ヨゼフと村の過去
第百十四節
「は、八百もいるんですかっ!? ヨゼフさんはどうやってそんな賊を討伐しようって言うんですかっ!?」
ドーファンは信じられないという声を上げる。そんな数の相手に立ち向かう事は無謀だと、暗に含めているような声音だった。
「俺が本気を出せば何とかなる。ただし、それには“ある条件”が必要だがな」
既に食事を終えていたヨゼフは、近くに汲んでおいた桶で自分の使っていた皿を洗い終え、今は自分の手を洗いながら答えた。
「たった一人で八百人の人間に、言うなれば軍勢のような規模の賊に勝てるはずがありませんっ!! 本気を出しても勝てる訳がないじゃないですか!?」
「……まぁ、それが普通の反応だろうな」
おもむろに立ち上がったヨゼフはドーファンの目の前に行くと、ポンポンッとドーファンの頭の上に手を乗せた。
「でもな、もう奴らの事を放っておく訳にはいかないんだ。俺を信じて一緒について来てくれないか?」
ドーファンは、咄嗟に何をされたのかわからなかったようだ。目を見開いたまま、脳内の処理速度が落ちたように呆然としていた。
イレーネとは全く違う反応だった。そして、次第に顔を下に俯いていきながら、恥ずかしさの中になぜか寂し気な声で、ヨゼフに返事をする。
「……わかりました。けれど、教えて下さい。僕達がこれから対峙する賊について、ヨゼフさんがこの村で英雄と呼ばれている理由。そして、キャロウェイさんへの貸しとはどういう意味なのか」
そうか。ドーファンはヨゼフを信じようとしていたけど、信じきれていない自分に気付いたんだ。だから、下に顔を埋めてしまった。自分が信じる、信頼するって誓った相手に真っ向から反対する事に恥ずかしさを覚えて。
でもね、ドーファン。それは別に悪い事ではないよ。だってそれは…………。
そして、何でそんなに寂しそうな顔をしているのかを、今の僕には理解出来ないでいた。
「隠す事でもないしな。それに村長の家に行く前に話しておく必要もあるしな」
ヨゼフはドカッと元々座っていた場所に座り直すと、つらつらと話し始めた。
「俺はカイの事を見張る任務のために、王都からあの森に向かっていた。俺は最短で辿り着ける道を選んだ。道中、険しい山や瘴気が強く発している森の存在は知っていた。折角なら色々なものを見る良い機会だと思った。俺はこの国では平和な村しか見てこなかったからな」
「山は確かにかなり険しい。急な斜面も多い。普通の人間の脚力では、あの山の行き来はキツいだろうな。今回はカイ達の馬がいるからそこまで大きな負担にはならないはずだ。もちろん、俺は徒歩で山を幾つか乗り越えてきた。山といっても、多くは石のような山々が連なっているから結構大変だ」
「その山を歩いている途中、俺は何度か賊に襲われた。あぁ、ここには賊がいるんだって思っただけだ。こんな険しい山だからこそ、追われた者が辿りに辿り着いたんだろうなって。山中で魔物に襲われたのは一度だけだったな」
「そこから俺はさらに歩き続けて、ようやく草原に出た。俺の足で山を越えるのに三日は掛かった。とても気持ちのいい草原でいい風も吹くもんだったから、山々を越えて来た疲れなんてすぐに吹き飛んだ。俺は自然の雰囲気を味わいながら歩き続けた」
「そんな時だ。自然な情景に相応しくない喧騒が聞こえてきたのは。誰かが誰かを襲っている事はすぐわかった。俺はその音のする方角へ駆け出して、何が起きているかを確かめに行った。近づくにつれ、野蛮な賊の声が大きく周囲に響き渡り、俺の耳には小煩く聞こえて仕方がなかった」
「そして、その賊が襲っていた場所に辿り着いた時、俺の目の前では一人のドワーフの爺さんが瀕死の状態になっていた。それが、キャロウェイ爺さんだ。爺さんはたった一人で賊に真っ向から立ち向かっていた」
「俺はすぐに賊を追い払った。その時の奴らの手勢は確かに八百〜千ってとこだったな。俺は奴らを追うよりも、爺さんや村の連中の治療に取り掛かった。……村の連中の多くは死んじまっていた。この村には本当はもっと沢山の村人がいたんだ。俺が来た時は、村がこんな砦のようではなかった。無防備だったんだ。そんな中で白兵戦で戦うしかなく、最後まで抗って戦っていたのは爺さんだけになっていたけど、爺さんが諦めずに戦っていた。諦めなかったからこそ、俺がたまたま通り掛かって助け出す時を稼ぐ事が出来たと俺は考える」
「そこから俺は一週間程だが村に留まった。任務も大事だがまだ多少の猶予はあった。だが、任務に遅れる訳にはいかない。そこで一週間という僅かな時間で区切りを設けた。その間に俺に出来る事をやった。村人の傷の治療、亡くなった村人の火葬、壊れた家の修復とか不器用ながらにな。そして、俺は俺にしか出来ない事を優先した。石山と一言で言ってもある程度の大きさの森は続いている。そこから木を切って運んでくる事を主に行った。奴らも俺なら襲ってくる事はないと踏んでな」
「俺が木を運んでくれば、あとは爺さんを中心に村の連中が建築してくれる。村を木で囲ってしまえば防壁として多少は何とかなると思っていたが、俺のいるうちに爺さんは村を囲う作業を終わらせちまいやがった。正直、俺は驚いた。俺は建築っていうと、事前に精密な設計をしてその材料を採取した場所で加工して持って来るっていうイメージがあったからな」
「そこからはお前らの知る通り、俺はあの瘴気の森を抜けて国境の川沿いでずっとカイの事を監視していた。これが俺とこの村、そして爺さんとの関係だ。ただ、俺が通りすがりにこの村が困っていた時に少し手助けしただけだ」
予想していた通りヨゼフは英雄と呼ばれる事をこの村で行なっていた。うん、やっぱりヨゼフはそれでこそヨゼフだと思った。困っている人がいたら助けてあげる、僕の想い描く“英雄”にドンピシャなヨゼフの活躍を聞いていてなんだか嬉しくなった。
みんなも口角を上げながら話しを聞いていた。僕達を引っ張っていくリーダー的な存在のヨゼフの行いは、仲間として誇らしい気持ちをみんなも抱いていた。
「……な、なんだよお前ら。ニヤニヤしやがって。今の話しがそんなに可笑しいか?」
「べっつにー。ヨゼフがヨゼフらしいなって思っただけよ。ねぇ、ハイク?」
「おう! ヨゼフ師匠はヨゼフ師匠らしくて俺は嬉しいですっ! なぁ、ドーファン?」
「……えぇ、大方予想通りでしたが、ヨゼフさんはヨゼフさんでした。とても嬉しい限りです」
「き、気持ち悪ぃな……。全く、どうかしてるぜ」
「ふわっはっはっはっは! いい仲間を持ったなヨゼフ! 人の子ながら良い子らじゃなぁ……」
キャロウェイお爺さんも、実は僕達とヨゼフとの関係性が気になっていたのかもしれない。自分を救ってくれたヨゼフと人の子の信頼関係はどうなのだろうと、ヨゼフを気にかけるのも当然だ。
「人の子らよ。この村にとって、儂にとってヨゼフは命の恩人じゃ。もし、ヨゼフがあの時この村を通り掛からなければ、この村の者は全員死んでいた。儂にはこの村と、ドワーフの故郷以外に居場所はないのじゃ。だからヨゼフが困っていたら何が何でも助けてやると決めている。それはもちろん、仲間であるお前達の力になるつもりじゃ。何か困っている事があったら何でも言ってくれ」
頼もしい腕をドンッと自分の胸を叩きながら、気前のいい返事と裏表のない笑顔でキャロウェイお爺さんは、僕達の手助けをしてくれると申し出てくれた。
おぉ! それじゃあ是非お借りしたいものがあるんだけど……。
「なぁ、爺ちゃん。爺ちゃんはどうしてこの村とドワーフの故郷以外に場所がないんだ? この国は帝国みたいに身分とかで村を移動出来ないとかってのがあるのか?」
たまにハイクは核心を突く質問をする。そうだ、このキャロウェイお爺さんにも謎が付き纏っていた。“王都の風潮”。これが恐らく関係しているように思えてならない。
「……そうじゃったな。お前さん達には説明せねばならんな。だが、これを説明するにあたって儂からお前さんらにお願いがある」
「お願い? 一体何ですか?」
説明するのにお願いがあるって、何かしらの条件とかだと思う。ここで条件を伝える事の意味が何なのか不思議に思って質問をしてしまった。
「………どうか、この話しを聞いても、儂の事を嫌いにならないでいて欲しい……」
仕事等で忙しくなかなか投稿出来ず心苦しい限りです。
ヨゼフの言っていた建築についてですが、まるで建物を建てるための現代工法をヨゼフのいた時代から行なっていたような言い回しで、ヨゼフの言っている事に矛盾を感じるかもしれん。
これにも特別な理由がありますが、後々わかってくるかと思います。




