくりと布を巻きながら取っていくと、次第に止血していた傷口から鮮血が滲み出、未だ傷が癒えていないのは明白だった。

 フゥと深い呼吸をした後、意を決したように目を大きく見開き、癒しの魔法を唱えた。


「ヒ、回復(ヒール)ッ!》」


 傷口に(かざ)されたイレーネの手から魔力が癒しの言葉と共に、翠色の光と共に傷口をみるみるうちに塞いでいく。

 

「…ほぅ」

「や、やったわッ! 私にも出来たわッ!」


 ピョンピョンと跳ね上がったイレーネは、心底嬉しそうに破顔しながらわーいと軽やかな声を上げる。


「良かったな、イレーネ。お前は十分すげぇよ」


 ハイクも仲間の活躍が嬉しいのだろう。ニッコリと笑ってイレーネを見ながら顔を綻ばせた。もちろん僕もね。


「…少しお聞きしたい。お嬢ちゃんはもしかして初めて癒しの魔法を、それも共通語で唱えたのかい?」


 まだその視線の強さを緩める事なくイレーネを見据え、イレーネはまた身体を震わせながらも、怯える事なくクワンさんを見つめながら答えた。


「そ、そうよッ! 初めて魔法を使って成功したのよッ! もちろん共通語でねッ!」


 イレーネは僕達が帝国の人間と知らせないように、共通語である事を語尾を誇大に強めながら言った。……多分、違う意図があってイワンさんは共通語でと聞いてきたようだけど。


「…フフフ、これは中々面白い。この者達が私達の希望になると信じているのですね、キャロウェイ?」


 視線をキャロウェイお爺さんに移しクワンさんは問い正す。

 そうだった。キャロウェイお爺さんはこの人達に逢わせたい人物こそ、希望となる人物であるからこそ逢って欲しいと、この人達に言い残していたのだ。

 だからこそ、僕達を試すような真似をクワンさんはしていたのだろう。僕達はその事実に改めて気付き、希望たる人物に及ばないであろう自分自身への劣等感に、一抹の不安を覚えたのは僕だけではないはずだ。

 自信がないままの視線を崩せないまま、横目にキャロウェイお爺さんを見やる。……何て答えるんだろう。

 キャロウェイお爺さんは傷付いていた腕に力を込め、拳をドンッ胸に押し当て、クワンさんに向かって宣言した。




「無論ですぞ。この者達は我らの希望になり得る人物。その“御方”達です。貴方様達の待ち望む…この世界の歴史を大きく変えるであろう人物であると、儂はこの胸に誓います」




 前回の節の投稿の“し”ですが、日本語で読んだ時での…です。

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