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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 四 “届かない想い“

第百四十五節

 カイの言われた通りに私達は準備に取り掛かった。なんと、カイはここにいる三十頭のお馬さん達全てを解き放つと言うのだ。

 それぞれ十頭ずつ別々の方向に振り分ける事で、少しでも多くの人が生き残れるようにしたいと考えているようだった。


 私みたいに多くの人は、深刻な事態が起きている事がわかっていても、それが勝手に良くなる事を希望して逃げようなんて発想にはならない筈よ。

 恐らくお馬さんが放たれても、その背に跨がろうとはしないわ。だって、人はいつだって自分の都合の良い未来を思い描いてしまう性質を誰しもが持っているから。

 私だってそうよ。未だにこの準備している事が徒労に終わって、処罰を受ける事だって甘んじて受け入れられる。




 …だから……どうか……これ以上…この村に不幸が降り掛からないで………





 だけど、この世の不公平な(くびき)は、ひたすらに私達を死への呪縛から逃そうとはしない。




「みんなぁぁぁぁぁ…逃げろぉぉぉぉぉッ!! 逃げてくれぇぇぇぇぇッ!!」




 何処からともなく聞こえてきた咆哮が(とどろ)いた。きっと、村のみんなにも聞こえた。だってその悲痛な叫びには、命そのものが込められていたから。


 先生への死の冥福を祈るように、一度きつく目を閉じた。


 幾ら願ったところで、望んだところで、安息の日々は突然の終わりを迎える事を、この時に初めて私は知ったのだった。


 ハイクは顔を蒼白な色が染め上げ、次第に頬を震わせた。私もその表情を見て、抱いていた希望の色が薄れていく。

 


 

 もう、ダメなのかな………


 


 そんな絶望感に襲われ掛けた時、私よりも虚弱な少年が不意に呟いた。




「ハイク、イレーネ。悲しい気持ちになるのも無理はないね。僕だってそうだ…。でも、今はアリステア先生が自分の身を挺してまで、僕達、村の皆んなにその危険性を伝えてくれた。そして、アリステア先生が討伐軍を引きつけてくれたお陰で、準備は整った。行こう、父さんと母さん達の元へ。今すぐ逃げよう」


 その言葉で(まぶた)を再びすぐに開いた。まだカイの顔色は沈んでいなかった。まだ理性がそこにはあった。


 その声には生きようとする意思が込められていた。絶望から希望へと引き寄せるのに充分な理性が、明晰な声に現れていた。


 私とハイクは再び立ち上がれる勇気を、家族の元へ帰れるという希望へと目を向ける事が出来た。


「……うん、分かったわ」


 ハイクも返事はしたけれど、その返事は乾き切っていた。とても無理をしている空元気(からげんき)である事は、カイもきっとわかっていた。

 それでも、カイは何も言わない。もたもたしていたら…死に繋がるから。私もハイクもわかっている。

 わかっているからこそ、私達はみんな自分の感情をひた隠しにした。死への感傷に浸る時間など、私達にはなかったから。



 

 その後、私達は準備を整え終えてひたすらに南に向かって駆け出した。カイの言う事が事実だとしたら、もうこの学校にも来れないのね……。

 先に進んでいる筈なのに、後ろ髪引かれる想いが小さくなっていく景色へと振り向かせた。その景色が目に映ったと同時に、寂しさと切なさが込み上げた。




 ………さようなら…またね。




 家に向かっている途中で多くの住居が並ぶ通りに差し掛かると、カイとハイクは大きな声を上げて逃げろと叫んだ。

 だけど、そんな声も虚しく多くの人は、ただただ混乱をしているようだった。その言葉を信じようともしない人もいた。

 ……この人達と私は同じだ。都合の悪い事が起きると、それに対してただ(うめ)いて、現実を受け入れようとせず、逃げようとする。

 私はカイの言葉じゃなければ、こうして動いていなかった。もし、私がカイを知らなかったら、友達じゃなかったなら、そんな事を想像したらカイとの繋がりが未来への分岐点のようにも思えた。


 この分岐点の未来の先なんて、私にはわからない。私はただ、カイを信じる。


 何人かの人は私達に付いてきた。そのまま一緒に駆け抜けてその人達とは途中で別れた。私達は家族の元へ向かう。家族と一緒に生き延びるという大事な目的があったから。




 国境の川が見えてきた。もう少し、もう少しでお父さんとお母さんに逢える。


 すぐにお父さんとお母さんに飛びついて、ぎゅーって抱き締めて貰うの……。ほんの僅かな時間だけでいいから、甘えたい。温もりを感じたい。家族と触れ合いたい。


 ………私の家だッ! 早く、早く逢いに行かなきゃ! お父さんもお母さんも私の帰りを待っているに違いないわ!


 二人が何か話し掛けて来たけど、その返事も上の空のままに返して、アイリーンから飛び降りて走り出す。

 家の扉は半開きになっていた。私はその扉を勢いよく開けて、元気良くお父さんとお母さんに呼び掛ける。



 

「ただいま! お父さん、お母…さ……」




 その続きの言葉を私は言えなかった。


 勢いよく入った家の中の足元に、この家に似つかわしくない真紅に染まった敷物が広がっていた。


 だけどね、変なの。それを踏んだら“ピチャ“ッて変な音を立てたの。私は下を見た。勢いに任せて入ったせいなのか、私の服にも赤い何かが付着していた。


 ………何、これ?


 私の頭はそれが何かを理解出来なかった。したくなかった。


 どうしようもない拒否反応が身体中を駆け巡り、暑い季節なのに悪寒が背筋を走り身震いをさせた。


 ……嫌だ…知りたくない……見たくない。


 そんな感情とは裏腹に、私の視線は恐怖に怯えながらも上へと虚になりながらも(うつ)ろいだ。






 私の目の前には、私の愛してやまない、お父さんとお母さんの傷付いた姿がそこにはあった。






 膝はストンと力を失い、無機質さが満ちた空間に”ビシャッ“という音が鳴り響く。


 反動で顔と手に何かが掛かった。


 ……視界が紅く染まる。両親の姿がより紅みを帯び、その姿だけが輪郭を増し、周りの光景は視界にも入らなくなった。


 望んでもいないのに、紅く染まった姿を大きく開いた瞳孔(どうこう)が捉える。


 真紅の化粧がくっきりと両親を型取り、その無惨な姿には死が添えてあった。







「いやぁぁぁぁぁッ!!! お父さぁぁぁぁぁんッ!!! お母さぁぁぁぁぁんッ!!!!」




 

 ……何で………何でよ…………何でなのッ!!


 私は叫ぶ。…何度も……何度でも。


 叫ぶより少し遅れて、両の(まなこ)から涙が溢れ、紅一面の景色に僅かばかりの色彩が戻る。


 けれど、紅の景色は目の前から消し去る事はなかった。両親の元に駆け寄ると、二人の身体から止めどなく鮮やかな血が流れていたから。




 お父さん、お母さん




 お父さん、お母さん




 お父さん……お母さん




 …お父…さん……お母…さん




 ……お父……さん…………お母……さん




 …………お父………


 


 幾度となく泣きながらも、幾度となく喉に力が入らなくなっても、弱々しい声になりながらも呼び掛け続けた。


 いつもなら優しいお父さんが、どれだけ疲れていても、その大きな背中越しに返事をしてくれた。


 いつもなら優しいお母さんが、どれだけ忙しくしていても、その手を休める事なく返事をしてくれた。




 お願い…返事をして……返事をしてよッ! 


 私は、それだけを望んだ。それなのに望みは叶わない。


 ただ、言葉を返してくれる。その尊き日常の一場面が、この想い出の家で繰り返される事もない。


 もう届かない言葉ばかりを、私は紡ぎ続けた。


 ずっと……ずっと………




 私の中の小さな世界は、こんなにも残酷で無慈悲な世界なんだと、受け入れるしかなかった。


 そうする事しか、出来なかった……。


 言葉はもう……紡がれる事はない。静寂な時が訪れた。




 愛する人の死と、悲しみの感情だけを残して………。

 


 

 すみません。予定よりちょっと長くなるかもです。


 イレーネの気持ちをしっかりと吐露して貰うためにも、せっかくのイレーネ視点をもうちょっと書きたいと思います。

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