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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 六 “素直になれない背中越しに”

第百四十七節

「……カ……イ」


 その声に驚いて振り向いた。カイのお母さんはまだ生きていたッ! カイは急いで話し掛けた。


「母さん! 母さん! 僕だよ、カイだよ!!」

「……え……ぇ、カイ……私…達を…守……ろうと…して……くれて……ありが…とう」

「違う! 僕は、お父さんとお母さんを守れなかった。僕は守りたかったのに、敵に殺されそうになって。それで、母さんが、母さんが……」


 カイは言葉を紡ごうとしても出てこなかった。カイのお母さんは弱々しい声でカイに何かを語り掛けた。

 一瞬、こちらを見たような気がした。カイは何かを聞いて驚いているようで、ビクッと背中を大きく震わせた。

 ……だけど、別れという場面は残酷なのね。その別れは唐突に訪れ、カイのお母さんは最後の言葉をカイに残した。




「生……きて、生き……て、生きなさい。私…の…愛…しい…カイ」




 その言葉は私の耳にはっきりと聞こえた。恐らくハイクにも…。





「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」





 カイは叫んだ。その叫びは私やハイクの嘆きの声をも凌駕した。


 ……当たり前よ。母親の生き絶える瞬間を目の当たりにし、自身の腕の中で大切な人が途切れ力を失ったのだから。

 本当は泣き止むまで放って置いてあげたかった。でも、流石にこのままではまずいと思った。カイの精神が酷く揺らいでいた。


「カイ、しっかりして!」

「おい、カイ! 正気に戻れ!」


 カイをどれだけ揺さぶってもカイは天井を見上げたまま、現実を知る事を躊躇っているように、目の焦点は宙へと向けられていた。




「いい加減にしろッ!!」




 ハイクがカイの事を思いっきりぶん殴った。カイは意識を取り戻した。殴られたばかりで思考も覚束(おぼつか)ないカイに容赦なく、ハイクは赤裸々に想いを語る。


「いいか! カイ!! 俺の父ちゃんと母ちゃん、イレーネの父ちゃんと母ちゃん、そして、お前の父ちゃんと母ちゃんも死んだ!! そして、まだ他の敵は近くにいる! 俺たちが次にどうすればいいか分かるだろうっ!? 逃げるんだ! あの川を渡って! お前はそう俺たちに指示をした! そのお前が泣いていてどうするんだっ!? 立て、立て、立つんだっ!!」


 ハイクはカイのことを見据えて叫び続けた。だが、それはカイのことを見下(みくだ)してのものではなかった。カイのことを考えての言葉だった。


 ……胸ぐらを掴んで強制的に立たせたハイクの手は震えていた。


「お前は守られた。お前のことを守っておばさんは死んだ。だけど、その死は無駄じゃない。お前という命を繋いだんだ。その命を…お前が無駄にするようなことしてどうするっ!? お前は、おばさんの想いを(つむ)いでいかなきゃいけないんだっ!! おばさんの死を悲しむくらいなら、おばさんを悲しませるようなことをするなっ!! 俺がお前を許さねぇ!!」

 

 想いを伝えるハイクの言葉には、言葉以上の必死さが込められていた。


 私にはわかる。何でハイクがここまで熱くなってまで、カイに怒りに似た想いをぶつけているのか。




 ……だって…カイ……貴方は……




「……ありがとう、ハイク。もう…大丈夫だよ。もう、自分でも立ち上がれるから」


 カイは力ない言葉しかだせなかったが、ハイクは少しだけ宙に浮いていたカイの身体を床に降ろした。


「そうか、それならいい。…さぁ、もう行かなきゃな。お前も早く、別れを済ませてから来いよ」


 ハイクはそれだけを告げると、家から出て行った。


「カイ、そんなに時間がないけど、ちゃんと言いたいことは言ってから出てきてね。後悔のないように、別れの挨拶を済ませるのよ」


 私はカイの肩に手を置いてじっとカイを見つめた後、その場を離れた。





「……イレーネ。俺は何をやっているんだろうな…」


 外に出ると、ハイクは背中を丸めながら近くに座っていた。肩越しに語り掛けてくる。


「…そうね。でも、仕方がなかったと私は思うわ」

「どう…仕方がなかったと思うんだ?」


 ハイクはカイのように短い言葉で理解はしてくれない。ハイクが劣っているとかそういう意味ではないわ。

 それは一生懸命に他の人を知ろうとするひた向きな彼の魅力だから。そして、私にはわかる。だって……

 



「……だって…ハイクも羨ましかったんでしょ?」




 彼は大きく項垂れた。背中しか見えなくてもそれだけで彼の想いが手に取るようにわかってしまう。


「………お前もだろ? イレーネ」


 普段の私なら、自分の弱さを見せる事を嫌って“そんな事ない”って言う筈ね。でも、自分の弱さを(さら)け出した彼の前に、強がる必要なんかない。


「……そうよ。当たり前じゃない」


 そう想いながら、そう言いながら、私は強がった。微笑みを顔に貼り付けて。


「………俺は、あいつが心底羨ましい。羨ましかった。だからつい…熱くなってあんな事まで言っちまった」

「……………」


 私はただ、彼の言葉に耳を傾けた。今の彼に必要な言葉を、私は持ち合わせていなかったから。……そうじゃないわね。私のせいだった。謝るべきだ。


「ハイク、私のせいで貴方には酷い想いをさせたわ。ごめんなさ……」


 私は謝ろうとしたけど、彼は言葉を遮った。


「謝るな、イレーネ。お前は正しい。お前のおかげでカイは生きている。それに謝るのは俺の方だ」

「……それってどう言う意味よ?」


 私は謝るべき理由があった。でも、謝られるべき理由を私は知らない。


「………そろそろ、出発しよう。イレーネ、カイを呼んで来てくれないか」


 理由は教えてくれないのね。


「……わかったわ」


 私はカイを呼びに行こうとした。でも、再び足を止めてしまう。


「イレーネ。今は理由は言えない。……だけど、これだけは言わせてくれ。俺のせいでお前が辛い目に遭った。……ごめんな。………いつの日か…俺は胸を張ってお前に謝るれるようになるよ。それまで待ってくれるか?」


 私には、謝られるべき理由なんかない。でも、彼は私の言葉を遮ってまで、私の謝意の想いを否定する以上の、自分で決めつけた過ちを背負っていた。


「……わかったわ。でも、どうか必要以上に気負わないでね」

「……あぁ、わかった。ありがとうな」




 素直になれない背中と背中越しに、言葉だけはお互いを想い遣り、とても素直だった。


 


ここでのハイクがイレーネへ謝った理由については、ハイク視点で明かしたいと思います。



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