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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“少しだけでいい 少しずつでいい”

第百六十七節

 僕達は、夜ご飯を食べた後すぐに寝た。キャロウェイお爺さんが、夜警の任を請け負ってくれるようだ。

 ヨゼフは自分の役目をわかっているからこそ、キャロウェイお爺さんにお願いしたのだ。体調を万全の状態に整え、賊を討伐する大事な役目を一身に背負うとしている。

 キャロウェイお爺さんもヨゼフの想いを理解しているからこそ、任せろとだけ言って、夜警を行なってくれている。

 僕達は何も言わない。今は二人に迷惑を掛けないためにも、自身の体調を整えなければいけない事を知っていたから。



 


 …スゥッ……スゥッ…






 とても心地良い音色が聞こえてきた。何だろう…この音は。焚き火の音の中に紛れて、耳の中に染み込んでくる音がどこからか聞こえてくる。

 ふと、音につられて目が覚めると、少し離れた所に小さな灯りが見える。小さな灯火に惹かれる虫のように、ふらふらと近寄って行ってみると、そこにはキャロウェイお爺さんがいた。


「…うん? カイか? 起こしてしまったか、すまんのう」

「いえ、勝手に目が覚めてしまっただけです。お気になさらず」

「ふむ、本当にカイは睡眠が浅いようじゃのう。ヨゼフが心配していたのも、ようわかったわい」


 会話をしながら再びスゥッ、スゥッと音を立てる動作を行う。

 もしかして……そう思ってさらに近寄ってみると、やっぱり武器を砥いでいた。ヨゼフがキャロウェイお爺さんに持って行くように頼まれていたのは、どうやら鍛治セット一式だったようだ。

 ズラーッと道具が並んでいる。


「…すみません。僕のせいで夜警の番をしながら、武器を砥がなければいけない状況を作ってしまって」

「いや、あの杖を造るのは儂も望んで行なった事じゃ。お前さんが気に病む必要は全くないぞ」


 キャロウェイお爺さんに無理矢理頼み込んで、一緒に杖を造って貰ったために、武器を砥ぐ時間が無くなってしまった。

 だからこそ、キャロウェイお爺さんは夜警の時間を兼ねて、武器を砥いでくれている。


「…眠れなさそうか?」

「はい。一度起きると寝付きが悪いので」

「なら、せっかくの機会じゃ。刃を砥いでみないか? もう少しお前さんの事を知りたいからのぅ」


 手を休める事はなく、黙々と作業をこなしている。それでも、僕の事を気に掛けてくれているのはわかる。

 それに、刃を砥ぐのを観て僕の事を知りたいっていうのは、とてもキャロウェイお爺さんらしいなって思えた。

 せっかくならその誘いに乗ってみたいと動かされる。


「えぇ、僕でよければぜひ」


 キャロウェイお爺さんの隣りに行き、その動作を眺めた。……とても真剣に砥いでいる姿は職人そのもの。熱気のようなものを身に纏っているようにも感じられる。


「よし、ではこの槍を任せたぞ」

「これってハイクの使う槍ですか?」

「そうじゃ。友の槍をやってみよ。なぁに、心配するな。最後の調整は儂がやってやるからな」

「良かった。心置きなく砥げそうです」


 席を譲られた僕は、一呼吸を置いて作業に取り掛かった。すでに槍は穂先だけの姿になっている。砥石達を軽く(ゆす)いでから、穂先を慎重に手に持ち、まずは荒砥石で砥いでいく。


 …スゥッ……スゥッ…


 静かな音だけが辺りに響く。砥ぐ角度をよく見極め、荒砥石の角度は中砥石、仕上砥石よりも少し角度を起こして砥いでいく。

 刃を寝かせすぎて刃を鋭く砥ぎすぎると刃こぼれが起きやすくなるし、立てすぎると切れなくなってしまう。

 この見極めが非常に難しい。慣れるまでかなりの時間が掛かった。砥げるようになるためには、前の世界でおよそ十年程の歳月は僕には必要だった。

 次に中砥石、そして仕上砥石と段階を追って砥いでいく。仕上げていくにつれ砥ぐ回数も増えていく。

 両面を均等な回数で砥ぐ事を忘れずに意識し、常に刃の様子も観ながらどこまで行えば良いかも見極めていく。


 ………うん。これなら僕は納得出来るかな。でも、つい先日の失敗もあるしなぁ…。

 ちょっとした不安に駆られながらも、仕上げた穂先を濯ぎ、乾いた布で水分を拭き取ってから、キャロウェイお爺さんの前に提示した。


「……ど、どうですか?」


 両手で穂先を大事に持ち上げながら、色々な角度から覗き込み、月明かりに照らすように頭上に掲げて、きつく片目を閉じながら検分したり、ゆっくりと観察している。

 緊張するな……。ずっと作業を見守られている時も緊張したけど、誰かに評価を貰う時って何だかいつも以上に緊張してしまう。

 そんな緊迫した空気を取り除くように、キャロウェイお爺さんは一言呟いた。


「……熟練した職人にも劣らぬ。うむ、見事じゃな」

「あ、ありがとうございますッ! 良かったぁ〜!!」


 一気に全身の力が抜けて、その場にふにゃんと尻を着いてしまった。


「なんじゃ? そんな緊張しておったのか」

「当然じゃないですかッ! キャロウェイお爺さん程の凄腕の方に観て貰うなんて、とんでもなく緊張しますよ! 僕の腕なんかたかが知れてますし……」

「………ふむ、やはりな」

「ふぇ?」


 何がやはりなんだろう? 何か今の会話でわかる事があっただろうか…。


「カイ。やはりお前さんは、自分の事を低く観るきらいがある。そうではないかのぅ?」


 うっ! たしかに僕は自分に自信がない。ないからこそ、何でも平凡的にでもいいからこなせるようになりたいと、前の世界にいた時から何にでも手を出して色々覚えようとした。

 結局は何か秀でたものなんかを得られる事もなく、自分の人生に終止符を打った訳だけど……。


「…はい。そうですね。僕はなるべく自分を低く観るようにしています。…でも、それって悪い事でしょうか? 僕はある種の美徳のように考えているのですが……」


 そうだ。僕の尊敬する英雄の一人は、自分の事を常に普通の人間だと言い聞かせていた。自分の能力を過度に信じ過ぎないためだ。


「ふむ。たしかにそれ自体は美徳であり、尊ばれるべき考えじゃな」

「それならッ!……」

「じゃが、カイ。お前さんの場合は低く観過ぎてしまっているように儂は感じる。じゃから心配なんじゃ」

「…へ? 心配ですか?」


 思いもよらぬ内容だった。心配? 自分を低く観る事に何で心配という言葉が出てくるのだろう。


「その様子じゃわからぬようだな。昨日、儂が言った事を覚えているか?」

「昨日……あっ」


 それは、昨日のある会話の一幕だった。




『カイならみんなの役に立てる。最も、お前さんは考える事が得意なようじゃから、そこまで自分の価値を低く考える必要はないぞ』

『そうですね。僕は考える事が好きです。ですが、自分の得意な事を過信し過ぎてしまえば、いずれは自分の身を滅ぼす事にも繋がりかねません。だから僕は自分の事を常に低く鑑みる事にしています』

『その謙虚さは素晴らしい心構えじゃな。……だが、その逆もまた然りじゃよ。カイ』

『逆?』


 


 そうだった。何でキャロウェイお爺さんがあんな言葉を言ったのか不思議だった。


「逆……って事なんですね」

「そうじゃ。お前さんにはどういう意味かわかるか?」

「……いえ、残念ながら僕は考えるのは苦手なようですね。…教えて頂けませんか?」


 あえて、昨日と逆の言葉を僕も口にした。途端にキャロウェイお爺さんは笑い出す。


「わっはっはっはっはっは!! 逆の言葉で返してくるか! いやはや、やはりカイは賢い子じゃ。だからこそ、儂もさらに金言を贈りたくなるってもんじゃ。……よいか、カイ」




 改めて気を引き締めて、キャロウェイお爺さんは言葉を続ける。


「自分を常に低く観る事が出来る事はとても大事な事じゃ。だが、自分を低く観過ぎるあまりに、自分に自信が無くなってしまうかもしれん。自分は価値の無い人間なんじゃないかなどと考え、それは自己否定へ、次第に自己嫌悪に至る事もある」

「それはやがて心に軋轢を生み、自分に自信を持つために最初は自己保身へ、その考えが徐々に染み込むと自己肯定に踏み切り、遂には自分の考えが正しいと一方的な思考の自己過信に至り考えを狭くする事もある」

「僅かな間しか接していないが、カイは自分を低く見過ぎるきらいがある。……だから、あまり自分を低く見過ぎないように気を付けるんじゃぞ。」


 …心からの金言だった。恐らく、そんな誰かと僕を照らし合わせているかのように、僕を想っての言葉だった。

 ……その通りだ。僕は歴史から何を学んでいたんだ。優れた治世を行い民に慕われた王の中に、後に疑心暗鬼に陥ったり、自分の行う事こそが正しいと盲信するようになった人を沢山知っていたのに…。

 自分への自信の無さが、かえって自分自身を助長させてしまう事もある。そうはなって欲しくないという切実な願いが、その瞳からは滲み出ていた。


「…その通りですね。自分を低く観過ぎないように気をつけます」

「わかってくれて嬉しい。…それにな、カイ」


 立ち上がったキャロウェイお爺さんは、葦の葉が生い茂るところまで(おもむろ)に歩き出すと、握っていた槍の穂先だけで葦の葉に斬りつける。

 葉はスパッとその場に落ちた。斬りつけた切り口は真っ直ぐに切れている。


「お前さんが砥いだ刃は真っ直ぐな芯を宿している。だから安心せい。……じゃがな」


 再び腰を下ろし、穂先を水に浸してから砥石で砥いでいく。その姿に迷いはなかった。ただ、ひたすらに目の前の一つの刃と向き合い、語り合っているようだった。


「……どれ、これならどうかのう」


 さっきと同じような動作で、同じような力で葦の葉を斬りつける。


 途端。パサパサッと幾つもの葉が宙を舞う。その切れ味は先ほどの比ではなかった。より(えぐ)るように奥にある葦の葉、その茎をも斬り裂いた。

 茎と葉に纏う朝露は地面に落ち、舞った葉は朝陽が見え始めたその先へと、朝風に乗ってゆらゆらと…ゆらゆらと……

 



「…とまぁこんな風に、足らない所は周りの人間が(おぎな)ってくれる。だからのぅ…そう気張るな。周りをもっと頼ってもいいんじゃ。お前さんは他の子達の事を気遣って、自分がしっかりしようと頑張っておる。そんな中で自分を低く観ようとするな。いずれどこかで心を壊してしまう。少しだけでいい…他の者へ自分の荷を委ねるんじゃ。…少しずつでいい……自分に自信を持ってくれ」




 それは…以前の世界の僕の本質を捉えた助言だった。僕は何とか人並みになりたいと願い、頑張って色んな事を覚えた。こうなりたいと理想を追い求めた。

 だけどその追い求めた分だけ、理想の自分にいつまでも追いつかないもどかしさや苛立ちは、自分を低く観るようになっていった。

 何でこんな事も出来ない…どうしてあの人のように物事をこなせないのか……そんな感情が渦巻いた結果、あの時の僕は………




 そうか……キャロウェイお爺さんは僕の本質的な(あや)うさに気付いたからこそ、こうしてわざわざ教えてくれているんだ。

 こんな大事なことに気付かせてくれた人に、向ける言葉なんて一つしかなかった。


「……ありがとうございます。キャロウェイお爺さん。僕、もっと自分に自信を持てるように…いえ、持ちたいと思います。それから、ヨゼフとキャロウェイお爺さんに、僕の背負っている荷をもっと預けたいなぁって、思っているんですけど……ダメですか?」


 素直に甘えたい、甘えようと思う。差し伸べられた手を振り払う理由ない。

 



「おう! 任せておけッ!」




 わしゃわしゃと僕の頭を撫で回すキャロウェイお爺さん。そこには心底頼られて嬉しそうに、子供の願いを聞き届けてくれる一人のお爺ちゃんの姿があった。




 本当は逆の意味はもっと後に出すつもりでした。ですが、カイがヨゼフを信頼しなければいけない場面が差し迫っているこの時に、ここで深くその意味をカイに知って欲しいという願いを込めて、ここで入れるべきだと判断して投稿させて貰いました。

 キャロウェイお爺さんやヨゼフ、今後登場する人物達からの言葉は事前に作っているのですが、この登場人物にこの言葉が必要だと思った時に今後も入れるかと思います。

 物語を進めるのを中断してでも入れる事が今後もあるかと思います。ご容赦下さい。


 次は、森です。

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