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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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石鹸

第百五十八節

 うぅ…ちょっとヨゼフみたいに気さくな返しをしたくてやってみたけど、ヨゼフの真似だってすぐにバレた。恥ずかしい。

 いやぁー、ヨゼフみたいに格好良くいかないなぁ。何て言えば良かったのかな。結局締まるところが締まらないんだようね、僕って。


 それにしても凄くドキドキした。だってあんな耳元でいきなり(ささや)いてきて、“ありがとう”なんて言うんだもん。流石に動揺せずにはいられないよ。

 急いでテラスから一階に駆けるように戻った。変に脈拍が上がった音を聞かれたくなかったし、自分のみっともない姿をこれ以上(さら)したくなかったしね。


「おぉ、戻ったか。どうだ、みんなで楽しめたか?」

「あっ、カイ。お帰りなさい」


 戻って早々にキャロウェイお爺さんとドーファンが声を掛けてくれた。そこにはなぜか先に戻ったハイクの姿はなく、ヨゼフもどうやらいないようだった。


「はい! とっても! あれ…?」


 僕はドーファンの近く寄る。ちょっとだけ悪いと思いながらグイッとかなり近づく。


「へ? ちょ、ちょっと…カイっ! いきなりどうしたんですかっ!?」


 ドーファンからちょっと不思議な香りが漂ってきたので、ついつい近づいてクンクンと匂いを嗅いだ。これって……


「もしかして…“石鹸“?」

「おっ、カイは知っておるのか。そう、石鹸の香りじゃ。儂らは全員もう風呂に入り終わった。後はお主達だけじゃ。今はハイクが入っておる」


 だからハイクはいなかったのか。ヨゼフはどうしたんだろう? でも、今はそれよりもこの独特な香りが気になる。


「…え? 本当に石鹸なんですか? なんか不思議な香りですね」

「不思議? カイは何を言っておるんじゃ? あと他に石鹸があるとすれば、少しは安くなるが獣の臭いがちときつい石鹸がある。…もっとも、その石鹸にしたって高い品物じゃ。儂が用意していた石鹸はな、特別な客が来た時のためにとっておいた薬草入りの石鹸じゃ。風呂以外では提供しておらん」

「なるほど。そういう事でしたか」


 これはあれだ。獣脂と灰汁で作った石鹸だ。そこに薬草を混ぜて作っているんだね。昔の石鹸の作り方だ。

 以前の世界でキャンプをした時に、牛脂と煮沸させた灰汁で作った事がある。ちょっと臭いがするけど、多少は身体の汚れが取れた覚えがある。それでも市販の石鹸には遠く及ばないけどね。

 石鹸の歴史も興味があって調べた事がある。……あの木が(うわ)っているなら、もっと性能も使い勝手のいい石鹸が作れるんじゃないかなぁ。


「どうしたんですか? カイ。何やら考え事でも…」

「あぁ、ごめんごめん。僕達のいた村には石鹸なんてなかったから、ついつい興味深くてね」


 僕は匂いを嗅いでいたドーファンから離れて、キャロウェイお爺さんに聞いてみた。


「でも、そんな貴重な石鹸を使わせて貰っていいんですか?」

「儂はヨゼフも気に入っているが、お前さん達も気に入っている。儂にとってはみんな特別な客だ。……それに、これから一緒に旅をするんだ。今のうちに媚びを売っておいた方が良いじゃろ?」

「…ありがとうございます。僕もこれからキャロウェイお爺さんに媚びを売らなきゃですね。お願いしたい事を聞いて貰うために」

「わっはっはっはっはっ!! カイも言いよるのうっ! 楽しみにしとるぞっ!!」


 そんな会話をしていたらうきうき顔のハイクがお風呂から戻ってきた。……早くないっ!? カラスもびっくりする行水だよっ!


「いや〜、この石鹸っていうの凄いな! 爺ちゃんありがとうっ!!」

「随分と早上がりじゃのう。まぁ、使って貰えたみたいで良かったわい。どれ、カイ。せっかくだから入って来たらどうじゃ?」

「そうですね。まだイレーネも来ないようなので、先に入らせて頂きます」

「そうじゃった。あとこれを持っていけ」


 そう言ってキャロウェイお爺さんは手渡してくれた。それはちょっとばかり古そうな布の服だった。


「こ、これはどうしたんですか?」

「うむ。実はさっき村の仲間が届けてくれたんじゃ。……まぁ、なんじゃ。お前さん達に役立てて貰いたいそうじゃ。受け取ってやってくれ」


 とても言いづらそうに言葉を濁した。


「わかりました。大切に使わせて頂きます」

「…うむ。粗布が何枚も置いてあるから自由に使ってくれ」


 深く追求する事はせず、僕はハイクの出てきた扉を開けてお風呂を頂きに向かった。


 そこは厨房の隣りにある小さな部屋だった。そんな場所に風呂場があるとは日本人の感覚としては思わないだろう。

 でも、ここは異世界。しかも発展途上の世界だ。風呂と言っても大きな湯桶に入ったお湯で身体を洗い流す程度。

 まだお湯は暖かい。季節が夏という事もあり、すぐに冷めてしまわないのはありがたい。帝国にいた時はお湯は冬の時期しか使わなかったから、こうして夏でもお湯を使えるのは元日本人からすると非常に嬉しい。


 こじんまりとした室内の一角に小さな棚があり、その棚の上に何枚もの粗布と湿った緑色の石鹸が置いてあった。

 これが例の石鹸か。今から使うのが楽しみだね。着ていた服を脱ぎ、身体を洗う用に一枚の粗布を拝借して、その石鹸と共に手に携えて湯桶に身体を浸からせる。

 浸からせると言っても、胡座(あぐら)をかいた状態で下半身が浸かるくらいだ。大きな湯桶に張られたお湯を、小さな湯桶で何度もお湯を掬っては肩から掛け、頭から掛ける動作を繰り返す。

 

 ……気持ちいい。ただお湯を浴びているだけなのに、疲れも一緒に流れていってくれているような、不思議で心地良い気分になれる。

 粗布をお湯に浸し、その粗布で石鹸を擦る。…泡立ちはやっぱりしないんだ。前に読んだ事がある。たしか泡立たない石鹸を身体に擦って使っていたって。

 悪いなぁと思いながらも僕もそうさせて貰う。粗布で身体の汚れをごしごしと落とした後、石鹸を身体に擦るように滑らせる。

 ……お、なんだか身体の皮脂が落ちているような感覚がある。泡立つ石鹸のようにしっかりと汚れが落ちている感覚にはならないけど、間違いなく効果がみられた。

 うん。いいね、石鹸。……でも、もっといい石鹸が作れそうなんだけどなぁ。あの木があればいいのになぁ。

 そんな妄想に(ひた)りながら湯にも()かって、とても幸せな時間を過ごした。


 ふぅー、やっぱりお風呂はいいねぇ……。




 お風呂から上がって、また粗布を借りて身体全体を拭いていく。やっぱり石鹸の効果はあったようで、手で身体を触ってみると、明らかに艶やかな感触がする。

 それに薬草も混ぜてあるからか、獣脂の臭みも緩和されている。昔の人はこの獣脂だけの石鹸の臭いは本当に嫌だったみたいで、お風呂も石鹸もサッと済ませていたって読んだ事がある。


 キャロウェイお爺さんから貰った布の服に着替えた。ちょっとブカブカだったけど、細い革のベルトもどきも付いていたので、それでキュッと締め付けるとそれなりの格好になった。

 ……着れる服を頂けるなんて本当にありがたい。普通ならお古の服は家族内で下の子がいなければ、何かしらの用途として別の布として使われる。

 それなのに保管されていた。多分、この服を着ていた子はもう……。


 中世の時代って医療も発達していなければ、必要な栄養が足らずに亡くなる子が多かったそうだ。こういう現実が自分の身近にあると、この世界の民衆の生活水準を少しでも良くしたいって考えてしまう。

 高望みで無謀な願いかもしれないけど、何か僕に出来る事はないだろうか……。ううん、何か出来る事がある筈だ。この旅の道中で、どうにかそういう事も少しずつ形にしていきたいな。


 ちょっと着替えに手間取ってしまったけど、僕は身も心もすっきりして部屋を出る。


「お風呂上がりましたっ! とっても気持ち良かったですっ!………ッ!!」


 高まった気持ちのままに感想を言った……だけど、すぐに気持ちは冷え、徐々に体温も下がったようにブルブル震える。


 


「遅っーいッ! いつまで入ってんのよッ! 待ちくたびれたじゃないッ!!」




 そこには扉の前で、仁王立ちのイレーネが立っていた。




 本編再スタートです。本当はベルトとかの歴史も細かく書きたいですが、先に話しを進める事を優先します。

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