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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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らしさ

第百六十二節

 こんなにヨゼフに期待されているんだもん。その期待に応えないでどうするって話しだ。 よしっ! 頑張るぞっ! 


「ヨゼフ師匠お待たせしましたっ!」


 バンッと扉を勢いよく開けて現れたハイクは、両手に幾つもの麻袋を携えていた。やっぱ力持ちだなぁ。へっぴり腰の僕は憧れちゃう。…いいなぁ。


「いや、俺も今ここに来たばっかだ。お前らも頼まれていた仕事は終わったみたいだな」


 どうやらヨゼフは僕との会話はひた隠しにする気みたい。わざわざ今ここに来た事を強調するくらいだもんね。

 

「ま、待って下さいハイク…」

 

 後ろにはくたくたになりながら、一つの麻袋を両手で重そうに抱えながら運ぶドーファンの姿があった。


「大丈夫? ドーファン」

「いや…これはダメですね。よくハイクはあれだけの荷物を一人で持てますよね」


 夏の暑さも相まってドーファンの(ひたい)から汗が滲み出た。それを合図にしたかのように、一度立ち止まって荷物を置き、手の甲でその汗をグッと(ぬぐ)った。


「ハイクの強みだよ。僕も羨ましい」

「同じくです」


 ハイクがポンポンとお手玉のように重い荷物を黒雲達の背に載せている様は、見ているだけで心地良いくらいだ。同年代からそれだけ羨望の眼差しで見られる腕力は憧れの的だ。


「おい、そう自分を卑下(ひげ)すんな。ハイクはハイクのいいところを、お前らはお前らのいいところを旅で生かせばいいじゃねぇか」

「…ヨゼフさん。ボクのいいところって何です?」


 ちょっと気落ちしたドーファンがヨゼフに問う。……一杯あると思うけどなぁ。


「ドーファンには複数の言語を扱える強みがある。魔法も知っている。この国で生きていくための知識もある。こいつらにはそれがない。なら、それを生かしてこいつらに道中教えてやってくれ」


 改めてハッと気付いたドーファン。やりがいを見つけたような目をしていた。


「そうでした! みんなにボクの知っている事を教えるのがボクの役目でしたよね!」


 うきうきした様子で、もう一度重たい荷物を持ち上げて、それをハイクのところまで必死に持っていく。良かったね…ドーファン。


「なら、私の役目は何かしら?」


 宿屋の中からイレーネが出てきた。麻袋の修繕は終わったようだ。手に持っていた幾つもの袋には、至るところに縫いどめが施されていた。


「じゃじゃ馬娘は裁縫が得意そうだし、旅の道中で破けた衣服の修繕を頼む。それから急ぎで覚えておいて貰いたい魔法がある」

「……何の魔法?」


 イレーネは警戒の色を強めた。どのような魔法を覚えるかで、戦いの場においてイレーネの立ち回りも決まってくる。僕も真剣に耳を澄ませる。

 いざとなったら、何かしらの意見は言わせて貰いたい。


「回復魔法だ。傷付いた者を癒す魔法と言えばわかりやすいか。道中に何があるかなんてわからねぇ。俺も出来る限りは全員を守るよう努力する。だが、不足の事態っては突然やってくるもんだ。そんな時には一人でも回復役を増やしておきたいからな」


 ……要らぬ心配だった。ニッと笑い掛けたヨゼフにイレーネは笑顔で応えた。


「任せてっ! それなら私だってきっとみんなの役に立てるもの! 私、こう見えて物覚えは自信があるの! カイから貰ったこの杖もあるしッ!」


 いかにも誇らしげに杖を掲げてやる気満々な様子に、ついつい微笑ましく思ってしまう。…いけない、ここで笑ってしまったらブーブー文句を言ってくるに違いない。


「…なら良かった。まだ爺さんも来ないみたいだ。今のうちにドーファンにでも聞いておけ」

「ドーファンっ! 魔法を私に教えて! 回復魔法ってやつよ」


 イレーネはドーファンの方に駆け寄ると、ハイクとドーファンを交えてわーわーがーがーと話し始めた。


「人使いが上手いね、ヨゼフは」

「上手いんじゃねぇ。“荒い”んだ。人を(おだ)ててしまえば、大抵の人間は乗ってくれる。こちらに利益のあるものでもな。俺は自分の利益を望んじまってる。だから“荒い”」

「でも、それはみんなを想ってのことでしょ。みんなにきちんと活躍の場を与えて、みんなのやりがいや生きがいをヨゼフは常に作ろうとしているじゃないか」

「……そういう事にしておいてやる」


 サッとその場を立ち上がると、ヨゼフはそのままみんなの輪に交じって、何やらドーファンと一緒にハイクとイレーネに教え始めた。

 ……ぷふふ。照れ隠しをするために会話を切り上げたけど、結局はみんなのためになる事をしているんだから、ヨゼフはやっぱりいい人だよ。

 僕もみんなの輪の中に入って話しを聞いていた。ヨゼフはハイクに共通語の簡単な挨拶を教え、イレーネはドーファンに回復魔法を教わっているみたい。

 二つのグループの間を行き来して、キャロウェイお爺さんを待っていたら数十分程したら現れた。



 

「すまん、すまん。待たせたのう」

「全くだ。一体どこに行っていたんだ? 最後の確認とはいえ、そんなに時間が掛かるもんじゃないだろう」

「…うむ、ちとな。いや、せっかくならと思ってのう……」


 凄く言いづらそうにそこで会話の続きを渋る。何だろう? キャロウェイお爺さんの様子が変だ。


「おい、はっきりと言ってくんねぇとわからねぇぞ。何がせっかくだったんだ」

「うぐ…」


 チラッとヨゼフの様子を見て言いづらそうにしている。これがイレーネとかドーファン相手だったら、もうちょっと気遣うようにヨゼフだって言うけど、キャロウェイお爺さん相手にはずけずけと踏み込んでいく。容赦なし。


「い、いやのう。せっかくならどれが良いかを選ぶのに悩んでおったんじゃ」


 そう言って布に包まれていたそれは、何かの小さな樽だった。中身に何が入っているかは見えない。けど、その中身はすぐに明らかになる。


 チャプンッ…チャプンッ……これって…まさか……


「……爺さん。まさか酒を選ぶのに時間が掛かっていたって言うんじゃないだろうな?」

「す、すまんッ! いやなぁ、せっかくあの方に逢う機会じゃ。なら喜んで貰えそうな酒を持っていきたいと思うと、どうも時間が掛かってのう」

「おいっ! こっちは急ぎの旅だって言ってんだろうっ!? 何を悠長に酒を選んでいるんだ!」

「じゃ、じゃからすまんと申しておるっ! 本当にすまんッ!」


 必死に謝り倒すキャロウェイお爺さんを尻目に、イレーネは二人のそばに近寄って行く。


「…くんくん……あっ、やっぱり! もしかしなくてもこれはお酒の匂いよっ! お爺ちゃんの近くによると凄く匂ってくるわ」

「…ッ! イ、イレーネ。そりゃあ酒を持って運んで来たんじゃ。少しくらいは儂にも匂いが移ろう? 何も変じゃないぞ」

「いいえ、お爺ちゃんの口元に近づくにつれて匂いがキツくなっていくわっ! これはお酒を飲んだ後の匂いよッ!」

「う…うぐぅ……」


 ビシッと人差し指をキャロウェイお爺さんに突き差し、あたかも犯人のトリックを暴いたようにイレーネは格好よく決めた。

 おぉ! っとハイクとドーファンは拍手をしながらイレーネを讃えた。むふーっとイレーネは誇らしげなようで何よりだ。


「おいおい、酒好きも程々にしとけよ…。子供(ガキ)供の前だぞ。しかもその子供(ガキ)に指摘されてんじゃねぇか」


 対してヨゼフはハァッーと深い溜め息を吐いて頭を抱えた。未だキャロウェイお爺さんは謝り倒している。

 ダメだ、笑っちゃいけないと思いながらも笑いが込み上げてくる。


「…ぷ…ぷふふふ」

「な、何じゃカイ…? 何か変な事でもあったか?」

「い、いやぁ。キャロウェイお爺さんのようにしっかりした大人でも、子供みたいなところがあるんだなぁって…」

「子供じゃと! 儂がか! どの辺がじゃっ!?」


 ムキになって聞いてくるところがなおさらだよ。すかさずヨゼフが突っ込んでくれた。


「どうしようもない酒飲みの吞んべぇで、悪さがバレてそれを隠そうと必死なとこだよ」

「…ぐ…ぐぬぬぅ……」

「「「「あっはっはっはっはっは!!!」」」」


 僕達は笑った。こうも自分よりも遥かに長生きをして、普段はしっかりしているように見えるキャロウェイお爺さんが、こんな風にお茶目な失敗をするなんて。

 なんだかとても人間らしいなって思えたから。種族の壁なんて、あるようでないようなもんだと思えた。


「まぁ、これに懲りて次から気を付けろよ」

「う、うむ」

「爺さんがお前達に悪い模範を示し、さらに笑いまでもとってくれた。この勢いのまま冒険へと出発だっ!」

「「「「おぉーっ!!!」」」」

「……お、おぉー…」




 キャロウェイお爺さんはドワーフなので、やっぱりお酒が大好きみたいですね。


 次は村からの出発です。

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