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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“勇気ある一歩” 一

第百六十九節

 湿原地帯を駆け抜けて、再び草原の中を進んで行く。颯爽とした風が強く肌に触れる度に、まるでこの先は危険だと叫んでいるようにも思えてしまう。

 ()く手を阻むような向かい風。この国で初めて草原に足を踏み入れた時、あれほど気持ち良く感じられた風が、その時の出来事によってこうも感じ方が変わってしまうとは。

 僕も案外、感傷的な考えが強いのかもしれないね。自分が大舞台に立ち上がった勇者のように錯覚している。

 ……いけない。こんな時にそんな浮ついた考えが頭を()ぎるようじゃ、大事な場面で劇的な死に酔いしれようとしてしまうだろうね。

 想いをギュッと引き締め、視線を前へと向ける。これから立ち向かう敵が立て()もる山々が眼前に迫ってきた。


「…止まれ」


 小声の合図と共に、ピタッと行進を止める。気配を鎮め、静かな小声のままヨゼフは語る。


「……いいか。ここからは賊の領域(テリトリー)だ。恐らくだが、もう奴らに気付かれているだろうよ」

「ッ!! それじゃあッ!…」

「静かにじゃ。ドーファン」

「あっ……す、すみません」


 両手を口で抑え、しまったという言葉を見事に体現してくれたドーファン。ポンっと僕は背中を叩いて、無言で大丈夫だよと目で訴えかける。

 わかったというように二度、大きく頷いてくれた。みんながその様子を見て安心した後、そのまま視線はヨゼフに(そそ)がれる。


「気付かれている。それは奴らの優位性を示すもんだ。だからこそ、奴らは油断する」

「…油断ってどういう事よ?」

「いいかイレーネ。戦いとか戦闘ってのは、いかに相手を受動的な立場に(おとしい)れ、行動選択権の幅を(せば)めるかだ。ようは自分が動いて貰いたいように相手に動いて貰う。そこにどう持っていくかだ。戦場以外でも使えるから覚えておけ」

「…なるほど。ヨゼフ師匠は奴らを優位性ってもので油断させておいて、相手の選択を狭めてこちらが動いて貰いたいように仕向ける……って事ですか?」


 きっと、ここにいる誰しもがそう思った事だろう。僕だってそうだ。だけど、ヨゼフはみんなの予想を裏切るようにこう言った。


「両方だな」

「……両方…じゃと?」


 意味がわからず周りのみんなの顔を覗き込むように確認したが、みんなも訳がわからないという様相だった。


「俺がやろうとしてるのは、奴らにとっても俺らにとっても選択肢の幅を狭めるって事だ」

「ヨゼフ、本当に意味がわからないよ。一体何を考えているのか、ちゃんと教えて欲しい」


 幾ら考えてもヨゼフの作戦の意図が見えてこない。どんな事をやろうとしているのか。


「つまり、俺達の選択肢がたった一つしかないような状況を作り、奴らに圧倒的優位な立場を占める愉悦(ゆえつ)(ひた)って貰おうって事だ」

「はぁッ!? ヨゼフは何を言ってるのよッ!! そんな事したら…」

 

 もはや周囲への警戒もへったくれもあったものじゃない。イレーネは大声でヨゼフに真っ当な意見をぶつける。


「あぁ、間違いなく死ぬな」


 ゾワッとした虫唾(むしず)が身体中を駆け巡る。死という現実に身体は震え上がり、奮い立った想いまでもを硬直させてしまう。


「…だが、俺のやろうとしている事ってのは、普通だったら間違いなくこうするっていう先入観を利用し、実はそれが奴らにとって絶対にこうせざるをえない選択肢だった……って(おとし)めようってのが魂胆だ」

「ヨゼフよ、もっと具体的に教えてくれんか。一体どのような行動をするのか。…そして、儂らは何をすればよいのか」


 流石だ、キャロウェイお爺さん。今の言葉でみんなが前を向いて、自分のすべき役割を果たしたいと、ヨゼフから与えられる使命に期待を寄せ始めている。

 しかし、そんな気遣いの言葉に対しても、ヨゼフは明確な理由となる答えを与えてはくれなかった。


「今までと同じような行進隊形を維持しつつ、森の中に入って奴らの警戒網にそのまま引っ掛かる。そして、ひたすらに弓で遠距離による攻撃を繰り出す。弓はカイ、ドーファン。騎手であるハイクも手綱を持ちながら槍を持て。側面の敵への警戒を任せる。最後尾は爺さんで後方の警戒を担当だ。イレーネはいざという時のために魔力を温存し、怪我をした仲間を魔法で回復してくれ。ドーファンから教わって少しは使えるようになったもんな?」

「…え、えぇ…使えるけど……」


 言葉を濁してはいるけど、聞かずにはいられないという雰囲気がその返事には滲み出ていた。次の瞬間、覚悟を決めたイレーネはヨゼフに問う。




「ねぇ、ヨゼフ。貴方のやろうとしている狙いって何なの? ……そんなに私達の事が信頼出来ないの?」




 それは、僕達の前で宣誓の儀を果たした、ヨゼフの誓いを疑うような行為そのもの。けど、誰もそこに異論を述べるような真似はしない。

 この場にいる誰しもが、同じような想いを抱いていただろうから。


 一瞬、寂しそな目をイレーネに向け、目を閉じて自らの内で何かの感情を噛み締めた後、目を見開いてイレーネの頭を撫でる。


「……馬鹿野郎。信頼出来ない訳がない。お前達のことを…俺は信頼している」

「…ッ!!……それならッ!」

「だからこそ…俺は言えないんだ。信頼しているお前達に教えてしまえば、お前達の必死さっていうのが失われちまう。俺の策にはそれがなければ成り立たない。……子供ってのは無邪気だからな」


 ふと、視線を感じた。ヨゼフは僕だけを見据え、決して見えやしない形のないものだけど、信頼そのものを託された。

 ヨゼフはもう一度みんなを見やると、決意の言葉を紡ぐ。




「……頼む。俺を信じてくれ。俺はお前達を誰一人死なせやしない。俺はお前達を必ず守る。必ず俺が…お前達の生きる道を切り開いてみせる」




 …英雄らしからぬ言葉だった。誰かに何かを()う真似を、彼は何の躊躇(ためら)いもなく口にした。

 そこに自身の外聞や栄誉などは存在しない。ただの一人の人間が、仲間と信じる者達に紡ぐ願いの言葉。


 ……あぁ、これがヨゼフだなって想った。たった数日しか過ごしていないけど、彼はいつも裏表ない言葉で僕達を導いてくれた。

 子供相手でも自分を着飾らずに、真っ直ぐな言葉をいつでもヨゼフは僕達に贈ってくれた。時には励まし、時にはふざけて、時には一緒に笑い合った仲間の言葉。


 昨日のヨゼフとの約束。それを果たしたいという気持ちもある。


 だけど、その約束以上に僕には大切なものがある。




「…僕は……僕はヨゼフを信じる。……だって、ヨゼフは大事な仲間だから。その大事な仲間の言葉を…僕は信じたい」




 約束をしたからじゃない。嘘偽りなどない。心の底からの想いをみんなにぶつける。


「お、俺もだッ! 俺もヨゼフ師匠を信じる!」

「…そうね。ヨゼフの事だもの。しっかり私達を守ってくれるわよね……私も信じる」

「ボクもヨゼフさんを信じますッ! ヨゼフさんの力をッ! ヨゼフさんの槍をッ!」

「無論、儂は始めからヨゼフが何と言おうと従うつもりじゃった。何をやろうとしているか楽しみじゃわい」


 みんなもヨゼフを信じる。不意な微笑みを小さく浮かべたヨゼフは、さっきまでとは異なり自信に満ちた言葉でこう断言した。


「……助かる。後悔はさせない。その期待以上の景色を見せてやろう」


 鬱蒼(うっそう)とした不気味さが蔓延(はびこ)る深緑の森へ、勇気ある一歩を踏み出した。




 この節の意味はすぐに明らかになります。


 次は賊視点から一話だけ書かせて頂きます。

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