カイの考え 一
第百三十四節
僕達は沢山、沢山泣いた。
どれだけの時が経ったのだろう。長い時を経たのかもしれない。あるいはそこまで時は過ぎ去っていなかったかもしれない。
泣いて泣いてひとしきりした後、僕は思考を現状と未来へと向けた。
この悲しみと憎しみの連鎖を止めたい。この連鎖は止まる事は知らなくても止める方法はある。
それを証明しているのは、言うまでもないが同じく歴史が証人だ。
「ねぇ。ハイク、イレーネ。ちょっと僕の話しを聞いてくれないかな?」
正直に話そう。僕が考えている事を。そして、僕達の置かれている現状について共通の認識を持てるこの機会を生かそう。
「どうしたんだ。カイ。もう泣き止んだのか?」
「ハイクこそ、もう泣かなくていいのかい?」
「あぁ、もう充分過ぎるくらいに泣いた」
「二人共、目が腫れてるわよ」
「イレーネはすっごく腫れ上がっているよ」
「しょ、しょうがないでしょッ!!」
「「ぷっふふ……」」
少しずつだが会話のする余裕も出てきた。……よし、二人に思い切って僕の目指す目標を伝える。
「ハイク、イレーネ。僕の勝手な妄想を二人に聞いて貰いたい」
「妄想? またカイの気難しい話しか?」
「ちょっと面倒くさい話しではあるかな」
「……カイが面倒って言うんだから、よっぽど面倒くさい話しよね」
「面倒くさくて夢物語のような話しだよ。現実的ではないけど、僕はこれから旅を続けながらも、旅の果てに成し得たい目的さ」
「さっき俺らに聞いていた質問か? カイは何をやりたいんだ?」
そう、やりたい事。僕はこの旅を通して無理かもしれないけど、自分の中でやりたい事は決まっている。
「僕は、帝国という国の在り方を認めていない。弱い者が大変な思いをして苦しむような制度は間違っている。僕はね、僕達のような被害者をこれ以上出したくないんだ」
「……随分と難しい話しね。私も私達と同じように大変な思いをする人達が、この先出てくる事はもちろん願ってないわ。…でも、私達に一体何が出来るっていうの?」
「そうだね。僕達のような小さな子供には何も出来ないかもしれない。だけど僕は……」
イレーネの言う通りだ。そんな事はわかっている。けれども、帝国の在り方は……いや、この世界の在り方は間違っている。
「僕は、帝国の今の制度を無くしたい。弱い立場の人ばかりに負担が集まる制度は間違っている。僕は弱い立場の人が守られるような制度を帝国に求めたい」
「カイは何を言っているんだ? そんな事不可能だろう。帝国はゆくゆくは世界を統一するんだ。弱い立場の者が何を言ったって無意味だろう」
「ハイク。僕達は確かに何も出来ない小さな子供だ。でも、僕は今の帝国の制度のまま支配が続けば、間違いなく沢山の被害者が生まれる。そして、もし帝国が全世界を支配したとしても、その平和は長い間は続く筈がないんだ」
「……どういう事? 世界が一つの国に平定されれば、永遠の平和が来るんじゃないの?」
イレーネはとても不思議そうに僕を見つめながら、僕の真意を知りたがっているようだった。イレーネはそうなると思っているようだけど……これも違うな、イレーネはそうなる事を願っているんだろうな。
僕は自分が今まで歴史から学んだ事を持って答える。
「イレーネ。人が人である以上、永遠の平和なんてものはありはしないよ。人であるが故に、欲や
不満の想いって言うのは、いつの時代でも誰しもが抱いてしまう人間の本質なんだ」
「……カイ。私には貴方の考えている事がわからないわ。カイの考えている事を教えてくれない?」
心底何を言っているのかわからないようだった。頭の良いイレーネがわからない筈がない。わかりたくないんだね、イレーネは人への希望を捨てていないんだ。
「辛い立場でいる事を強いられる人達からしたら、その想いはどんどん膨らんでいき、やがては小さな暴動に、次は一つの反乱へ、しまいには国を分かつように小さな国家が乱立するような事態もあり得るんだ。だから、永遠の平和はあり得ないんだ。とりわけ、そのお皿に乗っている物の影響は大きい」
「………パンか?」
「正確にはパンの元になっている小麦とかだよ。僕達が農耕をする以上、争いというのは尽きない。人は自分の土地が貧しい地であれば、隣の豊かな土地を奪ってでも豊かになろうとする。自分の仲間や家族のためだという建前でね」
日本で米などの農耕が根付く前の縄文時代は、およそ一万年もの平和な時代が続いていた。他の国でも同様だ。農耕は人類に豊かさをもたらすと同時に、権力や争いを招いてしまった。
「じゃ、じゃあ……カイはこういう小麦の存在自体を無くそうって言うの?」
「ふふふ……そこまで極端な発想は浮かばなかったかな。イレーネは随分と大胆な事を考えるんだね」
「わっはっはっはっは! イレーネは面白い事言うなぁッ!!」
僕とハイクに笑われて、イレーネはカァッと両の頬を真っ赤にしながらツンと反論する。
「わ、私がそう思ったんじゃないわよッ!? カイならそのくらい言いかねないって思って、予想して言葉にしたのよッ!!」
「……そういう事にしといてあげる」
「カ、カイったらッ!!」
「「わっはっはっはっはッ!!」」
……ふふふ、これでさっきの意趣返しも出来たね。僕がさっきイレーネに言われた言葉を、そのまま言い返された事にも気付いたようで、ますます顔を赤く染めていく。
「……ごめん、ごめん。そう恥ずかしがらないでよ、イレーネ。そういう僕にはない発想をする事がイレーネの魅力だよ。もちろんハイクもね」
「えっ? 俺もか?」
「うん。僕にはない発想や言葉を二人は時折話してくれて、とてもいい刺激になるんだ。僕の求めている制度はそんな制度だよ」
「ますますカイの言っている事がわからないわ? 一体カイは何が言いたいの?」
「僕の考えはね、こんな美味しいパンがこの世界から消えてしまうのは、人類の発展の歴史を否定する事だと思う。こんなに美味しい物を帝国の民達や、世界中で今も食べる事に困っているみんなが食べられるような世界になればいいなぁって思うんだ」
「そして、一人一人の尊厳を認めて、みんながみんなの考えに耳を傾けるような仕組みがあれば良いなって感じるんだ。弱い立場の人の意見も聞かれるような国。そんな国がこの世界のどこか一つにもあってもいいんじゃないかな? そのために、数十年か数百年の平和が築けるように努める。それが僕のやりたい事の一つだ」




