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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 八 “もっと私達を…”

第百四十九節


 私の目からは自然と涙が溢れていた。最後の最後まで愛する我が子を想うその在り方に、私は涙した。


 カイは泣いていない。カイはお父さんに本当の別れを済ませ、こちらに向かってくる。


 その姿は毅然としていた。……だけどね、その姿がかえって私の胸を苦しくするの。


「ごめん、待たせたね」


 たった一言。たった一言を放つために、カイはその表情に笑顔を作っていた。


 ………何で、何で貴方まで私と同じような微笑みを、無理をした笑顔を浮かべるのよッ! 


 貴方は泣いてもいいし、甘えてもいい、それだけの悲しみを一身に背負った筈でしょッ! 




 だから、もっと私達の事を……




 言葉に出来ない感情を抱えたまま、何も言わずに私はカイを抱きしめた。カイの頭に手を回して、ゆっくりと撫でてから、いま私が伝えられる精一杯の想いを言葉にする。


 


「カイ…無理しないでね……泣きたい時は……泣いていいのよ」


 カイも私の頭に右手を軽く添えた。


「ありがとう……でも、もう流したい涙は、全部流れちゃったみたい。はははっ、喉もカラカラだよ…」


 ………バカ。何でこんな時に冗談なんて口にするのよ。私は…私は………



「さぁ、そろそろ行こっか。いつまでもここにいたら、ハイクも待ちぼうけだよ」

「っ………………」


 私は言葉を発しないまま、カイを抱き締めていた腕を(ほど)いた。




 ……カイは、私の横を通り過ぎていった。




 ハイクの前にまでカイは辿り着くと、ハイクもカイに対して何かを言っているようだった。でも、どうやらハイクの言葉でも、カイの仮面は崩れる事はなかった。

 

「………………」


 ハイクの横も通り過ぎて、カイはそのまま真っ直ぐ進んで行った。対岸まで辿り着くと、あくまでも作られた表情を保ちながら声を掛けてくる。


「二人共、大丈夫そうだ。周りに人はいなさそうだよ。さぁ、上がってきて」


 カイは手招きをして上がって来るようにと言った。でも、カイはそれを言い終えたと同時に様子が一変する。

 一点を見つめたまま目を離さない。私達も後ろを振り向いた。


 紅い炎が大地を覆っていた。あの黄金の小麦畑を、あの想い出の木も、私達の家も。




「……父さん、……母さん」




 そんな呟きが聞こえてきた。カイは突然走り出した。走ったけど、すぐ転び、起き上がって走ってはまた転んで。そんな繰り返しだった。

 カイは紫色の花を大事そうに拾い上げると、川の方へと向かって歩み始めた。


 ふらふらになりながら川へ向かう姿に危惧を覚えて、ハイクはカイに川へ行くなと言う。


 でも、カイは辞めなかった。ひたすらに大事に抱えたそれを手に、何かの目的を持って進んでいく。


 自分の足元に転がっている石には目もくれず、少し大きめの石につまずいて、そのまま川へと身体が放り込まれた。


 すると、手に持っていた花を優しい手つきで川の水面へ浮かべるように、そっと放した。


 その手から放たれ、離れた二輪の紫色の花。


 それはまるで、本当は心残りであった両親との別れへの、決別の意味が込められているように、私には思えた。


 


「さよなら……父さん…母さん…二人のことは……絶対に忘れないよ。……僕の大好きな父さん、母さん。………愛してるよ……」




 それは、紛れもなく感情を曝け出した、両親への愛の言葉だった。





「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」





 カイの声は枯れたように叫んでいた。




 だけど…それ以上にカイの心は枯れていた。





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