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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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窮地

第百七十二節

 短いながらも長い時を経たような休息を終える。十数分程度の時間しか休めなかったが、その休息は消費した時以上の価値を生み出した。

 身体は気怠さを残しながらも、みんなも動けるだけの気力を取り戻し、黒雲達の表情にも生気が蘇っていた。


「そろそろ動こう。もうじき日も…暮れちまうからな」


 山の中を睨んでいたヨゼフは立ち上がり、僕達も続いて立ち上がる。

 唯一、キャロウェイお爺さんだけは、若いもんは羨ましいのぅ…と言いながら、腰の痛みを(いた)わるようにぽんぽんと叩きながら重い腰を上げた。


「いよいよ、ここから本番だ。全員いつでも言われた事をこなせるようにしておけよ」


 声に出す事なく、一人一人が大きくコクっと頷くのをヨゼフは横目に確認すると、ついに時を前へと進めた。


「…よし、俺の後について来い。片時も離れるなよ」


 黒雲達の背に跨り、深い山中のさらに奥へ、さらに奥へと歩みを進め、敵の思惑に気付いていながらも、その歩みを止める事はない。

 僕達は…ヨゼフを信じると誓ったのだから。


 


 かろうじて道と呼べるでこぼこな山道を進んで行く。標高が高なるにつれて、身の周りを纏う空気は肌寒く、少々息苦しさも感じる。

 …気温が下がっている。山を登っているから当たり前か。以前の世界で、日本人なら誰しもが知っている富士の山に登った事がある。

 あの時もこんな真夏の暑い時期だったけど、山の中腹で一夜を明かした時、あまりの寒さに眠る事すら困難さを覚えたものだ。

 酸素も薄くなり、それは思考をも低下させてしまう。これ以上、高度を上げて登り続けたらどうなるのやら…。

 そんな中で賊と戦わなければいけないなんて、ヨゼフは本当にどんな策を持って対峙するつもりなんだろう。


 次第に周囲の風景にも変化が見られる。あれほど緑に覆われた地の中に、少しずつだが硬い岩肌が現れ、徐々にその全貌が明らかとなる。

 ……やっぱり岩山だ。山を登る前に下から見上げた時、頂上付近に(そび)え立つ白に近い灰色の山の一部分が、妙に気になっていた。

 岩の中にも緑は宿り、逞しくも岩肌に根ざす雑草や苔が芽生え、木々もその生き方を忘れる事はない。

 この地形になってからは、本当に緩やかに登っているような感覚だ。そろそろ山頂も近いのかもしれない。

 もしくはここは未だ中腹なのか、よくはわからないのが心苦しい。だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。


 一つの思案が頭を巡る。…この地形で本当に勝てるのか。敵の根城である云々(うんぬん)以前に、この地形は少々入り乱れている。

 それに岩稜たる地は足場も悪く、移動しながら戦うにはあまりにも不利だ。どこか一箇所に留まって戦う方が良いだろう。それも高所で相手を狭隘(きょうあい)な場所に誘いこめるなら都合がいい。


 幾つかもの高い岩が切り立ち、その中の一つを迷う事なくヨゼフは進んで行く。…本当にこれでいいのか?

 こんな地形であれば、僕なら間違いなく……悪い考えばかりが脳裏を巡る。


 ……不味いな。日も暮れてきた。今なら引き返せる。だって、この地形はただの岩壁に挟まれただけの地形とは言えないだろう。

 そう、ここは小さいながらも谷間と呼べるような地形だった。


「ヨゼフ。これ以上は行かない方がいいよ。あの切り立った岩の手前まで戻ろう。あそこなら対応出来る筈だよ。今すぐにでも戻ろう」


 差し出がましいのは百も承知だ。だけど、言わない方がもっとダメだ。これ以上先に進んだら……


「カイ、どう言う事? そんな切羽詰まったような真面目な顔で」

「…戦いがわからないボクでもわかります。カイの言う通り引き返した方が……」

「なんだ? ドーファンまで? どうしてそんなに怯えたようにしてるんだ」


 同じ恐怖を抱いたドーファンだけは、酷く手を震えさせ、持っている弓が見える形で恐怖を現し、わなわなと弓をも振動させていた。


 


 ──だが、時というのは非情なものだ。幾ら願ったところで、こちらの望んだ通りになど動いてくれない。待ってなどくれないのだ。




 いかに巧妙に、悪辣に、その知恵を振り絞って、来るべき時にまでひたすらに動いた者にこそ、その労苦に相応(ふさわ)しいだけの舞台を与えてくれる。

 切り立った左右の高い岩の上に、勝ち誇ったように下卑(げび)た笑みを浮かべた幾人もの大の男が現れた。

 その中から一人の男が、もはや揺るがぬ勝利を掴んだように、大声で呼び掛けてくる。




「気取った正義の味方の槍使いッ! 背の低いのが取り柄のドワーフよッ! 久しぶりだなッ!!」




 嘲笑する叫びは岩壁の谷間で嫌でも共鳴し、低く籠った恨みの声は耳の奥深くにまで突き刺さる。


「俺らの住まう地に無礼にも踏み込んだお前達には、それ相応の報いを与えてやろうと思ってな。俺様が直々に出向いてやったわッ!!」

「ほう、どんな報いだ? 村を攻め寄せて来た時も、自らは安全な場所から隠れて指示するだけの奴が…何を偉そうに」

「…ッ!?」


 自らの置かれた状況など気にせず、恐らく賊の(かしら)であろう人物に向けて罵倒を浴びせる。


「よくもぬけぬけと減らず口を…ッ! お前達は自分達の置かれた状況がわかっているのかッ!? 俺はいつでもお前達を……」

「岩でも落とせるのか? そしたらお前達の欲しい首ごと潰れちまうだろうな」

「ッッ!?!? …な、なぜそれをッ!?」


 明らかに焦った様子で理由を問う賊の頭。…そっか、ヨゼフはこれを狙っていたのか。だけど……


「あの瘴気の森での出来事を考えれば馬鹿でもわかる。お前達がここにいる子供(ガキ)を狙っていたのは誰の目にもわかる。ジャイアント・グリズリーを仕掛けたのもお前達だろ? 悪かったな、大事に集めた魔物をあっさり殺しちまってよ」


 煽り文句を止めようなんてする事もない。ヨゼフは持っていた槍を僕達の方へ向け、賊の標的が僕達である事を看破してみせた。

 正解だろうね。賊の焦りようはその通りであることを表明しているようなもんだし、明らかにあの時の誘導とヨゼフとの分断には謀略が込められていたから。


「……そうだな。たしかにあのジャイアント・グリズリーを捕えるのは苦労した…。手下も沢山死んだ……だがなッ! それだけの苦労以上に、ここでその子供(ガキ)の首を手に入れる事には大きな価値がある! 沢山の手下の命と引き換えにしてもお釣りがくるくらいだッ!!!」


 ギリッと奥歯を噛み締める音が鳴る。賊の頭の発言に改めて問う必要はない程に、仲間の命の価値への侮辱を羅列する内容だったから。


「その子供の首には莫大な賞金が掛かっているッ! だからこそ岩で潰したりなんかしねぇッ! 特上の矢でも喰らいやがれッ!!」


 その言葉と共に、賊の頭は振り上げた手を下した。

 瞬間、無数の矢が降り注ごうとする。しかし、ヨゼフは諦める事なく僕達に一言命令をした。




「逃げるぞッ!」




 その命令に躊躇(ためら)う暇などなかった。むしろ、敵が矢を(つが)えた瞬間に本能が警鐘(けいしょう)を鳴らし、身体はすでに逃げるようと大きく舵を踏み切っていた。

 だが、逃げると言ってもその方向は……信じられない、信じたくない事だけど、ヨゼフは来た道を引き返すのではなく、黒雲のお腹に足をぶつけ急速な前進を指示し、さらに奥へと突き進む。

 その場から全員急いで離脱し、岩壁に挟まれた地形からの脱出を図る。ふと、さっきまでいた場所に目をやると地面には数十本の矢が突き刺さり、その後ろから、つまり僕達がこの谷間に入って来た方向から沢山の敵が僕達を追ってくる。

 その数は数十本の矢の数の比ではない。一瞬にして何百人という数の人間が視界に映り込む。賊の頭は僕達の背後を重点的に塞ぐつもりで、手下の多くをあらかじめ伏せていたようだ。

 もし、あのまま後方に逃げようとしていたら……そんな恐ろしい事実に気付き、さらなる恐怖が身を震え上がらせる。


「カイ!! ドーファンッ! 今すぐに弓を構えろッ! 前方に敵が現れたら撃ち続けろッ!!」


 そうだった…後方にだけ人員を配置するのは明らかに愚策だ。徹底して亡き者にする事を目的にするなら、間違いなく獲物を逃がさないためにも出口となる場所を固めておく。

 未だ矢が降り注ぐ中、一本の矢がキャロウェイお爺さんの肩を射抜く。


「ぐッ…!!」

「キャロウェイお爺さんッ!!」

「だ、大丈夫じゃッ! そんな大した怪我ではない! 儂の心配よりも前から目を逸らすなッ! 矢を(つが)えよッ!!」

 

 今は前を見る時だ。後ろを振り返る時ではない。そう教えてくれたキャロウェイお爺さんの期待に応え、僕は前の敵にだけ注意を向ける。

 矢を番えしばらくもしないうちに、賊が僕達の行く手を阻もうと現れた。だが、後方にいる数ほどの多さではなかった。

 やはり賊は僕達が後方に逃げ惑って行く様を前提に考えていたようだ。


 ヒュンッ! と一本の矢は敵の手を砕き、もう一本の矢は地に突き刺さる。


「ドーファンッ! 当たらなくてもいいッ! とにかく射続けろッ! そうすりゃあ、いつか当たるッ!!」

「は、はいッ!!」


 ドーファンはよくやっている。馬に乗りながら弓を放つのはとんでもなく難しい。それを湿原にいた数時間の休息の時間を使って、自主的に覚えたいと志願してきたのだ。

 最初は全然射ることは出来なかったけど、的には全く当たらないが何とか形だけは射れるようになった。

 それをヨゼフもわかっているからこそ、数で何とかゴリ押せと無茶な命令を下す。だが、それはとても有効な策だった。

 必死に再び矢を番えヒュンッと放った矢は、非力ながらも最前列に位置する敵の足に突き刺さり、一人の賊の動きを停止させた。

 自信がついたように矢を放つようになったドーファンを横目に、僕も普通以上の力で矢を放ち、賊を少しでも食い止めようと、懸命に腕を動かし続けた。

 

「ハイクッ! 俺が道を切り開くッ! 側面から槍を喰らわせくる奴には、逆にお前の槍を喰らわせてやれッ! 爺さんも最後尾で上手く敵をいなせよッ!」

「はいッ! ヨゼフ師匠ッ!」

「おうッ!!」


 その勢いのまま賊が待ち構える最前列に突撃を繰り出す。ヨゼフは先頭にあって大いに槍を振るい、敵陣へ風穴を開ける。幾人もの賊の身体は宙に浮かび上がり、ヨゼフの槍の凄まじさを物語る。

 黒雲の巨体が何人かの賊を突き飛ばし、衝撃は後方に控える賊にまで伝染し賊の体勢を崩す。

 ヨゼフの後ろを走るハイクはその隙を見逃さなかった。隙を晒してしまった賊の頭上に槍を大きく叩き下ろし、賊の脳天は砕け散った。急いで槍に思いっきりに力を入れて、慣性の法則に必死についていくように、そのまま賊達に向けて進行方向と同じ向きに槍を薙ぎ払い、何人もの賊を吹き飛ばした。

 僕は必死に矢で応戦し、ヨゼフやハイクの事を襲おうとしている敵を捉えては射て、捉えては射てを繰り返した。すでにドーファンは騎手として手綱を握る事に専念し、ハイクが存分に槍を振るえるようにしている。状況判断は的確だった。

 キャロウェイお爺さんは再び立ち上がった賊が襲ってくれば、大きな斧を振るい落とし勇戦する。中には鉄兜を装備した賊もいたが、その兜ごと胸元まで身体を裂くような一撃を放ち、賊達の戦意を削ぎ落としていく。




「突破したぞッ! このまま前進だッ!!」




 待ち構えていた賊達の陣を突破し、険しい山道であろうと必死に走り続ける。この先がどうなっているかなど、僕にはわからない。

 一抹の不安が胸を(かす)めた。




 遂に賊との対峙する時がやってきました。一体どうなってしまうのか。カイ達は最後までヨゼフを信じ切る事が出来るのか。


 次は“希望とは”です。

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