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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 九 「“貴方にとっての家族同然なら、もっと私たちのことを信頼して”」

第百五十節

 カイが川に倒れ泣いていると、森の中から誰かが近づいてくる音がした。


 こんな時に見つかってしまったら、ここまで来た意味がなくなってしまうわ。私達は身を引き締めて、周囲を警戒する。こちらに近づいて来る音は大きくなる一方だった。


 ガサッ、ガサッ。


 森の中から現れた男は、いかにも戦う人って雰囲気だった。……こんな強そうな人に、私達が(かな)うわけない。

 そう思わせるだけの強さを、戦いに素人の私でもわかってしまう程の人物だった。


「心配するな、子供(ガキ)ども。俺はお前らの味方だ」

「味方? 言っている意味がわかりません。この国に来たのは初めてですし、貴方のことは知りませんし、僕達は密入国者ですよ」


 カイは私達の前に出ると、先程まで泣きじゃくっていた顔をどこかに捨てて、その男と対峙するような姿勢を示した。


「普通はそう思うよな。俺だって、お前の立場ならそうする。警戒して当然だし、この状況で警戒しねぇ奴は馬鹿だ。だからお前は普通だ。だが、これだけは言わせてくれ」

「何でしょうか?」






「お前の親父は立派だったっ!!」






 ……これが、ヨゼフとの出逢いだった。


 たった一言。その一言だけで、私は心を動かされた………筈だった。




 その後の印象は、とことん最悪だったわ。勝手に人にあだ名を付けて呼んでみたり、おまけにそのあだ名が、人をおちょくる様な名付けだったから酷いもんよッ!


 私はじゃじゃ馬娘なんかじゃないもんッ!




 そこからヨゼフは、この王国のギルドとかいう組織の一員で、任務でカイの観察をしていたと説明してくれた。

 どうやらカイが言っていた師匠って人が本当に実在するんだと、この時初めて理解出来た。


 カイはその人から色んな事を教えて貰っているって言ってた。たしかにカイの知識やその思考は、私達とは比べ物にならないくらいに豊富でいて、あまりにも私達と考えの根幹がかけ離れていたから、そこは妙に納得出来た。


 ……けれど、それだけでは説明のつかない不可解な点が、私の胸を騒ぎ立てる。


 それに、なんだか大事な友達の知らないところを急に現れたおじさんに取られたみたいで、痛く不愉快な気分にもなる。


 ……何よ、何なのよ。カイもなんだかそこまで警戒していないようだし。


 こんな初めて逢った人が、私達なんかよりもカイにとっては……


 さっきカイに対して抱いた願いが、ぐるぐると嫌な感情として頭の中で渦を巻き、段々もやもやとした気持ちになっていく。


 考えれば考える程、こんな事を一方的に願っている自分と、今のカイの態度が嫌になっていく。


 カイとこのおじさんの親しげな態度を、延々と見させ続けられた結果、私の中から辛抱とか我慢とかいう言葉は取っ払われた。

 プツンッと頭の血管が切れたかのような、抑えようのない衝撃が私に襲い掛かる。


 もう我慢出来ないッ!! 私は本音を言うのを我慢してきたけど、これ以上は耐えられそうにないわッ!!




 ガシッ!




 私はカイを引っ張って、二人だけで話す事にした。後ろから私達を冷やかす笑い声が聞こえてきて、私のイライラに更なる熱を増す。


 ……いいわ。私は今まで思ってきた事を全部。そして、望んでいる事を率直に伝えるんだからッ!


 場には静寂が満ち、一呼吸を置いて話し始める。




「ねぇ、カイ。貴方……貴方は一体、()()()()?」




 私が短い時間……いえ、これまで隣でカイを観てきた中で、一番しっくりくる言葉がこれだった。


「……カイ。貴方は私の大事な友達。だけどね、今までずっと不思議に思ってた。貴方は普通じゃない。普通を超えすぎているの。座学の問題を解くにしても、同学年以上の知能を持っているようにスラスラと問題を解いたり」


 カイの元々の頭の良さだと言われれば、それまでかもしれない。でも……


「貴方が私達に教えてくれたことは、貴方の師匠が教えてくれたって言ってたわよね。でも、貴方はそれを語る時、必ず自分の主観が入っていた」


 カイの思想の在り方、こればかりはどうあっても不思議だった。それはまるで……


「そして、貴方は、ここぞと言う判断が求められる時には、絶対にこうしたほうがいいって断言していた。そう、それではまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう、まるでそんな未来を歩んできたような話し振りで語るカイが、ずっと不思議でならなかった。


「今回の出来事も、あのヨゼフって人が、貴方のことを一方的に知っていたのも、貴方のことをずっと見ていたからでしょ。王都に護送する任務の一端として、貴方のことを知ろうとして、一方的に知ろうとして」


 あのヨゼフって人も見ていた。


「一方的に見て知る。それはつまり、貴方の思考の価値を加味せずに、客観的に貴方のことをヨゼフは見て、貴方のことを名前で呼ぶ価値があるって判断したってこと」


 ……私の知らない。友達の一面を………


「だから私は、()()貴方を信じる。ヨゼフが貴方の何を見て、価値があるって評価したかは知らないけど、それは多分、私の知らない貴方をヨゼフが感じとって認めたってことだと思う」


 何で、あんな人が……


「………見ず知らずの急に現れたおじさんに、貴方のことを認めて貰って嬉しい反面、私の知らない貴方のことを理解されているのは悔しいわ……」


 ……私とハイクが、カイの一番の………


「貴方とハイクとは小さな頃から、ずっと一緒だった。すぐそばにいた。いてくれた。だけど、遠いところから眺めて、貴方のことをずっと離れたところから見ていただけのおじさんに、まるで大事な友達を横取りされたみたいな気分よ……」


 ………………


「これだけは最後に言わせて」


 ……だからもっと






「“貴方にとっての家族同然なら、もっと私たちのことを信頼して”」






 ……初めてだった。自分の抱え込んできた感情と、私の口から紡がれる言葉が重なったのは。




 伝えたい事も伝えられた。私はカイの横を通り過ぎて、ハイクとヨゼフのいる場所に帰ろうと歩き出した。

 ……けど、すぐに立ち止まった。まだ伝え切れていない想いを、話したかったから。さっきと真反対の位置で、カイの顔を見ずに話し始めた。




「あと、貴方の悪い癖よ。ハイクは図星なことはそっぽ向いてごまかすけど、貴方は色々とさらに言葉をもってごまかそうと考えこむから、黙りこんでしまう。それだけで、貴方が何者なのって質問を、自分自身で何者かであるって肯定していることを証明しているわ」


 ……ごめんなさい。私は不器用だ。弱い心とは裏腹に、弱い自分を知られたくなくて、言葉は強くなってしまう。

 せめて、私は本当に伝えたい想いを、カイに気付いて欲しい願いを込めて、この言葉を贈る。






「“私は貴方のことを信用はしていない。でもね、信頼はしている”」






 ……だからもっと、私達を頼って欲しい。私達は…貴方の支えになりたい……力になりたい。


 恐らく、貴方が一番………



 

 伝え切った想いだけをその場に残し、伝えられない想いと共にカイの元から離れた。




 カイ視点からだと、イレーネは自分の思った事を率直に言う芯の強い少女のように映りますが、本当は自分の本心を知られるのを怖がる少女です。

 カイとハイクは、いつイレーネの本当の想いに気付くのでしょうね。

 

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