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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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イレーネ視点 一 “小さな世界”

第百四十二節

 私の名前はイレーネ。カイとハイクの幼馴染よ。一言に幼馴染と言われてもどのくらいの深い付き合いかわからないって? 

 うーん、それを説明するには二人との出会いから言わなければならないかしら。ちょっと長くなっても良ければ語らして貰うわ。

 




 小さい頃は近くに二人以外に遊べる友達もいなかったから仕方なく遊んでた。私も女の子だもん。せっかくなら、女の子の友達と一緒に遊びたいってずっと思ってた。

 最初の頃は男の子と一緒にいる事自体、ちょっと嫌だった。でも、一人でいるのはもっと嫌だったから、ちょっと離れて二人の後ろをくっついて歩いていた。

 私は素直じゃなかった。二人から一緒に遊ぼうと誘われても、私の名前を呼ばれても、返事をする事はなかった。




 ただ、近くにいてその様子を見ている事が、私に出来る精一杯だった。




 二人の名前を呼ぶ事なんてまずなかった。今じゃ考えられないけど。


 家の手伝いが終わると、いつも二人は大きな木の周りで遊んでた。私もいつものようにその近くに座って、その日も二人の様子を見てた。

 木に昇ってわーわー言ってる二人の近くにいたら、ある時ふと、私も木に昇ってみたいと急に思って、二人の後を追っかけて昇ってみた。

 最初は怖くなかった。どんどんと手を伸ばしては上へと駆け上がっていくのは面白かった。早く来いよって煽る大きい男の子に、どうしても見返してやりたくて必死になって昇った。


 だけど、ある程度の高さまで辿り着いて、下の方を見てしまった。


 落ちたらたらどうしようって思うと手が震えてきて、しまいには後もう少しのところで足も(すく)み上がって、手を伸ばしたくても身体は言う事を聞いてくれなかった。

 ……こんなところで泣いてしまったら、私はもうこの二人の近くにいる事も出来ないんじゃないかって思えた。

 大袈裟よね。そんな事はある筈もないのに、当時の私にはそうなるんじゃないかってびくびくと怯えるだけの、小さな世界しか知らなかった。






 そんな時、私よりも背の小さな男の子が、私に向かって手を差し伸べてくれた。






 最初は伸ばされた手の意味がわからなかった。私がキョトンとしているとその小さな男の子は、“どうしたの? 早く手を掴みなよ”って言われて、私に向かって手を差し伸べてくれたんだ、とようやくわかった。

 信じられなかった。お父さんとお母さんから、周りの人には絶対に弱みを見せるなって教えられてきたから、この男の子の手を掴んでいいのかわからなかった。

 ……でも、せっかく伸ばしてくれた手を掴まない理由を親から教えられていないなって、咄嗟にそんな考えが浮かんだ。

 なら、この手を掴んでみてもいいんじゃないかなって、自分と親への言い訳を自分へ言い聞かせて、差し出された手を掴んだ。

 小さな男の子に引っ張り上げて貰える事を期待していたけど、その小さな男の子は力が無くて、結局は隣にいた大きな男の子が私の事を引っ張ってくれた。


 私は二人の横に立って初めて高い場所からの景色を観る事が出来た。その木の上から見たどこまでも続く小麦畑の広さに圧倒された。

 ……凄い。私のいる村ってこんなに広いんだって、その時はそう思えた。私の中で何かの見える世界が変わった気がした。


 “私達のいる村ってこんなに広いのね”って、私は初めて二人に口を開いた。


 私はその言葉を口にした時、やっと自分の気持ちを伝えられたって思った。


 きっと私は、ずっと二人と友達になりたかったんだと思う。


 二人に自分から語りかけた。そして私の言葉に同意して貰える事を、どこかで期待していた。


 だけど、私の事を引っ張り上げられなかった小さな男の子は、ニコニコしながらこう言った。




 “そうだね。この木に昇って観るからこそ景色は広く観えるね。この村も広いなって思えるかもしれない。だけど、僕はこう思う。世界はもっと広いんじゃないかなって“




 この子は何を言っているんだろう? 世界はもっと広い? そんな事は今まで考えた事は無かった。


 私の中の小さな世界は、間違いなく大きく変わった事をこの頃の私にも確信出来た。




 学校に通うよりも前から二人とは仲良くなれた。この出会いは大きな変化をもたらした。


 一つは両親の変化。お父さんもお母さんも、私がカイとハイクの友達になれた事を知ると大喜びをした。

 両親はカイとハイクの親達とも仲が良かった事もあって、殊の外に喜んでくれた。


 もう一つは沢山身体を動かすようになった事。今までは二人の近くで眺めているだけだったのが、一緒に遊ぶようになって、はしゃぎ回る事が大好きになった。追いかけっこではいつもカイが鬼の役になっていた。


 お馬さんを借りる申請をすれば借りられるってハイクに教えて貰ってからは、週末に両親にお願いをしてお馬さんに乗るようにもなって、高い景色の中を風を切って走る楽しさを知って以来、私はお馬さんに乗るのが好きになった。


 私はとても活発になったなぁって常々思う。言葉数もどんどん増えていった。


 そして、一番大きく変わった事は、カイから色んな事を教えて貰える機会が増えた事。


 カイとハイクは私と同い年だった。ハイクは身体能力が高くて本当に同い年なのかって思えたけど、カイは凄く沢山の事を考えたり色んな事を知り過ぎていて、絶対に同い年ではないだろうなっていう変に確信めいた感想を、小さいながらに抱いていた。



 その考え方や知識は、私にとってはどれも新鮮だった。中でも驚いたのは、カイが帝国以外の国に興味があると言った事だ。


 帝国が滅ぼすであろう国々に興味が湧くなんて、普通の思考ではまず抱かない感情だと思った。帝国ではいずれ他の国々は滅びると教えられているから、滅びゆく国に興味を持つなんて私には考えられない事だった。


 この事は、私達以外の誰にも知られてはいけない秘密だった。帝国の法律に従うのなら、私とハイクはカイの考えを密告しなければいけない事なのはわかっていた。


 だけど、そんな事をしてしまってはカイとその家族が罰せられるのは明らかだった。それは恐らく、カイとの永遠の別れを意味する事だというのは、私もハイクも心のどこかで理解していた。


 カイだってわかっていた筈だ。それなのに私達に話してくれた。私達の事を信頼して。私は、その信頼を裏切りたくないって思った。


 この時にはもうカイとハイクという存在が、私の中でかけがえのない存在になっていた事を知ってしまった。




 そう、知ってしまった………。




 学校に通うようになると、私達がいつも遊んでいたあの木が集合場所になっていた。私が二人にお願いしたんだけどね。あの頃の気持ちを忘れずにいられるような気がしたから。


 私は文官を志望する道を選んだ。本当はハイクと同じく士官にもなりたいなって思っていた。身体を動かすのは大好きだったし。


 ただ、士官になれるのは男の子だけだった。ハァ〜ッとこの時は溜息を吐いたけど、カイも文官になるつもりなのは事前に知っていたから、そこまで大きなショックはなかった。


 文官教育を受けるようになると、よりカイの異常さを目の当たりにする。とんでもないスピードで飄々(ひょうひょう)としながら問題を問いていく様は、上級生達にも同い年の子達にも、あのとんでもない教師にも驚かれていた。


 当然よ。だって学校に入学したての子供が授業を聞いているとはいえ、パパッと問題用紙に文字を書いたらそれが全問正解なんだもの。


 それはカイにとっては当然でも私達とは違う当然であり、その事がもたらす周りとの温度差が広がるのは自然な事であり、また必然でもあった。


 次第にカイは勉強だけでなく、体術の授業にも打ち込むようになった。それがまた周りの文官志望の子達の勘に障ったようだが、カイが傷付いて授業から帰ってくる事は彼らにとって、この上ない喜びであるようだった。


 私には到底理解出来ない感情だった。カイが勉強を出来るのはカイの実力によるものだし、自分より優れた能力を持つ者を(ひが)んで、集団で悪口を言うのは間違っている。


 カイがいない間に私に対してカイの悪口を吹き込んで、私の気を引こうとするような子もいた。


 バカなんじゃないの? 他の人を蔑んで自分の方が優れているように見せかけて、私の気を引けると何で思えたのかがどうあっても理解出来なかった。


 何より私の大事な友達をバカにするような人に、私の心が(なび)く事なんてありはしないんだから。本当に呆れてしまうわ。


 フーシェだけは正々堂々とカイに実力を持って挑もうとしてた。敵対心が強かったみたいで、他の子達とは違う意味でカイの事を憎んでいたようだったけど。




 私は学校に通うようになって、人の醜さと脆さを初めて知った。


 こんな小さな争いも、この世界から無くなって仕舞えばいいのに。


 人は何で、こんな小さな世界でも争いたがるのだろう。


 私の中の小さな世界以上に、より小さな世界がある事への虚しさが微かに心を掠めた。

 


 

 

 また長くなるかもです。ハイクとイレーネ視点はそれぞれ数節程度で終わらせる予定ですが、感情の変化とそれぞれから見た景色をきちんと書きたいと思います。

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