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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 十一 ”平和な時代“

第百五十二節

「うっ、うぅぅん...」


 ……カイがうなされていた。嫌な夢でも見ているのだろうか。



「ブブブブ、ブブブブ……」


 黒雲はお馬さん特有の気遣う声で、カイを心配しているようだった。

 

「おい、カイ。大丈夫か?」

「うっ、うぅぅん? あ、ヨゼフか。おはよう」


 ヨゼフもすぐに気付いたようで、カイに語りかけた。私は寝たふりを続けながら、二人の会話に耳を傾ける。

 



 その会話で、私の知らないカイの一面を沢山知る事が出来た。カイは小さい頃からどうやら夢にうなされる事が多いようだ。ギルド長って人は神経質っぽい。

 ……でも本当に変よ、カイは。まだ逢った事もないような人の顔の特徴を言い当てるなんて。それはヨゼフの言う預言者って人みたいよ。まるで、別世界の人のように感じてしまう。


 そんな会話がされていた中、カイは唐突に話題を変えた。


「あ、あのヨゼフ。今のうちにヨゼフにお願いしたいことがあるんだ!」


 お願いしたい事? 


「……なんだ?」


 カイのお願いしたい事って何かしら……。


「出来たらでいいんだけど、これからの旅路の中で、僕がみんなとそれぞれ話し合える機会を持てるように協力して欲しいんだ。みんなのことをよく知るためにも、みんながどんなことを考えながらこの旅を歩んでいるのかを知りたい。せっかく王都まで一緒に旅をするんだ。ならその道中を楽しむためにも、みんなとの絆を強めたいんだ」


 ……カイは凄いわね。よくあんな辛い事が起きた後で、そんな前向きなことが考えられるなんて。


「……わかった。協力しよう。あと俺からも頼みがある」

「ヨゼフも僕に何かお願いがあるの?」

「ドーファンをよく注意しながら観ていて欲しい。あいつが俺達に言えないことが何かっていうのがどうも気になる。カイは歳が近いから色んなことを聞きやすいだろう? 世間話のついでに聞いておいてくれねぇか?」


 そう言えばドーファンは、何か言えない秘密を抱えているようだった。


「わかったよ。ドーファンを注意しながら観ておくよ。あとヨゼフにもう一つお願いがあるんだ」

「まだあんのか。一体なんだってんだ?」


 まだお願いしたい事があるなんて、カイも欲張りね………そう思ってた。


 けど、そのお願いを聞いて私は自分が恥ずかしくなった。




「イレーネのことを、とりわけ気遣ってあげて欲しいんだ。僕達の中で、一番心に傷を負っているのがイレーネだから。その責任のほとんどは僕にあるんだけどね………。あと魔物とかが現れたら、出来ればイレーネには戦いに加わらせないで欲しい。本当なら武器も持たせたくないくらいなんだけどね」




 ………何で。どうしてなの。


 私は…突き放すような言葉を貴方に浴びせた。それなのに……どうして貴方はまだ……私をそんなに想ってくれているの。


「悪いが、武器は常に携帯しながら動いて貰うぞ。そのくらいはお前にもわかるだろ? 何かあってからじゃ遅いんだ。自衛の手段は全員が持ってなきゃならねぇ。それは変えられないことだ。最前線には出さない。後方支援をして貰う。これが最大限の譲歩だ。これ以上は無理だぞ」


 どうしようもない現実的な言葉だった。これからの私達の生き方をその言葉は表していた。……やっぱり、魔物とかいうのと戦ったりしなきゃいけないんだって、一瞬頭を(よぎ)った。

 

 でも、そんな考えはほんの一瞬だった。……だって、カイが……私の事を……


「うん、それだけの配慮をして貰えれば十分だよ。ありがとう」


 私の事を…気遣って……想ってくれている。それだけで私は…胸の辺りがぽかぽかしてくる。私とハイクだけじゃなかった。

 カイは私を……きっとハイクの事も想ってくれている。それが知れただけで…さっきまで悩んでいた事は頭の中心から消え去り、カイの言葉を大事に抱え込む。


「許せ。本当なら俺も、じゃじゃ馬娘には武器じゃなくて花を持たせてやりてぇぐらいだ。だがな、お前達のこれからの人生は常に武器を持って歩むことになる。なら、今のうちから慣れておかなきゃいけない。幸いなことに、お前とドーファンは魔法を教えることが出来るし、俺が武器の扱いを教えることが出来る。この状況を生かさない手はない」


 案外ヨゼフも、私の事を考えてくれているのかも知れない。その口から語られる言葉には、武器を持たせる事が心苦しいと想っていることが伝わってきた。

 …さっきもなぜかわからなかったけど、寝る前に私の頭を撫でてくれた。


 ……何を悩んでいるのよ、私は。ここまで想ってくれている人達がこんなにも身近にいたのに、孤独になったように感じていたなんて。


 まだ、私には私を想ってくれる人がいる。頭を撫でてくれる人がいる。そう思えたら、何だか頑張れるような気がしてきた。


「そうだね。僕もイレーネやハイクに魔法を覚えて貰えるように、精一杯頑張るよ」

「あぁ、期待している。………そろそろ陽が昇ってきたな。俺は木に吊るしてある山鳩を軽く洗ってくる。なぁに、心配するな。すぐに戻る。その間にこいつらのことを起こしておいてくれ。朝食はそこの袋に入っているパンを食べておくんだ。頼んだぞ」


 私達のためにカイも頑張ろうとしてくれている。なら、私も頑張らないと。二人の隣を歩き続けるために。


 私は、本当に想っている事を伝えるのが苦手。でも、それは他の人だって同じだろうし、自分の想いを相手に汲み取って貰おうとすること自体、私の中の甘えだった。


 幾ら二人に話せたとしても、いつだって本音の少し手前。でも、想いは言葉にしないと伝わらない。だから私は、カイとハイクだけで話せる機会がきたら、二人にこの想いを伝えるんだから。


 


 朝になってみんなが起きると、ご飯を食べる事になった。すんごく固くて食べづらいご飯で、パンと呼ばれるものだった。

 これをずっと食べ続けるのは私には無理そうって、早速さっきの決意をへし折られて挫折しそうになっている。

 うへぇって気分になってたけど、ヨゼフになでなでされてちょっぴり元気が出てきた。


 朝ご飯を食べ終わって、私達はすぐにその場から出立して、深い森の中を進んでいく。オドロオドロしい森で、とても不気味だった。一人だったら絶対に入ろうとも思わない。

 ある程度進んでいた時、それは突然現れた。とっても可愛いモフモフした子が出て来たのっ! 


 私がおいでおいでと手を差し出した時、私の後ろにいたカイが私を抱きしめて後ろ向きに飛んだ。その頭上を、あんなに可愛かった子が鋭い角で私を殺そうとして真っ直ぐに通り過ぎていった。


 カイが私を抱えてくれてなければ、私は間違いなく身体のどこかに風穴が開いていた。……あんな言い草をしてしまったし、さっきも気恥ずかしくてカイが私を守るために頑張るって声を掛けてきても、期待してないけど期待しておくなどと、強がるような言い回しをしてしまった。


 だけど、お礼を言うのは大事。どれだけ言い辛い状況でも、きちんとお礼を言おう。カイを呼び止めて声を掛ける。


「……そ、その。さっきはありがとう。貴方がいなかったら、私は死んでいたかもしれなかった。助かったわ」

「いや、それはお互い様だよ」

「えっ? どういう意味?」

「うっ、とにかく僕もイレーネがいなかったら大変な目に遭っていたよ。ちゃんと後でお礼させて」

「何かよくわからないけど…わかったわ」


 せっかくお礼を言ったのに、カイが気になる言い草をするから気になってしょうがない。……もうッ!




 辺りを警戒しながら前に進む。あんな出来事があったから、みんな身も心も引き締めて周囲を見渡している。

 歩いていると、何やら強烈な臭いが鼻に入ってきたっ! 何これっ!? うぅ、鼻がもげそう……。この臭いは魔物が出す瘴気ってものらしい。

 ヨゼフは魔物を倒すギルドってところにいるらしいけど、何でこんなに酷い状態になっているのに、ギルドってとこは放置しているのかしら。


「……こんな酷い瘴気を出す魔物もいるのに何でギルドってとこは、放っておいているのかしら?」


 つい疑問に思った事を話しのついでに聞いてしまう。


「じゃじゃ馬娘。ギルドも忙しいんだ。こんなとこまで人を派遣するのは、よっぽどのことじゃないと無理だ」

「何よ。でもヨゼフはここまで派遣されてるじゃない」

「あぁ、だからだ。お前らが()()()()()()()()()()だ。だから、もっとその命を大切にしてくれ。ドーファンが言っていたようにな」


 つまり、それだけカイの存在は大きいってことね……。


「……わかったわ」

「まぁ、帰ったら一応あいつには上申しておくがな。何とか対応しろって。だから、心配するな。魔物を討伐して多くの人に平和をもたらすのが俺らの仕事だ。他の奴も自分と同じ目に遭うんじゃないかって考えての発言だと思うが、安心しろ。こういう森でも、いつかは穏やかな小鳥のさえずりが聴こえるように、俺が頑張るからよ」

「ッ!?」


 ……なんで、私の考えている事がわかったの? 一度もそんな事をヨゼフの前で口になんてしていない。

 自分達が魔物に襲われて初めて、他にも亡命した人達が魔物に襲われないか心配になった。つい先ほど生じたばかりの感情だ。

 なのになんでヨゼフはわかったの……。


「わっはっはっはっはっは! 何も言い返さねぇとは図星だったか。その想い、いい想いだな。大切にしな。その想いは次の時代にこそ相応しい」


 こちらの方には振り向かずにヨゼフは語った。それって…


「ヨゼフ師匠。次の時代って何ですか?」


 ハイクも同じ事が気になったようだ。一体どういう意味よ。


「俺のような存在が必要とされない時代のことだ。魔物もいない、争いがない、そんな平和な時代が……」

「それって本当に来るんでしょうか? ボクにはこの世界でそれが実現出来るとは思えません」


 私もドーファンと同じ意見だ。私達のいた村のあんな小さな世界でも、争いや憎しみがあったのよ。そんな世界が来るのかしら……。




「さぁな。だがな、これだけは言える。……それを願わなくなったら、その時は人の時代が終わりを迎えるべき時だと」




 ……みんな、何も言えなくなった。ヨゼフの言う事が圧倒的に正しいと思えたから。


 私にはわかる。わかるようになった。憎んだ相手を倒したところで、そこに残るのは空っぽの心。その後に襲われる悲しさ。


 ヨゼフの言うそれは、争いが絶えない悲しさだけが満ちた世界。


 ………ただ、どうも引っ掛かるものを私は感じた。それをヨゼフはわかっているのに、何で武器を手に持っているのか。


 だって、ヨゼフは“俺のような存在が必要とされない時代“が来るべきだって言いながら、それでも武器を持って戦おうとする。


 こんな想いを抱いている人が、わざわざ武器を持つ理由が私にはわからない。その理由が聞きたい。そう思った。


 けど、それは叶わなかった。すぐそこにそれが迫っていたから。


 どれだけ警戒心を高めたところで意味がない。決して勝てない敵に襲われたら、矮小な私達にはひとたまりもないって事を、すぐに私は知ることになる。

 



 長くなってすみません。結構簡易的に書いているつもりなのですが、宿屋までの出来事がイレーネの想いに大きな影響を与えているので、しっかり書きたくて。

 かなり長い文になるかもしれませんが、次か次でイレーネ視点をまとめたいと思います。

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