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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 七 “優しい嘘”

第百四十八節

「カイ、そろそろ行こう。もう行かなきゃ、そろそろ不味いわよ」

「うん、ありがとうイレーネ。待たせてごめんね。行こうか」

「えぇ、ハイクも待ってるわ」


 カイはどうやら立ち直れたようだ。普段のようないつもの優しげで、一見頼りなさそうに思えるカイの姿だった。

 だけど、名残惜しい気持ちは隠せていなかった。家を出る時にカイの両親の姿を尻目に見つめていたのを、私は見逃さなかった。

 外に出ると、それぞれが自分の両親の想いを紡いでいくと言った。その後にカイはまた変な発想が思い浮かんだのか、ハイクにあるお願いをした。


「ハイク、一つお願いがあるんだ」

「何だよっ、こんな時にか?」

「そう、こんな時だからだ。ハイク、思いっきり矢を放って欲しい。あそこに向かって。これを使ってね」

「……どういう意味だ?俺らの努力も無駄になるんだぞ」

「逆もまた然り。相手の努力、求めてるものを無駄にするんだ。その方がスッキリしないかい?」


 私はいい事だと思った。お父さんとお母さん達が頑張って作り上げたものを、簡単に奪われたくはないわ。


「私はカイに賛成よ。いいじゃない。私たちに出来る最後の抵抗よ。お父さん達の努力の賜物を奪われたくないもの」

「分かった、やろう。ただし、すぐに逃げるぞ。もうどこから逃げるか決めてるんだよな?」

「もちろんさ。放ったらすぐに走ろう」

「あぁ、分かった。じゃあ…いくぜ!」


 ハイクの放つ矢にカイは火をつけた。勢いよく燃えた。ハイクはありったけの力を振り絞って、火矢を空高くに放ち、放物線を描きながらその火矢は黄金に輝く大地に舞い降りた。紅い炎に包まれて、徐々に大地の色を塗り替えていく。


 これで、この村ともお別れね。そう思っていた………。


 カイの提案により川からの渡河を試みた。ハイク、私、カイの順番で進む事になった。ハイクが進んだ後、私もアイリーンと共に進む。カイの言うように、ここだけはそんなに川底は深くないみたいだ。アイリーンに乗っていても私の上半身は水面(みなも)から出ていた。

 私の次に来るカイは、なかなか川に入ってこようとしない。そう思って振り向こうとした。


「……ここで、俺と一緒に死んでくれッ!!!」


 物騒な叫びが聞こえてくるのが先だった。


「カイ! 避けてッ!!!」


 何であの男が生きているのッ!? さっき私が槍で刺したのにどうしてッ!!

 だけど、その圧倒的な速度にカイの身体は避けようがなく、もう逃げようがなかった。


 シュンッ!!!


「なッ!?」


 それは、あまりにも突然の出来事だった。カイに向かって振り下ろされた剣が、何かに当てられたかのように、剣がその衝撃に耐えられずに、粉々に砕けてしまった。

 対岸から何か飛んできた……? 




 グサッ!!!




「へ、へ、へへ、へ、へへ、へ………へ」


 敵は動きを止めた。敵は槍で貫かれた。その頭を。今度こそ、敵は考えることも動くことも不可能になった。


 そこには、死んだ筈のカイのお父さんの姿があった。………何が起こっているの? 何で死んだ人が再び立ち上がれる事が出来るのよ………。


 何かを呟いているようだが、それは私には聞こえなかった。


「っ!? 父さん! 生きていたんだね!?」


 カイは嬉しそうに駆け寄った。でも、すぐにその感情は反転させられた。カイのお父さんは血を吐き、その血はカイに降りかかる。………もう、長くはないのは私にもわかる。


「嫌だっ、嫌だっ、嫌だよっ!!僕はずっと父さんと一緒にいだい! 母さんと一緒にいだい!! みんなで一緒にいだいだけなんだッ!!!」


 必死に、ただ一緒にいたいとカイは言う。でも、カイのお父さんは頷く事も、首を縦に振る事も、気休めの返事をするわけでもなかった。

 こちらを一瞬、見てくれたような気がした。そして、私達にも聞こえるように、最後の力を振り絞るように言葉を紡ぐ。

 



「カ…イ。……イレーネも……ハイクも……いる。これ…からは……あの二人と……生きて……生きて………生き続けなさい」




 カイのお母さんと同じ言葉だった。もしかして、カイのお父さんとお母さんは………




 カイは甘えたり、泣き言を並べる事を辞めた。カイは私達にも聞こえる以上に、カイのお父さんを安心させるだけの声を持って応えた。


「僕は……誓う。僕はイレーネとハイクのことを守り、助け合えるようになれるぐらいに、強くなってみせる! 僕は二度と、自分の家族を失うようなことはしない! 僕は必ず、この地に戻る! そして、二人の残してくれた想いを紡いでいく、紡ぎ続けていく! 二人が守り繋いで紡いでくれた僕の命は、決して無駄にはしない! 父さんと母さんが誇りに想えるような子供として、僕は一生懸命に、生きて、生きて、生き続けていくよ!! 約束だッ!!!」




 私は、その光景を食い入るように眺めた。そこには……望んでも叶わない、もう叶う事のない愛しい我が子の頭を撫でてくれる、優しい父親の姿があったから。




「あ…ぁ。約束だ……。俺の……自慢の……誇り高い……愛しい息子よ」




 約束の果てを見届けられないのに……カイのお父さんは最後まで優しかった。




 ……優しい嘘を…()きながら亡くなった。




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