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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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神聖さと蘭奢待(らんじゃたい)

第百二十二節

「うむ、それで良い。では、早速取り掛かるとしよう。金についてはヨゼフも来てから話すとしよう」

「……本当にキャロウェイお爺さんはお人好しなんですね」

「くわっはっはっはっ! まぁのぅ。損ばかりしておるかもしれんが、別に儂はそれでいいのじゃ

!!」


 わざわざヨゼフもいる場でお金のやり取りを話す。これはつまりお金の相場も知らない僕のために、ある程度の相場価格も知っているであろうヨゼフも交えて話す事で、僕にとって不利な話し合いを避けさせようという提案だと思う。

 キャロウェイお爺さんは自分にとって損かもしれない取引でもいいなんて、本当にお人好しが過ぎる気がする。


「カイ。お前さんの腰にぶら下がっている魔石を見せてくれ」

「はい、わかりました」


 腰にきつく縛っていたので、すぐには魔石を出せなかった。ちょっときつく縛り過ぎた袋の紐に苦戦しながらも、なんとか紐を(ほど)き袋から魔石を取り出す。


「これです」

「………随分とデカい魔石じゃのう。それに魔石が既に魔力で染め上がっていないか。えらく早いと思うのじゃが」

「やっぱりこれはデカい魔石なんですね。ドーファンも言ってました。多分、魔石が染め上がっているのはヨゼフとドーファンのおかげだと思います」


 僕の魔力も含まれていると思うけど、ヨゼフとドーファンの魔力も間違いなく含まれている。あの宣誓の儀の時に、周囲に二人の魔力が満たされていったからだ。

 


「だが、これをそのまま使う訳にはいかんな。振るなどの動作の最中に、魔石の重さが木に(まさ)って、木の方が魔石を支えきれずに折れるかもしれん」

「えっ!? それは困りますっ! どうすればいいですかっ!?」


 思いもしなかったキャロウェイお爺さんの見解に、焦って解決策を聞いてしまった。それじゃあこの計画自体がパァになってしまう。


「大丈夫じゃ。儂がこの魔石を問題ないくらいの大きさに加工するから安心せい。カイはその間に儂の言う通りにあの木を加工して欲しい。あれもこっちに持って来てくれんか」

「はいっ!」


 なんとかなる事に安心しきって大きな返事をした。良かった。目的は果たせそうだ。壁に立て掛けてあった例の木を持って、キャロウェイお爺さんに差し出した。


「この木です。こっちの木はヨゼフが矢にしたいって言ってました」


 ポンッと手渡した二つの木をジッと眺め、まるでその木を鑑定するようにゆっくりと観る。やがてポツりと小声でキャロウェイお爺さんは語る。




「………やはりのう。この木からは途轍もない程の特別な力を感じ取れる。手に持って、実際に眺めて観る事でより実感出来た。カイとこの工房で初めて会った時から気になってはいたが、これはなかなかの物じゃのう……」

「本当ですかっ!?」


 わーいっ! まさかそんなに良い物だったとは。不思議な感じがしていたから持ってきてどうやら正解だったようだ。


「これはあの瘴気の森の中で手に入れたのか?」

「はい。僕が魔法を使った後、戦いの後に木を眺めたら不思議な気配を感じて、ヨゼフにお願いして手に入れました」

「……魔法じゃと?」


 さらに木をまじまじと眺めながら、キャロウェイお爺さんは深く考え込む。魔法という言葉に敏感に反応しているようだった。


「カイ。魔法を使う前に、この木からは何か特別な力を感じたりはしたか?」


 そう言われて思い返してみる。あの時は無我夢中でハイクとドーファンを救おうと、ジャイアント・グリズリーに立ち向かって、あの巨大な手で飛ばされて木にぶつかったのが最初だった。

 その時は、特に木からは不思議なものは感じなかったと思うけど……


「うーん。戦いの最中だったので深くは覚えていませんが、魔法を使う前には不思議な感じはしなかったと思います」


 そう答えた。でも、この答えは間違っていたのかもしれない。キャロウェイお爺さんは僕の答えにすかさず反応して、続けてこう言ったから。







「カイ。この事は他言無用じゃ。儂から皆の者にも同様に後で伝える。村の者にも、そしてこれから会う者達にも絶対に話してはならん」






 キャロウェイお爺さんの口から出たとは思えない、低く鳴り響いた言葉にビクッと身体を震わせる。その厳しめな口調が怖かった。僕はオドオドしながらも質問する。


「ど、どうしてですか?」

「もしこれが魔法によっての効果であったとする。だが、木にこのような変化がもたらされるなど聞いた事がない。魔法かどうかかわからんが、特別な何かがあったからこそ起きた変化だと儂は思う。……儂はこれでも沢山の木や鉱物を観てきた。我がドワーフ族は木や鉱物には特に詳しいと誇ってすらいる。これは恐らくじゃが”神聖さ“を帯びている。だが、儂でもこんな木は観たことはない。神聖な木で儂が知っているのは、エルフの国の中の奥深くにあるとされる“とある聖なる木“。その程度しか知らん」

「エルフっ!? とある聖なる木っ!?」


 うおぉぉぉーっ! また気になる事を聞けたよっ!! そんな木があるなら見てみたいなぁ〜。


「そして、その木の一部の破片が、ごく稀にじゃが取引されておると聞く。何やら特別な力を宿しておるらしい。その木の一部の破片と言えども、その価値はとんでもない高値で取引されると聞く。ある宗派では儀式の際に祭壇に置かれたり、ある国では大切に保管されておると聞く。だからこそ、この事は絶対に黙っておくべきじゃ。カイの魔法で神聖さを帯びた木が出来たという可能性がある以上、人にその推測を伝えるべきではない。ただの推測であってもじゃ。カイや皆が危険な目に遭うかもしれなくなるからのう」


 なるほど。高値で取引される品か。僕の使う魔法で、もしも木を神聖な物に変えられるなら、文字通り”お金の成る木“みたいに他の人は捉えるって事か。

 その聖なる木の一部の破片にそこまでの価値があることや、そして木の一部が儀式に使われる事を聞くと、まるで蘭奢待(らんじゃたい)みたいだなって思った。




 日本で古く存在すると伝わる香木・蘭奢待。東大寺の正倉院に収蔵されている歴史と深い関わりのある香木。元々は海外からの渡来品の一種。織田信長などもその一部を賜わったとされる香木だ。

 そしてこの香木がいつの時代に、どのように海外から日本に渡来したかまでは正確に書かれていないから、まさにロマンの塊みたいな代物しろものだ。


 香木は元となっている木が幾つかの種類があるが、蘭奢待はその中の沈香に分類される。ジンチョウゲ科ジンコウ属の常緑樹から取れるものを指す。

 その木の樹脂が長い時間をかけて胞子やバクテリアの働きによって、成分が変質して特有の香りを放つようになったものを沈香という。

 豊潤な香りを放つようになるための年月は、なんと千年以上の時を経てようやく真価を発揮する。


 元々は良い香りがする蘭麝(らんじゃ)という言葉をもじって、蘭奢待という言葉に置き換えて命名した。これの逸話が中々面白い。蘭の中に東、奢の上部の大という冠、そして待の右の寺というつくりの部分に、東大寺という三文字を隠してある。昔の人も乙な名前の意味の付け方をするものだなって思う。


 では、なぜ蘭奢待という香木が日本に伝来したか。それには仏教が関わってくる。香木は仏教の儀式に欠かせない物だった。仏様の前を花で彩り、灯りをともし、そして香木をたくことで仏前を清める供香(ぐこう)を行うからだ。

 やがて歴代の天皇は大きな功績を収めた者に、蘭奢待の一部を切り取って与えるという権力の象徴としても使われるようになった。先の織田信長などもその一例だ。




 ただの木と言えど、とても大きな意味を持つという事を表わすエピソード。つまり、今キャロウェイお爺さんが言った“とある聖なる木”というのは、この世界において蘭奢待のようにある種の権力の象徴みたいな扱いをされているって事かな。

 そう考えると、この事は大っぴらに語るべき事ではないな。それにただの推測の域に過ぎない話しだし、僕の魔法にそんな力があるとは考えられない。

 もし僕の魔法の変化と仮定して、普段の師匠との修行の時に使っていた魔法でも、周囲に何かしらの影響を見られたとしてもおかしくない筈だ。だから別の何かが要因だと僕は考える。


「とりあえずこの魔石と木に関する事情は把握した。カイ、お前さんは刃物を使って木の加工などを

した事はあるか?」

「あります」


 無論、この世界ではそこまでの経験はない。しかし、以前の世界で僕の行なっていた仕事で、普段から刃物も扱っていた。

 趣味のキャンプでもよく刃物を使って、フェザースティックという木を作ったりした。木を細かく切って毛羽立たせる事で、火がつくきっかけになるように加工した木の事だ。火起こしの際に、火種となる綿がない場合に覚えておいて損はない方法の一つで、もしかしたら今後の旅でも作る時が来るかもしれない。

 

「よし。今から儂がその木に罫書(けが)きをするから、その線に沿って木を削ってくれ。削り終わったら報告してくれ。そしたら次に中の部分をどう削ればよいか指示をする。道具は……これとこれ、それからこれを使ってくれ。どうだ、出来そうか?」


 キャロウェイお爺さんは糸巻き鉛筆を手にして、木にサッと線を罫書いていく。もうキャロウェイお爺さんの頭の中では、すでに完成した姿を思い描いているようだ。

 そして、僕の前に出された道具は短刀の他に、(のみ)、木の小槌、固定するためのクランプのような物、金属のヤスリ、大中小の何かの植物が貼られたボールのような物、同じく大中小の平たい木に何かの植物が貼られた棒のような物、数枚の粗布が作業台の上に置かれた。


「はい、出来そうです。すみませんが、一応作業手順と使い方をお聞きしてもいいですか?」


 僕は道具が並べられた時に、どれをどの時にどう使うかは想像がついた。けれども、念のために使い方を確認しておこうと思った。キャロウェイお爺さんのやり方を学べる良い機会でもあるのだ。学べる時に沢山の技術を吸収したい。


「万力は儂の方でどうしても必要じゃから、カイは向こうの作業台を使ってくれ。あの作業台にこのクランプを使って木を固定して、この大きい鑿と小槌を使って最初は大まかに削ってくれ。クランプで木を抑える部分には、必ずこの粗布を当てて木を保護するように。線の付近まで削り終わったら、その小さい鑿と小槌と短刀を使って慎重に削るのじゃ」


 キャロウェイお爺さんは作業手順を説明しながら、かつ作業で使う道具を説明に出てくる度に指を指すと言う具合に、とても丁寧に説明してくれた。予想した通りの手順だったので、作業は問題なく出来そうだ。

 僕はキャロウェイお爺さんに迷惑ばかりを掛けていたので、ここで少しでも役に立ちたいと思った。何よりこれは僕からお願いした事だし、僕に出来る事は何でも行うつもりだ。


「頼んだぞ。儂はこの作業台で魔石の加工をしておる。何かあったら声を掛けてくれ」

「はい、わかりましたっ! 頑張りますっ!!」



 

蘭奢待は今も保管されているロマンに溢れる香木です。


次の話しは、多分お読みの皆様も一度は目にした事のある植物の紹介も含みます。

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