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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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灰色の水

第百十九節

 今から作るのは、とても便利でお得な物だ。


「カイ、では着火してくれ」

「着火っ!」


 着火作業に入る。その勢いのいい返事と共に火打ち石をカチッカチッと叩いて、綿に火種を作ったら、いつもの要領で火を着けていく。


「ほう、手慣れておるのう」

「小さい頃からやってたので」


 帝国にいる頃は学校に行く前に掃除のお手伝いをしていたが、休日の手伝いで僕もたまにご飯作りを手伝っていた事もあり、火起こしは難なく出来るようになった。

 前世でも火起こしの道具は持っていたが、もちろんこの世界で使っている火起こしの道具よりも優れていたので、さらに容易に火を着けることが出来ていた。

 そのためこの世界での最初の頃は、前の世界での便利な火起こしの道具に慣れていた事もあり、火打ち石を撃ちつける力の加減がわからずとても苦戦していた。……まぁ、小さい子供だから単純に力が足らなかったっていうのもあるかもだけど。

 今ではこうしてパッと火を起こせるようになった事を思うと、この世界の暮らしにも慣れてきたもんだと感じる。

 僕が木を焚べて火力の調整をしている間に、キャロウェイお爺さんは別の作業をしていた。その作業で使っている道具を見て、関心のあまりに口を開いてしまう。




「それにしても、キャロウェイお爺さんの持っている“(ふるい)”は随分と使い込まれていますね」

「これか? これはこの村に来たばかりの時に一から作ったものじゃ」

「へぇ〜、凄いですね。糸の素材は麻ですか?」

「これは亡くなった馬の尾を利用しておる」

「僕達のいた村でも馬の尾を利用していました」


 キャロウェイお爺さんの持っていた丸い篩。その篩の主役と言える糸の役割に使われている馬の尾、つまり馬の尻尾の毛が細かく一定の間隔で張り巡らされている。

 僕達のいた村でも亡くなった馬の尻尾を利用していたが、篩に馬の尻尾が使われるのは古くからの先人の智恵で見出した物だ。


 前の世界では小麦の加工が紀元前四千年頃から行なわれていた。小麦の製粉作業で人々は多くの発明を考え出した。

 小麦の粉砕で石臼が発明され、その次に考えられたことは粉とふすまの分離。そこでは当然、篩が必要となる。実際にこれが用いられたのは、石臼よりずっと後れて紀元前百年頃とされている。

 篩が出現するまでそれほど長い年月を必要としたのは、篩の材料として適当な糸を発見することができなかったから。殻物の調製が世帯単位の家内作業であった頃は、風の利用や、手先による作業で十分賄えていた。

 しかし、石臼の形態が整い、畜力を利用した集団作業の時代に入ると、仕事は男の手に引き渡される事になる。大量の殻物が粉砕され、ふすまと粉の分離は非常な労力を必要としたため、篩は不可欠なものとして求められていた。


 そして、人々は長い間求めていた篩の糸を目の前に発見した。そう、それが石臼を引く馬の尾。馬の尾の毛で織った篩ができあがると、石臼と篩の流れ作業が考案され、馬力から水車、風車を動力に利用することによって、次第に製粉工場の形態が築かれるようになっていった。

 その後、馬の尾、麻、針金などが用いられ、絹糸が使用されるようになる。


 僕達のいた帝国では馬が身近だったから、亡くなった馬に敬意を払いつつ、馬の尻尾を篩の糸や弓の弦にありがたく使用させて頂いていた。こうして考えると、以前の世界での人類の発展に馬の存在は本当に欠かせなかったんだよね。多分、この世界でもそうだと思うけど。




 でも、僕が何よりも驚いた事実は別だ。篩を自分で作ったって事は丸い篩の木の部分、つまり木を丸くする“曲木”の作業をキャロウェイお爺さんは出来るという事だ。

 かなりの技術が必要とされている職人技が出来るんだと、暗に伝わってくる。……キャロウェイお爺さんは凄いんだな。

 ドワーフの種族は手先が器用なイメージがあるけど、こうも器用に色々な事が出来るのだろうか。


 


 キャロウェイお爺さんは、地面に予め敷いていた布の上に篩を置き、その中に集めておいた灰を、先程の山鳩を焼いていた際に燃やしていた木が灰になったものを篩の中に入れる。

 篩を宙に浮かせて、ゆさゆさと手で動かし振動を与える。すると大きめの炭が篩の上に残り、細かな灰が鍋の中に落ちていく事で、まさに“篩に掛けられていく”。


「ふむ、こんなもんじゃろ。カイ、この布を縛って鍋の中に入れてくれ」

「はい」


 僕は言われた通りに細かな灰だけが残った大きな布を縛って、それをでかい鍋に入れた。これも自作なのかな?


 


「おぉーい、汲んできたぞ」

「では、この鍋に水を入れてくれ」


 僕が火を着け、キャロウェイお爺さんが篩に掛けている間に、ヨゼフには井戸で水を汲み上げて貰っていた。

 細かな灰入り布袋もどきが入った鍋に井戸で汲み上げた水を入れ、鍋を火にかける。


「これはどれくらい煮るんですか?」

「煮て湯が沸いたら火を止める。本当は一日放置するのだが、明日の早朝には取り出す。冒険に出かけるからのう」

「本当に爺さんはマメだな」

「こういう事を毎日やる事で、後々忙しくなった時にすぐに対応出来るようになるんじゃ。現に儂は明日の出発にも慌てずにいれておる」


 鍋を火に掛けて煮沸させる。後は放っておくらしい。こうしてあの灰色の水の完成っ! 




 これが何かって? これは灰汁(あく)。料理なんかで出る灰汁をすぐに思い浮かべるかもしれない。灰汁って聞くと、わざわざ取り除かなければならない面倒なものとイメージするかもしれない。ただ、この草木を燃やして出てきた灰はとても有用な灰汁なのだ。

 これは古い時代から人類が使ってきたアルカリ性の万能洗剤だ。日本でもこの灰汁を使って、古くからの家屋や建物の掃除に使用されていた。


 僕達のいた帝国の村では主に灰を畑の肥料として使っていた。灰汁を作って掃除などに使われる事なく、小麦の生産を優先して灰を使うようにしていた。

 畑は広大だし、税を納めるのに生産性を上げる必要があるし、必然と灰の利用方法は肥料としての使い道に利用されていた。


 僕も灰汁が人類でどんな歴史を辿って、どう貢献してきて、それが次にどのように利用されてきたかは知っていたけど作るのは初めてだった。とても面白い。昔の人は何でも知っているよね。それだけ沢山の試行錯誤を重ねてきたって事だと思うけど。


「お爺ちゃん。こっちは終わったわよ」

「おっ、何かやっているのか?」

「これは何をやっているんですか? 何か袋が入ってますけど」


 言われたお仕事を終えたハイク、イレーネ、ドーファンがこちらに来た。どうやらこの作業に興味があるらしい。


「片付けありがとうのう。……これは灰汁という物を作っておる。先程の洋樽の中から出てきた黒に近い灰色の水の正体じゃな」

「へぇ〜、これは何を煮ているの?」

「山鳩を焼いた時に使った木が灰になったものを煮ておる」

「……ほう、これで灰汁が出来るのですか」


 みんな鍋の中を見つめて興味津々だった。中でもドーファンは顎に左手を添えて、その様子を何やら考えながら観ていた。




「さて、俺らは村長の所に行くとするか」

「うむ、では儂はカイと共に工房で少し教えてやるとするかのう。ヨゼフ、お前さんの槍を出してくれ」

「俺の槍?」

「物のついでじゃ。その槍も砥いでやる。カイに砥ぐ事を見学させてやるのに丁度良い。お前達の武具も出してくれんか?」


 そう言ったキャロウェイお爺さんは、出してくれという仕草で手を前に差し出した。だが、ヨゼフは少し躊躇いがちにこう言った。


「……爺さん。流石に俺でも何も武器がない状態は落ち着かねぇ。この村は安心出来るとはいえ、いつでも安全かというと違うだろ? 賊が襲ってこない可能性が高いのはわかっているが、緊急時に動けるように武器だけは持っていたいんだが……」

「確かにな」


 おぉ! っと心の中で感嘆の声を上げる。正直、ヨゼフとキャロウェイお爺さんは似てるなって思えた。

 二人とも緊急時に動けるようにって発想が根底にあるから、事前に打てる手を考えて普段から行動しているんだなぁって、一連の流れと会話を見聞きして感じた。僕も二人の事を模範にして行動しよう。


「では、あれを渡しておこう。全員ついて来てくれ」


 そう言ってキャロウェイお爺さんと共に、全員で再び工房の方に歩いて行った。工房の中に入っていきその扉を開けると、中には鍛治に使う様々な道具が壁に架けられている。


「うわっ! 何だこれっ! 凄ぇな〜っ!!」

「ねぇ、何でこんなに沢山似たような道具があるのっ!?」

「これは凄いですねっ! まさに職人という感じがしますっ!!」

「ゆっくりと見て良いぞ。ただし、むやみやたらに触れないようにな」


 それだけ言い残すと、キャロウェイお爺さんは工房の奥の扉を開けてその中に入っていく。みんな忠告通りに触れないではいたけど、今にも触れそうな勢いで目をキラキラしながら工房の中を見学する。


「カイはどれを使って刃を砥いでいたんですか?」

「炉の近くに置いてあった砥石だよ。ほら、そこにあるやつだよ」


 クイクイッと服を引っ張って質問してきたドーファンに、指で砥石の場所を示した。ドーファンはさっきから一番目を輝かせて観察しているようだ。


「ドーファンは灰汁の作り方とか鍛治に興味があるの?」

「本を読んで作り方などは知っていましたが、こうして実際に観れて感動しているんです。こんなの滅多にお目に掛かれないですから」

「なるほどね」


 言われてみると、そりゃそうだと納得した。こんな鍛治屋さんの工房なんてなかなか目にする事すら出来ないだろう。

 その時、キィィッと奥の扉が開き、沢山の槍を手にしたキャロウェイお爺さんが出てきた。




 灰汁の作り方ですが素材によっても作り方が違うようでしたので、もしかすると作り方が違うと感じる方がおられるかもしれません。

 今回はとある記事や動画を参考に本文の作り方で書きました。


 篩に関してはこんな歴史があったなんて知らなかったので、調べてみてとても面白かったです。最初はザルなどで調べても知りたい事が出てこなかったので、知りたかった事の歴史が出てきた時は嬉しかったです。


 次は作りたい物です。

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