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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 二 ”二人の隣“

第百四十三節

 入学してからは勉強に勉強の日々だった。最初の頃は頭がぷしゅーっと音を立てていた。


 カイはそんな事がなさそうで何だかイラッとした。そんなある時、学校の近所に住んでいるおば様から“あら、とてもそっくりな姉妹さんね。何て可愛いのかしら“って声を掛けられて、カイは逃げるように走って帰っていた。

 私とハイクはその場で笑い転げてしまった。声を掛けてきたおば様は戸惑っていたけどね。ふふん。カイには悪いけど、ちょっといい気味だと思ったのは内緒よ。

 カイにも恥ずかしいと思う事があるのは、少しだけ普通っぽさを知れて嬉しかったわ。

 ……でも、私達ってそんなに似ているのかしら? ちょっと変な気分になったわ。

 翌日、カイは髪の毛を短く切ってきた。その日以降から髪の毛をあまり長く伸ばさなくなった。まぁ、男の子だし短めがいいわよね。


 そんな頭を使う日々の中で、馬術の授業は私の救いだった。

 頭を空っぽにして、風を感じながら気持ち良く走り回れる間だけは、いつもよりも空が澄んで見えた。

 カイは気性が荒くて誰も乗りたがらないお馬さんを、率先して乗ろうとした。そしてそのお馬さんも、カイだけは自分の背に乗る事を許した。

 ……本当に不思議な子ね。誰にも心を開かないお馬さんがカイにだけは心を開くなんて。体術はてんで駄目なのに、何故か馬術は誰よりも得意だったし。

 それにお馬さんに勝手に名前を付けて可愛いがるのも変よ。まぁ、私もハイクも真似して自分と親しいお馬さんに名前を付けたんだけどね。

 そして、そのお馬さんこそがアイリーンなのッ! 今でも可愛くてしょうがないわッ! 私のアイリーンが一番可愛いんだからッ!! 

 アイリーンの可愛さも相まって、馬術の授業を受けている間は最高の気分でいられた。


 ただ、馬術の授業が終わって教室への帰り道に、ふとたまに思うの。”あぁ〜、私も男の子だったらハイクのように体術と馬術だけ頑張れるのは、身体を動かせて最高だろうなぁ“……って、入学前の私なら考えていたってね。


 けど、今は違う。こんな狭くて小さな世界の争いを目の当たりにして、心と心の傷付け合いも嫌だし、人を傷付ける行為そのものを避けるようになっていた。

 だから私は、カイが授業の度に傷付いて帰って来ると、正直その姿を見るのも辛かった。


 ……どうしてこんな小さな頃から、誰かを傷付けるための(すべ)を学ばなければいけないんだろう。

 どうして人は誰かを傷付ける行為そのものを、当然のものとして受け入れているのだろうって。


 私は沢山の疑問を胸に閉まい込んだまま、日々の流れに身を任せて、自分の前に置かれた課題をこなすだけの毎日を送るようになった。

 この時に生じた疑問を、カイとハイクにちゃんと相談すれば良かったなって、今になってはそう思える。




 それからの日々はあっという間だった。私はがむしゃらに勉強に励んでいた。お陰様でカイの次には良い成績を取れるようになったわ。

 あと、途中でわかった事なんだけど、カイとハイクが自分達だけでこっそり武器もどきを手にして訓練をしていた。


 最初は”私を仲間外れにして酷いッ!“ って思い込んでちょっといじけてしまった。でも、二人は私の事を気に掛けて言わなかったんだと思う。

 多分、私が争い事が嫌いなことを知っていたからこそ、何も教えてくれなかったのよね……。

 私に知らせない事が二人の優しさの裏返しなんだって、少し経ってからわかった。


 私は二人だけそんなに頑張っているのを知って、どうすれば二人の隣にいつまでもいられるか考えた。勉強も大事なのはわかっている。けど、いざって時が来るかもしれない。

 そんな時、私は恐らく武器を持つ事を躊躇ってしまうだろう。でも、二人の足手まといにはなりたくない。なら、私には何が出来るのかなって考えた。

 そこで私は二人の足を引っ張らないように、それなら自分の足で逃げようって思ったの! カイも言ってたわ! ”目には目を、歯には歯を“って! なら私は足には足をってね! 


 それ以来、私もこっそり一人で走って体力をつけ始めた。走るのは苦じゃなかった。むしろ私に必要なものだったんだなって、すぐにわかった。

 やっぱり私は、無我夢中で身体を動かす事が好き。勉強で疲れた頭に新鮮な風が吹くような感覚が、この時の私に必要だったようで、なおさらに良かった。

 体力もある程度付いてきた時、帰り道の森の中でカイがいきなり走り出してかけっこした事があったけど、ゴールの河原に私はカイよりも早く着く事が出来たのッ!


 やっと私にも、カイより優れたものを手に入れた。ハイクにはすぐに勉強で勝つ事が出来たからそこまで気にしていなかった。

 でも、カイにはずっと負けていた。負けっ放しだった。いつでも近くにいるからよくわかる。よくわかってしまう。私とカイの間に隔てる大きな差が。

 それが私には辛かった。カイはあんなに出来るのに、私はこれしか出来ない。カイはそんなつもりはないんだろうけど、カイの歩む一歩は私の何十歩、何百歩も先を行き、その後ろを歩いても追いつけない距離が、私にはもどかしかった。




 だけど、ついに、ついにカイに勝てるものが出来たッ! 


 ……カイとハイクには秘密だけど、この時ね、ようやく私は二人の隣を歩けるようになった気がしたの。


 二人はきっと、ずっと前から一緒に隣を歩いてきたじゃないかって言うんでしょうね。


 確かにいつでも二人の隣に私もいたわ。


 ………でもね、見えるだけの隣じゃないの。近くにいるだけの隣じゃない。


 私の中の想いが、二人に相応しいだけの距離を創造し、想像してしまって、二人の想いに私は寄り添えていなかった。


 二人の後ろを付いていくだけだった私には、胸を張って二人の隣を歩けるだけの”何か“が必要だったの。


 多くの人は私の事を笑うかもしれない。……そんな”何か“は要らないよって。


 そんなぴょこんと背伸びをするだけの小さな世界に、私はまだ閉じこもっていたままだった。


 それでも、この時の私の中の小さな世界は、ほんの少し大きくなったような気がした。




 イレーネのこの時の気持ちをもっと一杯書きたいのですが、いずれもっと深く掘り下げたいと思います。イレーネ視点はあと二、三節で終わるかもです。

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