賊の視点 一
第百七十節
「お、お頭ぁッ! や、奴らが来たぞッ!」
手下の一人が酷く慌てた様子で、洞窟をくり抜いて作った隠れ家に駆け込んで来た。急いでいただけあって、洞窟に転がる小石に躓いてやがる。
「おい、一体何だ? それに奴らって誰の事だ?」
どうせそんな大した事じゃない。こいつは慌てるだけ慌てて、いつも周りの連中を呆れさせちまう、どうしようもない斥候だ。
もうすでに幾人かは鼻で笑いながら、こいつの慌てふためきようをバカにして楽しんでいる。
「…や、奴らだッ! あの槍使いとドワーフが来やがった!」
途端に場の空気が一変する。さっきまで笑い飛ばしていた連中は真顔に、冗談半分で耳を傾けていた連中は耳を疑い、興味もなく寛いでいた俺までもが、その報告を聞いて驚いた。
「……その報告、間違いないんだな」
「あぁ、この目でしっかり見た! それに例の子供もきっちりと連れて来やがった!」
「…本当にこの山を越えようと王都を目指しているようだな。わざわざ殺されに来るような真似をしやがって……」
一時は運が俺達を突き放したとさえ思った。あの槍使いは苦労して捕まえたジャイアント・グリズリーを、瞬く間に蹴散らしやがった。
…あれを捕まえるのには相当苦労したんだぞッ! 魔物を弱らせ捕まえるのに、何人の手下が殺されたことか! 魔物を使役する魔法の使い手も、あの槍使いの槍の余波でくたばりやがった!
それに奴とあのドワーフには、以前にも苦しい目に遭わせられた。せっかくあともう少しで、あの村は俺のモノになるはずだったのに……。
あれ以来、村の防備は強化され攻めずにいられない日々が続いた。陰鬱とした日々が続き、当然の事ながら手下共の中にも不満を抱く者達が現れ、俺は味方であった者をさえ殺さなければならなくなった。それもこれも全て奴らが………
クソッ!! 思い出しただけで腑が煮えくり返ってきやがるッ! あぁ…イライラするッ!!
俺は立ち上がり、そのまま手下共に大声で号令を下す。
「野郎共ッ! どうやら奴らは自らの死をお望みのようだッ! 存分に殺してその願いを叶えてやれッ!!」
「「「「「オォーッ!!!」」」
「山に散らばっている手下共を全員集めろッ! それから侵入者用に作った例のアレを使うッ! 奴らを袋の鼠として囲い込んでやるんだッ!!」
「「「「「オォーッ!!!」」」
生きてこの山を出られると思うなよ。ようやく手に入れた俺の安住の地だ。人殺しだろうと子供殺しだろうと何だってしてやる!
早速、手下共は動き始めた。俺も重い腰を上げながら外に出ると、すでに陽は落ち始め、まさに俺らにツキが回ってきたように思えた。
「バカが…こっからは俺らの最も得意とする時間帯だぞ。天の時は俺らを見放してはいねぇな」
鍛え抜かれた夜目を駆使した手下共が、じわじわと奴らを追い込んでいくだろう。……今に見てろ、お前らを殺して首だけの状態でお望みの王都まで連れてってやるからよ……。
陽は陰りをみせ始め、無数の人影が山々の間を潜り抜けていく。明日の朝陽を奴らは拝む機会は訪れない。
これが奴らにとって最後の陽の光を浴びる機会になるだろう。せいぜい残りの時を楽しむことだな……。
短めですが賊のお頭からの視点でした。もう一回だけ賊視点からの話しがあるかもしれません。
次はカイ視点に戻ります。




