表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
173/409

“ズゥオ”

第百七十七節

 禁足となった土地? あれ? この言葉どこかで……。


「……もしや、もしかすると…」


 そう思ったのも束の間、キャロウェイお爺さんが何やら喜んだ様子で手を振って、崖の上に立つ男に向けて声を上げた。


「おぉ〜いッ! 弓の御仁! 儂じゃ! キャロウェイじゃッ!」


 そうだ! キャロウェイお爺さんが逢ったという伝説の将軍であろう人物の言葉だった!

 わぁ〜、あの人が伝説の将軍なのかなぁ。そんな妄想を巡らせるだけで俄然と想いが(たかぶ)ってきたッ!


 キャロウェイお爺さんは大きな声を張り上げ自身の名を告げると、その男は完全に警戒を解いたようで、持っていた弓を背負い直した。

 そして、そのまま崖の上からぴょんぴょんと兎のようなしなやかさで、僅かな足場を見定めるながら飛び降りてこちらに向かってくる。


 トンっという音と共に、その弓使いは僕達の前に降り立った。その見た目と高地から飛び降りた重力に反した軽やかな地面への衝突音は、それだけでこの人物が只者ではないと伝えている。

 若々しく精悍な顔つきを擁し、それでいて初めて対面する相手にも好印象を与えるだけの静謐(せいひつ)さに溢れていた。

 背中に座す弓はかなりの長弓だ。本当にこんな弓を使って矢を放てるのか? 弓の弦を番えるだけでも、相当な力が必要な事は明らかだ。

 好印象を抱くと同時に、秘められた実力に対する畏れをも抱いてしまう。顔には自然と冷や汗が滲み出、額からそっと頬を伝い流れ落ちた。


「…お久しぶりです。キャロウェイ殿。お待ちしておりました。この方達が、貴方の申していた私達に引き合わせたい方々ですか。……子供が多いというのは意外でしたが」


 ニコッと微笑んだ顔には嫌味などはなく、心から待ち望んでいたことを裏付けていた。本当に実在したんだ。小国の伝説の将軍。この人物がその風聞に見合う以上の人物であるのは、この人物を取り巻く風格と、分け隔てのない謙遜な態度からもわかる。


「約束を覚えていて下さり感謝ですじゃ。こちらの槍使いは…」

「ヨゼフだ。よろしくな、弓使いさん。あんた…相当やるなぁ」


 ニヤニヤとした笑みのまま、ヨゼフは弓使いと呼ばれた人物に手を差し出す。何の躊躇もないままに、弓使いはその手を力強く握った。


「いえいえ、貴方様ほどではありません。先程は本当にお見事でした。あのような槍捌きを見たことがない。ぜひ今度ご教授願いたい」

「素直に褒め言葉と受け取っておこう。ところで、あんたの名前はなんだ?」


 自分は名乗ったのだからお前も名乗れと、軽く威圧するような言い回しだった。けれども男は気圧されもせずに怯むこともないまま、柔らかな眼を崩すことなく答えた。


「我が名は訳あって明かせません。呼び名として“ズゥオ”とでも呼んで下され」

「…ズ、ズーオ?」

「いえ、ズゥオです」

「い、言いにくい名前ね……」


 ほ、本当に言いにくい。一体どこの言葉なのだろう。文字で見れば何となく察する事が出来るだろうけど、発音だけだとよくわからないよ…。

 見た目は日本人に近いものを感じるんだけどなぁ……。


「ま、まぁとにかく、せっかく呼び名を教えて貰えたんじゃ。教えて貰えて儂は嬉しいですぞ」

「…そうですね。すみません、ズゥオさん。珍しい呼び名にびっくりしてしまって。僕はカイと申します」

「俺はハイクって言います」

「私はイレーネよ」

「ボクはドーファンです」

「言いにくいのは百も承知です。皆様の事を歓迎致します」


 右手に拳を作り、左手の掌にバシッと押し当てて、そのまま深くお辞儀をして礼節を示してくれた。

 ……ん? この礼の仕方って…。


「辺りは暗くなっておりますが、私の後に着いて来て下さい。私共の秘密の隠れ家にご案内致します」

「え、いいんですか?」


 キャロウェイお爺さんと知己を得ているとはいえ、幾らなんでも用心をしなさ過ぎのように思えた。

 あんなに凄まじい威力の槍を放てるヨゼフがいるのに、あまりにも無警戒だ。


「キャロウェイ殿が私に逢わせたいと願っていた方々です。どうして今さら心を閉ざす必要があるでしょうか。それに、私達に逢うために多くの恐怖に打ち克てるような方達である事を、私は知っています。ここから一部始終観ていましたから」


 固いセリフとは裏腹に、相手を安心させるだけの笑顔を持って、子供である僕達にも敬意を込めてくれていた。

 ……凄いな。こんなに人が出来ている人物はそうそういない。この人はヨゼフとは違った安心感を与えてくれる。

 これだけで心の距離が縮まっていく。


「ここからの道のりは他言無用に願います。途中、険しい道もありますので、どうぞ足元にお気をつけて」


 ズゥオは先導して風を切るように歩き始めた。(そび)え立つ崖に沿いながら、ゴツゴツとした岩肌と隣り合わせに進んで行く。

 松明の灯りは連なり、六本の松明はお互いを気遣うように足元を照らし、その行くべき道を指し示す。

 灯りにつられて小虫が周囲を飛び回り、松明に近づこうとするとその熱さに驚いて一度は離れるが、すぐに松明に近寄っては離れ、近寄っては離れる事を繰り返している。

 …鬱陶しいとかじゃなく、不思議と可愛らしく思えてくる。こちらに興味津々に着いて来る子供のようで、寂しい夜道を慰めてくれている。

 (しばら)く進んでいると、ズゥオの忠告通り足元の高低差が徐々に大きくなり険しくなり始めた。

 黒雲達の背から降りて騎手は手綱を引き、同乗者は馬を安心させようと、馬の背を摩りながら進んで行く。

 歩ける道幅も少しづつ狭まり、歩きにくい道を進む事が増えていくと、足の筋肉にも疲労が溜まってきた。

 …今日はずっと朝から動きっ放しだったもんね。休憩をしていたからそこまで大きな疲労ではないけど、太腿の辺りにツゥっとした痛みを帯びる。

 

「あと、もう少しです。かなり中は暗くなりますが、この中を(くぐ)っていきます」


 そう言われた先には小さな洞窟があった。黒雲達の頭を少し(かが)めて通れるくらいの大きさだ。……本当にこの先に隠れ家なんてあるのかな?

 月と星々の明かりはこの先に訪れない。松明の灯りに頼るしかない。さっきまでの隊形よりも、より密着するように距離を詰め、お互いの松明の灯りを支えに進み続ける。

 

「この洞窟の中は入り組んでおります。決して離れられないように」


 そう言われた矢先、早速分岐点に差し掛かりズゥオは左に進んで行く。次に右に、次は左、右…右…左……と、複雑な迷路を迷う事なく歩き続けた。

 冷んやりとした空気が洞窟内を漂い、それは歩き疲れた僕達を癒すものではなく、かえってこの洞窟内に緊張を張り巡らせる雰囲気を(かも)し出していた。

 

「…ねぇ、カイ。これってどこまで続いているのかしら? ずっと同じ狭い空間に、同じ岩肌ばかりで飽きてくるわね」


 強がりで話したであろうイレーネは、世間話しのように切り出した言葉とは違って、こちらを振り返った時、眉間に(しわ)を作りながら表情筋は強張っていた。

 …変に揶揄(からか)うのは辞めとこう。キャロウェイお爺さんに怒られたばかりだし、それに僕もこんな暗い中で怖いと思ってるし。

 

「…まだ続くんじゃないかな。出口が近かったら空気を押し流すような風とか、風音が聞こえてきそうだけど、そんな気配はまだなさそうだもんね。……ちょっと怖いよね」

「ッ! こ、怖くなんてないわよッ! へ、へぇ〜カイは怖いのねッ!」


 素直に怖いと言えばいいのに…。全く、イレーネは相変わらず強がりなんだから。

 上擦った声で話したもんだから、洞窟内で響いた声はみんなの耳にも当然ながら聞こえてしまう。


「大丈夫です、イレーネ殿。あともう少しです。そうすればこの暗闇から脱しますので。そう怖い思いを抱かないで頂きたい」

「こ、怖くないもんッ!」

「「ぷ…ふふふ」」

「ちょ、ちょっとッ! ハイク! ドーファン! な、何で笑っているのよッ!」

「だ、だってよ…ぷふ……絶対ビビってるじゃねぇか」

「ぷふふ…そうですよ。怖がってるじゃないですか」

「ビ、ビビってなんかいないもんッ!」

「…まぁまぁ、いいじゃねぇか。怖いものの一つや二つくらい、誰しも持ってるもんだろう。そこまで笑ってやるな」

「ヨゼフッ! 私は怖くないわよッ! 別にこのくらい…」

「あのなぁ、イレーネ」


 突如歩むことを辞めたヨゼフは、後ろを振り返りみんなに言い聞かせるようにこう言った。


「怖がるのは悪い事じゃない。怖いってのは、人間誰しも抱く感情だ。俺はその感情を失った時の方がよっぽど怖い。怖さがあるからこそ、人は踏み込んではならないところを踏まないでいられるんだ。自分の中にある恐怖を認めてこそ、向き合えるものや気付けるものだってあるんだ。だからな、怖がる事を恥ずかしがるな」

「……そうですよ、イレーネ。カイだって怖いって言っていたし、ボクだってこんな暗い所は怖いです。そもそもこんな場所を歩く事なんてないですからね。みんな同じですよ? …ハイクは知りませんけど」

「んまぁ、怖くはないな。みんながいるからな。…だからイレーネ、別に怖がってもいいんだと思うぞ? みんなが周りにいるんだから。足らない感情を頼ってもいいんだと俺は思う」


 気恥ずかしいなんてこともなく、仲間を想った正直な言葉をみんなはイレーネに贈った。うんうん、何だかいい感じだね。

 

「……わかったわ。…正直に言うとちょびっと怖いの。だから早くここから抜けられたらなぁーって」

「…そうだね。僕もこんな所は早く抜け出したいよ」

「そうかのう? 儂はいつまでもここにいられるぞ。ほれ、この穴のサイズなんて丁度良く……」

「んじゃあ、爺さんはここにずっと一人で住めばいい。俺らは置いてくぞ」

「なぬッ!? そ、それはあんまりじゃあッ!!」

「「「「ぷ…ふふ……あっはっはっはっはっはッ!!」」」」


 楽しげな会話は洞窟内に共鳴し、暗闇の怖さを消し飛ばすように気持ちを軽くさせてくれる。


「…いい関係性ですね。お互いを想い遣る素晴らしい精神です。さて、もうそろそろ出口です。……ほら、光も見えてきましたよ」


 ズゥオの指差す先には、白いベールのような月の光が洞窟の出口に注ぎ出されている。

 その強い光は暗闇にいる僕達に惹かれるものがあった。


「わぁ、出口よッ! 急ぎましょッ!」

「こ、これイレーネ。そんな急がんでも出口は逃げんぞッ! そう先走るなッ!」

「「「「わぁーいッ!」」」」


 キャロウェイお爺さんの注意を右から左に受け流して、子供である僕達は我先にと早足で洞窟から出ようとする。

 仕方なさそうに大人のヨゼフ達も先を急いでくれて、隊列を乱す事なく洞窟から外へと踊り出る。




「わぁ、すっご〜いッ! 綺麗ねッ!!」

「すっげーなッ! 何だここッ!?」

「うわぁ…これはまた神秘的ですね」




 そこは夜空の下であり、夜には変わりない。さっきまでと同じ夜空の下であった。それなのに、ここだけは同じ空を仰ぎ見てはいないようだった。

 高く囲まれた絶壁の中に彼らの隠れ家は存在し、まさに隠れ家と呼ぶに相応しい場所。

 周囲の白い岩肌の壁が降り注ぐ光をより輝かせ、光を反射させている。

 月と星々は眩くくらいに煌めき、幻想的な空間を作り出していた。




 投稿期間空いてしまいすみません。四月の第二週までは忙しくなりそうです。来年もこの時期は忙しいと想います。


 弓使いはズゥオと名乗りを上げましたね。どんな人物なのか楽しみですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ