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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“中”

第百七十九節

「クフッ…クフフフフフッ……ハァーハッハッハッハッハッ!!」


 白いベールの光を遮るような哄笑(こうしょう)は、とてもハツラツとした音を抱き、まるで僕の読みに歓喜の歌声を上げているようだった。


「素晴らしいッ! 僅かこれだけの景色を手掛かりに、そこまでの思考を手繰り寄せるとはッ! だが、これでようやく確信を持てた。カイ殿…そして、ヨゼフ殿も本当にこの世界の人ではないのだ…と」

「……という事は」

「いかにも。私はこの世界の人間ではない。すまなかったな、ヨゼフ殿。試すような真似をして。私は別にこんな事をしなくても良いとまで思っていたのだがな」

「…何だと?」


 不可解な発言だった。自分の意思ではないと言っているようなものだ。それなのに試したと。

 それに、何なら口調もさっきまでの丁重な口調より少し砕けており、きっとこれがズゥオの本来の姿なのだろうね。


「私と共にいる方の意思だ。もしも、貴方達を探れる機会があれば探るように言われていた。どのような人物かを見極めさせて頂いたが、仲間想いでいながらも正直な一面も見られる。私は貴方達を気に入った」


 誇らしいような目付きで僕達を見回した後、竹藪の一角に目をやり、無人の竹林に向けて語りかける。


「…そこで観ておられたのでしょう。出てきたらどうですか?」


 ガサガサと竹藪の中の背丈にまで伸びた雑草を掻き分けて出てきた。けど、その登場の仕方は場に似合わないものだった。

 手を空中に向けて振り払い、きっと蚊に刺されたであろう顔と手には赤い点々が至る所に見られて、ズゥオの格好いい登場とは反対に、とっても格好悪かったから。




「イタイッ! 痒いッ! せっかく格好つけて登場したかったのに、も〜う最悪ッ!」


 ……こ、この人が凄腕の政治家って人物なのかな? 一見すると普通のおじさんって感じで、そんな凄い人には見えないんだけどなぁ。

 

「……なぁ、カイ。このおっさんが凄腕の政治家って人なのか? 俺にはそう見えないんだけどよ」

「そこの少年ッ! 聞こえてますよッ! ヒソヒソ話しは人に見られない所、聞かれない所、あと、仲の良い人にも無闇やたらに本音を語らない事に注意しなさいッ!」


 ビシッと決め台詞を決めたおじさんは誇らしい顔を引き締めながら、長い鼻息をむふぅっと吐いた。格好つけてるようだけど…。


「…ね、ねぇカイ。このおじさんって友達いないんじゃない。友達にも本音を語るなって、とっても寂しい人ね」

「そ、そこの少女ッ! 聞こえてますよッ! あ、あと、私にだって友達の一人や二人くらい…い、いるんだからねッ!」

「…うわぁ、男のおじさんのツンデレですか。これはある意味そうそう見れませんが……今後は見たいと思いませんね」

「…….そこのもう一人の少年。何を言っているかはわからないけど、絶対に私の悪口言ってるよね?」


 ぐすんと拗ねたおじさんは、酷く落ち込んだようで、ポツンとその場に体育座りで座りだし、何やら地面に指先で文字を書き始めた。


「なぁ、爺さん? もしかして、こいつが話しに聞いていた…」

「そうじゃ! ヨゼフ! この方こそ小国の凄腕の政治家と呼ばれた方じゃッ!」


 紹介された人物はいまだに何かを書いていたけど、キャロウェイお爺さんに気付いて視線を上げると、すぐに機嫌を良くした。


「おぉッ! キャロウェイッ! 待っていたぞッ! 久しぶりだなッ!」


 バッとキャロウェイお爺さんを抱きしめたおじさんは、酷く演技的にチラッ、チラッと目線を送り、さも友達がいるよとこちらに見せつけているようだった。


「い、痛いですぞ…」

「あ、そっか! ごめんごめん。まだちゃんとした手当てをしていなかったんだね。それじゃあ、私達の家で治療でもしよっか」


 パンッと手をうって、こっちこっちと案内を始めようと動き出したおじさん。…マイペース過ぎる。


「こっちこっち〜」


 意気揚々と歩き出すもんだから、致し方なく着いて行かなきゃいけない感じになった。

 何の説明もなしだけど、ズゥオさん達の家に着いたらきっと説明してくれるよね?


「…皆様すみません。悪い人ではないのだが、とても自分のペースで事を進まれる方なのだ。ご容赦願いたい。…まぁ、ひとまず我らの家に参りましょう。ゆっくりそこで話しながら、説明をさせて下さい」


 ハァ〜ッと深い溜息は日頃の苦労を反映させ、常にズゥオさんが振り回されている姿が、瞼の裏に思い浮かんでくる。

 また(かしこ)まった口調に戻り、ズゥオさんはどうやらこのおじさんには頭が上がらないようだ。


「おい、そこのあんた。名前くらい名乗ったらどうだ」


 ヨゼフの指摘に後ろを振り返り、んんぅ〜と唸った後、咄嗟に思い付いたかのようにこう言った。

 

「名は……そうですな、"クワン"とでも名乗りましょう。よろしくよろしく」

「……本当にこいつらは人に名前を明かさないんだな。信頼関係を築くのに時間が掛かりそうだぜ」


 ヨゼフは天を仰ぐように頭を抱え、先が思いやられると言わんばかりの仕草を取る。


「まぁ、その辺も話しましょう。どうやら知りたい事はお互いに……そして、貴方達同士でもあるんじゃないですか?」


 この人も鋭いな。僕達の間に広がる視線の意味を見逃していなかった。僕やヨゼフの正体、そして、ヨゼフの名前についての話しになった時、僕達の間にはその意味を知ろうとする瞳は一つには止まらなかった。


「…どうやらそのようですね。せっかくの機会だ。せいぜい前向きな会話が出来たら嬉しいですな」


 闊歩して歩き始めたズゥオの後に僕達は続く。……会話はない。みんなはそれぞれ、何を知りたいか、何をどう聞くべきかに思いを巡らしているのだろう。

 僕も知りたい事は山々だけど、この人達の作ったこの景色を眺めながら考えていた。


 ……でも、僕は考える事に思考を費やせなかった。青々とした竹林や稲の爽やかな光景が周囲に広がり、深い山々と岩壁に囲まれた地にあっても、生きようとするそれらの生命に対し、感嘆の気持ちが生じていたから。

 それに何より、僕のいた日本に近いものを感じれるその景色は郷愁の念を駆り立て、自分のうちに沸いてくる感情は自然と言葉になった。




「…美しい」




「ほう、カイ殿もそう思われるか」


 僕の小さな呟きを拾ったズゥオは、とても嬉しそうで、とても誇らしく、とても懐かしげな顔だった。


「いい土地でしょう。一生懸命に土地を育てた甲斐があった。私はこれでも作物を育てるのが得意でね。"クイウェイ"と私はこの土地に名を付けて親しんでいる」


 クイウェイ? …その言葉は聞き覚えがあった。あれ? 何を調べている時に知ったんだっけ? でもそれは、とても悲しい感情を想い起こす響きのある言葉だ。

 何だっけ…どこで知ったんだろう…。


 そんな事ばかり考えていた僕は気付かなかった。僕達が歩き出した事で、あのおじさんが書いていた文字が消えて無くなり、一文字だけが地面に残っていた事なんて。

 僕には見えなかった地面にはこう書かれていた。





 “中”……と。






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