砥草
第百二十三節
早速、大きな作業台の上に置かれた木や道具類を、向こうの小さな作業台の上に移動させる。手に道具を持って良くわかったけど、どの道具も使い込まれ大切にメンテナンスされている事がわかった。
ヨゼフも言っていたけど、キャロウェイお爺さんは本当のマメな人なんだと思う。宿屋の清潔さを保っている様子や、道具の管理の仕方を観察して、そして実際に道具を手に取る事で、より一層実感する事が出来た。
道具や物、建物を大切にする人は本当に良い腕を持つ職人さんが多い。そんな人に期待されて木を削る作業を任されたんだ。頑張らなきゃっ!!
キャロウェイお爺さんの指示に従って、最初にクランプが当たる箇所を予想して、そこを粗布で何重にも巻いて保護し、作業台に木を固定させる。
そして、キャロウェイお爺さんが罫書いてくれた線に沿って、大きな鑿と小槌を使って削っていく。まずは力を入れずに右手に握った小槌を左手に持った鑿に向かって叩く。
おぉ! 凄いっ! この力でここまで削れるなんて思わなかった。やっぱり良く手入れされているんだな。鑿の刃がスッと木に入り込み、その刃の鋭さを物語っている。
この力でこのくらい削れるという感覚がわかったので、今度はもう少し力を入れながら叩いてみる。……いい感じだ。ちょっとずつ力を入れていき、どのくらいの力で叩くのが適切かを掴んでいこうと試みる。
…………このくらいの力ならいいかな。このまま削っていこう。
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ
カンカンカンッ カンカンカンッ
工房の中には音のリズムも、叩く対象が違う事で音の高さも異なる鑿の音だけが、工房の中に響き渡る。
その音は異なっている筈なのに、それはなぜかとても心地良く、僕の心はその音を聞くたびに自分自身が叩かれて鼓舞されているような気にしてくれる。
次第にどんどん楽しさが増していく。
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!!
カンカンカンッ! カンカンカンッ!
僕の背にいるキャロウェイお爺さんの姿は見えないけれども、キャロウェイお爺さんが今どんな気持ちで叩いているかが伺えた。多分だけど、僕も同じ気持ちだから良くわかる。
まるでその音は歌っているように、軽快に、楽しそうで、嬉しさが溢れた音色だった。
──※──※──※──
ある程度削れたら、一度クランプを外して叩く面を変えたりしながら作業を続けていた。この道具に手慣れてきたし、楽しい気持ちも相まってついつい叩く事に夢中になってしまう。
しかし、こういう時に、とりわけ慣れてきた時に調子に乗って過度な力で叩いたりするなど、こういう場面で失敗してきた過去の自分を知っているので、思いを引き締めて作業に臨む。
……うん、うん。いい感じかな。全体的に罫書いた線のほんの少し手前まで削る事が出来た。次は右手に小さな鑿を手に持ち、再び力を入れずに鑿を叩き始める。
小さな鑿に変えた事で、曲線部や細かく削らなければいけない箇所を削れるようになって、かなり完成形に近づいてきた。
…これなら短刀に持ち替えてもいいかな。ほんの少しだけ角の部分を削るだけなんだけど、小さな鑿で削るよりも更に細かく削れる。
尖っている箇所があったら、何かの拍子に手を傷付ける可能性もあるからね。こういう面取り作業は安全性を考えると外せない。
さっきよりも、よりそれっぽくなってきたっ! もうこの形を観てるだけで嬉しくなる。あともう少しで完成するんだろうなぁ〜。楽しみっ!!
言われた作業を終えて、僕はキャロウェイお爺さんに近づいて次の作業指示を伺う。まだ罫書いた線はちょびっと残したままだけど、渡された道具を見て次の作業で本格的な仕上げが待っている事がわかっていたので、あえて残したままにした。
「キャロウェイお爺さん。ここまでの加工を終えました。もう少し削り込みが必要か見て頂いてもよろしいでしょうか?」
手に携えていた完成形に近づいた木をキャロウェイお爺さんに観てもらう。削った箇所をジーッと眺めてから口を開いた。
「うむ、充分じゃ。次はあのヤスリを使って木を滑らかにしてくれ。最初は金属のヤスリを使って程々に削り、その後は砥草のヤスリを使って全体を滑らかにして欲しい」
「トクサ? もしかして、あの色んな大きさの丸い物と平たい棒に乾燥した植物みたいなのが貼り付けてあるあれですか?」
「そうじゃ。使った事がないのか? 使い方は普通の金属のヤスリと変わらん。擦って滑らかにするだけじゃ」
「わかりました。もし、秘密でなければ教えて頂きたいのですが、あの乾燥した植物みたいなのは何ですか?」
気になって聞いてみた。何か特別な植物なのだろうか。
「ほれ、あの窓から見えている細長い植物じゃ」
「えっ!? あれですかっ!? 嘘ぉ!?」
まさかあの植物がヤスリになるなんて思わなかった。以前の世界で住んでいた家に、ポンポン生えてきた雑草だと思っていた植物。あれが本当にヤスリになるの?
「おぉ、その反応なら見た事があるようじゃな。あれが砥草じゃ。ほれ、そこの籠の中に入っておるのがそれじゃ。砥草の節ごとで切って茎を割り、それを一月以上天日干しにさせる。儂は細かな作業でも使いやすいように、木に貼り付けた状態で使っておるが、そのままの状態で使っても構わん。乾燥した草が破れるからのう」
し、知らなかった。そんな活用法が出来る植物だったなんて。今まで雑草だと思って捨ててたよ。
「使ってみてわかるが、あれのおかげでかなり滑らかに仕上げてくれる。きっとカイの事じゃ。楽しくなるじゃろうな」
まだ会って間もないのに、僕の性格がバレているようだ。……うぅ、否定出来ないのが何だか恥ずかしい。
「あと、わかっていると思うが、加工した箇所以外は砥草のヤスリだけで削るように。せっかくの木の良さを損なわないようにするのじゃ」
「はい、わかりました」
僕はうきうきしながら自分の作業場に戻ると、すぐに作業に取り掛かる。
平たい面の部分にだけ金属のヤスリをサッと掛け、その上から平たい棒に貼られた砥草のヤスリを掛ける。
スッ、スッ、スッ
おぉっ!! 本当に砥草でヤスリを掛ける事が出来たよ!
それにさっきの金属のヤスリを掛けた時よりも、木の面がもっとサラサラな触り心地になっている。凄い。
こんなに凄い植物を、僕は引っこ抜いて捨てていたんだね。単なる雑草と思い込んでいたこれまでの自分が情けない。
もっともっと触り心地を良くしたいなっ! よし、頑張るぞっ!!
スッ、スッ、スッ
サッ、サッ、サッ
ついさっきまでの甲高い楽しげな音が響いていた工房に、今度は静けさの中により軽やかな動きを伴う音が、工房内を行き巡る。
音を聞いててわかったけど、キャロウェイお爺さんも魔石の研磨を行っているようだ。向こうも順調に次の作業に取り掛かっている。このまま作業が進めば、形だけは完成するだろうな。
僕は加工した箇所のヤスリ掛けを終えたので、美しく綺麗な木肌の方のヤスリ掛けの作業に入る。キャロウェイお爺さんに注意されたけど、木の本来の良さを損ねないように丁寧に作業する。
楽しくてついついやり過ぎないように、もう一度気を引き締めて真剣に行う。それから暫くそれぞれの仕上げの作業は続いた。
恐らくお読みの皆様も見た事があるであろう、砥草という植物でした。結構繁殖力が高い植物で、昔の人は歯磨きにも使用していたようです。
本当は万力や金属のヤスリにも言及しようとしましたが、既に道具や材料の説明が長くなっているので、次に鍛治工房で作業する時にでも含められたらと考えております。
次はくっつけです。




