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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 五 “争いを知り、手放した”

第百四十六節




「……イレーネ」




 誰かが肩を叩いた。振り向くとハイクがいた。ただ一言、私の名前を彼は呼んだ。それ以上の言葉は語られない。憐れみの言葉を向けられる事はない。

 それでも、憐憫(れんびん)の情が込められた瞳に私が映っていた。その瞳の中の私の姿は、やけに(おぼろ)げで、次第に姿は形を崩す。

 その瞳には瑞々しい何かが満ち、彼はそれを自覚したのかきつく目を閉じ、しばらく無言を貫いた。

 彼の優しさや気遣いは言葉にしなくても、その想いを私は受け止めた。言葉以上の憐れみの想いがそこにはあったから。




 ………もう、行かなくちゃ。


 これ以上ここに私が残ってしまっては、ハイクも自分の家族の安否が気になっているだろうから。


 お父さんとお母さんの身体をきちんと床に横たえて、安らかな眠りへと(いざな)うように、開かれた両目を優しく撫でて、最後にお父さんとお母さんの手をそっと重ね合わせ手と手を繋ぐようにした。


 その手がお互いの温もりを分かち合う事がないことを私は知っている。


 ……でも、それでもお父さんとお母さんには、いつまでも仲良しでいて貰いたかったから………




「………お父さん、お母さん。私、行くね。…………またね」




 何で“またね”なんて言ったのか、自分でもわからなかった。多分、私は心の奥底で願っていたのだろう。お父さんとお母さんが息を吹き返して、再び抱きしめてくれる事を。返事をしてくれる事を。


 ……また、返事はない。私はこの時、ようやく両親の死を本当の意味で知ったのだった。






 重い腰を上げた時、ようやく私は自分の身体に付いた紅いそれに気付いた。だが、それを見ても何も感じない。何も感じれない程に、淡々と紅いそれを受け入れている自分がいた。

 私は床に落としてしまった武器を手に取った。カイから事前に渡されていた槍だ。すでにその槍も紅色に染まり、私はその槍をずっと眺めた。






 なぜ…人がこの武器を手取るのか……なぜ…人が争うのかを………私は…初めて理解出来た。






 私は家を勢いよく飛び出した。アイリーンの背にも紅いそれが付いてしまった。………ごめんね。と小さく呟く。後ろからハイクの焦った声が耳には聞こえてくるが、思考はその声を識別する事はない。

 その行くべき道を決して迷う事などない。どこへ向かうべきかを紅い道標(みちしるべ)が私を(いざな)う。

 近くの家の扉は開け放たれたままだった。そこには二つの死があった。その死を覗き込んだハイクは大きな嗚咽(おえつ)混じりの咆哮を上げた。

 しばらくの間、ハイクは泣いて泣いて泣き続けた。……私と同じだ。同じになってしまった。




 ………許せない。なぜ私の大事な人達の命が、こうも簡単に失われなければならないのッ!! 




「……ハイク。ゆっくりでいいから後を追って来て」


 私はハイクに声を掛けると先にその場を後にした。血の道標は続いている。私は再び先を急ぐ。また後ろから声が聞こえた。まるで私を追うように聞こえてくる。

 それでも、私は振り返る事なんかなかった。……感情のままに、私は駆けていた。




 ……許せない。その気持ちに偽りはない。だけど、もしお父さんとお母さんを殺した相手を見つけて、私は何をしようというの。

 話しをしても説得出来る訳でもない。これ以上、人を殺さないでと幾ら私が叫んだところで、聞いてくれる相手でもないだろうし。

 なぜ、私は今もこうして駆けているの。なぜ私は、今もこの武器を固く握り締めているのよ………。



 けど、時というのは残酷なものなのね。そんな葛藤の答えを見出す時間も与えてなどくれない。







「母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!!」







 それは大事な誰かを失った声だった。その後に続いた声は、愛する者の死を(いた)むものではなかった。




「………だが、お前は幸せだ。大好きな母親と一緒に死ねるんだからなっ!!」




 死への賛美を謳う残酷な言葉が、大きく不快な想いを込み上げさせた。急いでアイリーンの背を跳び降りる。

 残された時間など私には与えられない。悩む暇なんか与えらえない。……生命(いのち)への悲しみを憂う事など認められない。




 ヒュン!




 私の横を何かが通り抜けていった。一筋に放たれた矢は剣を持った敵の注意を引き、敵は大きく剣を振り、身体の中心がガラ空きになった。

 今まで武器など振るった事がない私でも、その時に何をすればいいのかなど考えなくてもわかった。




 ………だって、考える余裕すら与えられなかったのだから。






 グサッ!!






 全身の力を振り絞り、槍を敵の腹部を貫く。槍の穂先は完全に敵の身体を貫き、その()から敵の腹部からの血が(したた)り落ちてきた。

 それは柄を伝って私の手を紅く染める。生温かく気持ち悪い感触が、私の手の感覚を侵食し、人を刺した事への恐怖を増幅させる。

 だが、その恐怖という感情が理性を呼び起こす。…この人が、お父さんとお母さんを…………

 おもむろに槍を引き抜くと同時に、敵は床に倒れ込んだ。槍が抜かれたことで、身体から大量の紅い血が床に溢れ出る。

 とても心を騒ぎ立てる光景の筈なのに、私の心は凪いでいた。




「取ったわ…。お父さんとお母さんの仇……」




 そう、取った。仇を………。


 お父さんとお母さんの仇を取った筈なのに、儚さと切なさとこの心の痛みは、まだ私を離してはくれない。




 ………どうして…人は争うのよ? だって…仇を取ったのに……私の心はこんなにも(から)っぽなのよ。




 この悲しさは…どうして未だに残ったままなのよ………




 私は名前も知らない敵の亡骸を前に、ただ(たたず)み、その亡骸を傍観する事だけしか出来なかった。


 私はまた、知った筈の答えを手放した。


 この心に、果てのない悲しさを残して……




多分、次か次あたりにイレーネの抱いていた本当の想いについて書けるかと思います。

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