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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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夜襲の時刻

第百七十一節

 いと深き山々は、まさに人の侵入を許さない険道と言える。最初、なだらかな坂が続いていた山道が、登れば登って行くほどに急斜を増していき、ついには道と呼ぶのも控えてしまいたくなる傾斜(けいしゃ)を持って迎え入れてくれる。

 黒雲達もかなり辛そうだ。僕達も途中で下馬し、黒雲達と横に並びながら苦しさを共に分かち合った。

 深い緑が織りなす木々の木陰が陽射しを(さえぎ)り、苦しさの中にも木陰の癒しを与えてくれる存在に感謝しながら、時折、木々の木肌に触れながら、息も絶え絶えではあったものの、口にはしないが感謝の念を木々に込めて歩き続けた。

 すると、多少ではあるが再びなだらかな山道のようになった。……ふぅ、まだ続くのか。はっきり言ってここから下りになってくれればいいなって、考えたのは僕だけではないよね。

 イレーネとドーファンなんかあからさまにゲッソリとした顔付きで、少し前に屈んでがっかりとしていた。

 そんな様子を見てなのかはわからないけど、唐突にヨゼフは口を開いた。


「…ここら辺で一旦休憩としよう。爺さん、どう思う?」

「うーむ……そうじゃな。ここらが良かろう」


 この山での経験を吟味した結果、低く(うな)るようにキャロウェイお爺さんも賛同の意を示す。


「やった! ようやく休憩なのねっ!」

「……ふぅ、疲れました〜」


 バタンッとその場に倒れるような勢いで座り込んで、大きく息を吐く。その言葉を皮切りに、気を張っていた緊張感が少し緩み、和んだ雰囲気が伝播していく。

 山を登るために体力を磨耗していた事もあるが、何よりも周囲からいつ襲われないかに注意を払っていた事への疲れが痺れを切らす。

 

「気を抜き過ぎないようにな。カイとイレーネは馬達のために皿を用意して、水をその中に注いでやれ。ハイクと爺さんはそれぞれ別々の方向を見ながら警戒しつつ、休息を取ってくれ。俺は山中を、爺さんは後方、ハイクは前方の道だ」


 淡々とした様子で、慣れたように指示を次から次に与えていく。みんなムクリと起き上がると黙々とそれに従い、解いた緊張の糸をもう一度結んだ。


「…あ、あのヨゼフさん。ボクには何かやる事は……」

「なぁに言ってんだ。ドーファンはゆっくり休め。お前は他の三人よりも体力が無いのは見てりゃあわかる。今はゆっくり休め。本番はもうすぐだぞ」

「……うぅ、わかりました。………って本番はもうすぐってどういう事ですかッ!?」

「静かにじゃ、ドーファン」

「…す、すみません」


 背中越しに語るヨゼフは真剣に山の中を見ていた。一度もこちらを振り返る事なく、ただ事実だけを告げる様は、いつもの彼の姿よりもやけに(とが)っていた。

 しかし、それも当然の事だ。ここは敵地のど真ん中に等しい。そんな所でのうのうと休息を取る方がどうかしている。

 それでも休憩を取る事をヨゼフもキャロウェイお爺さんも選択した。……わからないなぁ。


「ヨゼフ、どうしてこんな場所で休憩をするの? ここは敵地そのものだよ」

「…わからねぇか? お前ならわかると思ったんだがな…」

「うーん…考えてみたけど、ここで休憩する事と、いま敵が攻めて来る事のリスクを天秤に掛けると、圧倒的に危険だと僕は思うよ。……でも、ヨゼフもキャロウェイお爺さんも違うんだよね?」


 ピタッと隣りで一緒に水を注いでいたイレーネの動きが止まる。置かれている状況が身体を強張らせ、こちらを不安げな視線が捉えた。

 大丈夫だよイレーネ、僕も十分に怖い。口では強がってるように言ってるけど…皮袋から注ぎ出している水が、怖さのあまりに手元を狂わせ、誤って地面の乾きを潤してしまった。


「まぁのう。今まで生きてきた経験が違うからわかる。計算高い賊なら、今ここで襲う事はしない。そして、儂らの村を襲った賊の(かしら)は間違いなく計算高く考える事が出来る奴じゃ」

「…どうしてですか? 今は僕達は疲れ切って休憩し、油断しているように見えるのでは……」


 背中を地面に向けながら寝そべり、木陰のお陰で少しなりとも冷んやりとした地面の気持ち良さを味わうように、ドーファンは身体を休めていた。

 一見ふざけているように、この状況を舐めているように思えるだろうが、一番疲れ切ったドーファンを気遣ったヨゼフの厚意を無碍(むげ)にしないためにも、これでもドーファンは少しでも身体を早く回復させようと一生懸命なのだろう。

 

「違う。奴らは自分の最も得意な時を生かし、俺達が最も不得手な時を持って攻め寄せてくるだろうな」

「……その時っていつなのよ?」


 ゴクリと誰かが唾を飲み込み、その答えを待ち侘びる。そんな空気をばっさりと切り捨てるように、隠す事なく私見を述べる。


「夜だ。しかも夜に成り立ての薄闇で襲って来るだろうな」

「…普通、夜なら深夜とかじゃないの?」


 至極当然の疑問を僕は突く。兵法の基本では、敵が寝静まった深夜か薄暗い朝に襲うのが定番だ。楚の覇王項羽の叔父・項梁(しか)り、日本三大奇襲の北条氏康然りだ。

 項梁は快進撃を続け、敵が城に籠り挑発しても出てこないのは臆病風に吹かれたと思い込み、慢心し油断した夜の休息を突かれ、討ち取られてしまった。この一戦を契機に、項羽が台頭してくるのは皮肉な話しだ。

 後北条氏の最盛期を極めた北条氏康は、自領の三千の守兵が籠る河越城に、八万もの大軍の敵勢が連合を組んで包囲してきた。氏康は後方の(うれ)いを断つと共に、その十分の一の兵力の八千を率いて急行し、()の刻に敵勢を急襲した。

 語ればどちらの戦さも何時間でも語れるくらいに覚えているけど、要はいかに油断した時を狙うかが大事だと僕は思う。


「普通はな。だがな、カイ…今回は違う。敵は暗くなったと共にこちらを襲って来る筈だ」

「…その理由は?」

「一つに、奴らが賊という山に慣れた人間である事。奴らは得意な夜目を効かせて、こちらを襲って自分の有利性を生かそうとするだろう」

「二つに、奴らは俺と爺さんの素性を知っている。俺達が一番重要な深夜の警備を怠ると思うか? そんな事は絶対にしない。それに俺の経験では、深夜ってのは何かを起こすのにうってつけの時だ。奴らも俺らの用心深さは身を持って知っている。何度も夜に追っ払った事もあるしな」

「三つに、それらを踏まえた上でこちらが疲れ切った瞬間を襲おうとする。それはいつか? ずっと歩き放しでへとへとな時間帯に襲いたい。夜営をしようと身体を地に着ける直前をな。それが暗くなったと共にって理由だ」

「……なるほど。納得したよ」


 ここまで断言されれば納得せざるをえない。身を持っての体験も含めての判断だ。これ以上に説得力のある材料はないだろう。

 賊もヨゼフ達の実力を把握している。なら、その得意性を駆使しつつ、圧倒的な兵力差を持ってじわじわと追い詰めてくる事が予想される。


「だから今はゆっくり休め。これでも俺は色々計算して、ここが休むのに一番いい時と判断したんだ。僅かな時間でも身体を休め、少しでも奴らとの追いかけっこをする体力は残さなきゃなっ!」


 せめてもの冗談のつもりなのだろう。賊との戦いを追いかけっこに例えるヨゼフは、死闘を巡る争いを子供じみた遊びになぞらえた。

 実際、子供である僕達はクスッと笑ってしまう。


「わかったよ。今はゆっくり休ませて貰うね」


 本当に僅か十数分程の休息だったけど、交代で辺りを警戒しつつ身体を無意に動かす事なく、来るべき時に向けて想いも整えて。

 



 短めだったので、もう一話の投稿です。本当にあと少しでヨゼフの正体は明らかになります。


 ()の刻は深夜0時を中心とする2時間だそうです。

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