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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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商人のような者たち

 この国では午前で授業が終わる。

 午後からは家の手伝いをしなければならない。


 先生が目覚めて自分の席から立ち、壇上にまで歩いて来る。

 その足取りは寝起きと言わんばかりにフラフラしている。


「では今日の授業はここまで。各自家に帰り次第、家での務めに励むように」


「「「「「はいっ!」」」」」


 みんな一斉に立ち上がり、家へ帰るための支度を始める。


「よし、俺らも帰ろうぜ」


「さぁ、早く帰るわよ」


 二人は少しでも早く帰りたいようだ。朝の話しが気になってしょうがないみたいだ。


「そうだね。じゃあ帰ろうか」




「……」




 少し早歩きで帰り道を歩く。

 村の中心部から離れると森が見えてくる。

 朝来た道を途中までは同じように帰る。

 本来であればそのまま真っ直ぐ進むだけで家に着くのだが、森に入ると本道の脇に小さな道があり、森の中を回るような感じで最終的には同じ本道に合流するような道になる。


 村の木こりの農奴が木の伐採作業時の運搬をしやすいように、森の中には道が幾つもあるのだが、この時期は木こりも伐採の作業ではなく畑の農奴として農作物の手入れをしている。

 だから今は、木こりの農奴はこの森に入ることはないし僕達のような学校通いの子供じゃないと、この時間は誰もこの森の脇道をほぼ通ることはない。

 今はみんな仕事の最中だ。

 沢山の木々がそびえ立ち、木漏れ日の光が地面を照らし森の中は以外と明るい。

 田園風景の中を帰るのも楽しいが、森林浴を味わえながら帰れるこの場所は僕のお気に入りの場所だ。


挿絵(By みてみん)


「この道に入れば大丈夫だろう。カイ、もう教えてくれてもいいだろう。早く教えろ!」


「そうね。カイの考えてることを教えてちょうだい! 誰にも言わないって約束するから」


 二人はそう言って朝の話題を急かす。

 早く知りたくて仕方ないみたいだ。


「わかったよ。僕が考えてることを二人にも伝えるけどこれは本当に秘密だよ。二人の家族にも言っちゃだめだ。変な噂になったら、帝国からこの村が睨まれるかもしれない。二人に話すのは、僕達の家が国境沿いで色んな危険があるから用心して欲しいんだ」


「おう、約束する。任せとけ!」


「うん、約束するわ。カイが心配してくれてるから私達に話してくれるんだもの。絶対に守る」


 約束してくれると言った。

 だが、僕の中では約束を交わさなくても本当は別に良いんだ。

 この二人には、深い信頼をおき沢山の秘密を共有してきた。一度も秘密が漏れたことはない。


 例えば、僕の父さんがクチャクチャ食べながら肘をついてご飯を食べて、その度に母さんから”カイの見本にならないでしょう。口を閉じて、よく噛んで、器を持って食べて下さい“と冷たい笑みを浮かべながら小言を漏らすとか。そんなどうでもいい話題で、二人は面白可笑しく笑ってくれた。


 面白そうな話題ならついつい自分の家族に話してしまうかもしれない。

 ご近所でお互いの家族をよく知るからこそ“これくらいなら話してもいいだろう”と考えて、話してしまってもおかしくないのだが、この話しも漏れることはなかった。

 漏れてたら父さんの鉄拳が頭上に降りかかり、母さんの小言ではなくお叱りの言葉が、僕の耳の右から左に流れていたと思う。

 この二人に“秘密だよ”と前置きした上で話すと、それは僕らだけの秘密になる。

 僕はこの関係がとても好きだ。何があっても僕達はお互いを信頼出来る。

 前の世界でもここまでの友情は築けなかった。


 ……こんなどうしようもない世界で、こんな仲の良い友達が出来たことが心の救いになっている。


「わかった。じゃあ僕の考えを話すね。ただ、二人にも少し考えて欲しい。何で“商人のような”って言ったと思う」


「うーん、商人じゃなさそうな感じだからか?」


「商人じゃない何かの仕草をしているとか?」


 さすがイレーネ。“仕草”っていう言葉がパッと出てきた。

 ハイクはこういう時それっぽい言葉を抽象的に言うから二人の性格が出る。


「うん、二人の言うように商人じゃなさそうな仕草を何人かはしているんだ。自分では意識していないんだろうけど、染み付いた癖のある仕草をするんだ。ハイクみたいな」


「俺っ!?」


「体術の訓練を思い出して欲しいんだ。ハイクは投げ技に移る前に一気に素早い足運びをするんだけど、彼らはその足運びにそっくりなんだ」


「…どういう事よ?」


「ハイクが投げ技を決める時は、足取りがかなり静かで、素早く移動して畳み掛けてくるんだ。技を決める時は、地面に足がついた途端に、一気に力を入れて投げてくる。彼らの足取りは、ハイクのような素早い足運びが身体に染みついていて、彼らはただ歩くんじゃなく、常に足がただただ静かに移動しているんだ。普通歩く時って“ぺたぺた”って音が出そうだけど、時折彼らは音がない。無音で歩いてるんだ」


「無音ってそんなのありえんのか? …ってか何でカイはそんなのわかるんだ?」


「僕を投げまくってるハイクがよく言うよ! 学校の中で一番多くハイクに投げられまくってるんだ! そのくらいわかるようになるよ!」


 素早くハイクを投げようと試みるが、逆にスッと投げ返されてしまった。


「まあ俺を早く投げられるようになってくれ」


「…うぅ、何で僕ばっかり投げられるんだ...お陰で受け身ばかり上手くなるよ」


「なに涙目になってんのよ。あんたが好きでやってるんでしょ。ほら、立ち上がりなさい」


 そう言ってイレーネが手を差し伸べる。


 …ああ、やっぱりこの二人はいつでも僕に優しいな。

 学校で体術の訓練を受けた時のハイクが手を差し伸べた姿とイレーネの姿が重なる。

 僕は手を握り、本日何度目としれない地面から身を起こす動作をこなす。


「今のを見て、たしかにハイクの移動が素早いっていうのはなんとなく分かったわ。…でも、足取りが早いってだけで商人じゃないって言えるの? 商人でもそんな人はいるんじゃない」


「そうだね。確かに足取りが早い人はいると思う。ただ、足取りが早くて無音なだけなら良いんだけど、それだけじゃないんだ」




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