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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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巣蜜

第百五十九節

「そ、そんなに長く入っていたかな…?」

「すっごーっく長く入っていたわよッ! 身体だけじゃなくて頭もふやけているんじゃないのッ!?」


 あれれ? 早く上がったつもりだったんだけどなぁ。横に視線をずらすと、そこにはヨゼフとキャロウェイお爺さんが仲良くまったりしていた。


「わっはっはっはっはっ! いいじゃねーか、少しくらい長く入っててもよ! お前も長く入ってこい、イレーネ。もう一度カイと入ってくればいいんじゃねーか? ……ヒクッ」

「そうじゃそうじゃっ! ゆっくりとしていけ!」


 ……すでにかなり出来上がった状態で。ヨゼフなんかは思いっきり地雷をぶち抜くような発言をしてくれた。

 やめてっ! それで被害を受けるのは……


「だ、誰が一緒に…お、お風呂になんて……バ、バカァッ!!」

「ぶはっ!」


 もちろん僕が被害を受ける。頬には掌の跡が残ってないか心配になるほどの痛みで。ひ、酷い……。

 イレーネはバタンッ! と扉を閉めて、そのままお風呂に入って行ったらしい。




「わっはっはっはっ! いいのを貰ったじゃねぇか! まぁ、こっちに来て一緒に座れ。……ヒクッ」


 べろんべろんに酔っ払ったヨゼフが手招きして呼んでくる。一緒に座るのはいい。その前にこれだけは言いたい。

 

「酷いよヨゼフッ! あんな冗談を言ったら、僕が何かしらの被害を受けるのはわかってたでしょッ!? おかげでほっぺが赤くなっちゃたよッ!」

「大丈夫じゃ、カイ。……イレーネはもっと頬が赤かったからな。わっはっはっはっは!!」

「もう、キャロウェイお爺さんまでッ!」


 二人は大笑いをしながらとても楽しげだった。


「ところでカイ、これは中々美味いのう。淡白な鳩の肉にもこんなコクのある部位があったとはのう。お前さんはよく知っていたなぁ」

「うげぇ……よく食えるよな。俺には絶対無理だ」


 キャロウェイお爺さんは僕のあげた心臓(ハツ)肝臓(レバー)の部位を(さかな)に、お酒を楽しんでいるようだった。


「もう、調子がいいんですから。…でも、喜んで頂けたみたいでなによりです」


 二人の座っていた席に僕も座り、一緒に会話を楽しむことにした。


「ほれ、お前さんはこれでも食え」


 スッと差し出されたそれは、二階のテラス席に置き忘れた僕達の分の心臓(ハツ)肝臓(レバー)だった。


「あっ! しまった! 急いできたからお皿を片付け忘れちゃった!」

「大丈夫だ。イレーネが片付けたぞ。あと洗う時は俺も手伝ってやった」

「えッ!」


 僕がお風呂に入っている間に、片付け終えていたようだ。一体どれだけ長く入っていたのか…。


「ご、ごめんねヨゼフ。…ありがとうね」

「いいさ。笑わせて貰ったしなっ!」

「…う、うん」


 怒るに怒れない返事につい間を置いて頷いた。……全く。


「その肉はもうカイ以外食べたからのう。あとこれは村長の家からの土産の甘味じゃな」


 指差された先のお皿には、一口大の大きさで、幾つかの層が重なった白いものの上から、黄色いソースのような何かが掛かったものが置かれていた。

 …これって。


「も、もしかして“巣蜜”ですかッ!?」

「おぉ、そうじゃ。よく知っておるのう。この村でも滅多に取れない高級品だ。ゆっくり、じっくりと噛み締めて食べてくれ」

「はいッ! 食べますッ!」


 その存在は知っていた。以前の世界でも滅多に御目にかかれない高級品である“巣蜜”っ! 

 蜜蜂が作った巣を食すのだ。そのまま巣だけを食べるものもあるようだけど、ここでは蜂蜜もかけて食べるようだ。


 イギリスでは“蜂蜜の歴史は人類の歴史”という古いことわざがあるくらい、人類と蜂蜜は密接なお付き合いをしてきた。

 すでに紀元前六千年頃にスペイン東部にあるアラニア洞窟に描かれた壁画には、野生のミツバチの巣から蜂蜜を採取している人の姿が描かれていた。

 紀元前二千六百年頃のエジプトの壁画には、蜜蜂の巣箱を作って蜂蜜を採取し保存する様子が描かれていた。エジプト、地中海周辺から始まった養蜂は、徐々に世界に広まっていくようになる。

 そんな昔から養蜂があるなんて驚きだけど、それだけ甘い物が貴重だったから、わざわざ自分達の手で人類は養蜂をするにまで至った。


 そんな歴史を知っていても、以前の世界で食べる機会はなかった。まさかこの世界で食べる事が出来るなんて……。

 ちょっとした感嘆の思いに浸りながら、木のスプーンでまず小さく切り込みを入れてみた。そんなに力を入れることもなくスウッと割けた。

 ……こんなに柔らかいなんて。口元にスプーンを運ぶと蜂蜜の甘い香りが鼻をつく。もうすでに頭の中は久しぶりの甘い物を早く食わせろと訴える。

 けど、貴重な甘い物だ。スプーンを運ぶ僅かな時さえ、ゆっくりと味わいたい。

 

 口を開き、小さな巣蜜を舌の上に転がし、ほんのりとした甘さが口の中に広がる。だけど、その衝撃は凄まじかった。


 あ、甘いッ! すっごく甘いッ! 


 恐らく長い間、甘い物を食していなかった事もあったからか、それが非常に甘い物のように感じた。

 しかし、それはほんの序の口に過ぎなかった。巣蜜を噛んだ時、表面の層のサクッとした歯応えと共に、中の層からジュワッと多量の蜜が口の中全体へと駆け巡る。


 うはぁ〜、これは美味しいッ! 


 豊かな花の香りも噛めば噛むほどに嗅覚を刺激し、目を瞑れば幸せの香りが頭の中でフワフワと舞ってしまう。

 僕はゆっくりと、じっくりと噛み締めて、その幸福な時を楽しんだ。



 書ききれていなかった甘味についてでした。養蜂の歴史はかなり古いですね。ゆくゆくは他の甘味も出てくると思います。


 次はヨゼフとキャロウェイお爺さんとちょっとした会話を交わします。そんな長くはしません。

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