出来なかった
第百十三節
「人って……もしかして、この村を襲おうとしている人がいるの……?」
イレーネは不安げな様子で尋ねた。無理もない。僕達は村を襲って来た帝国の軍から逃げて来たばかりだ。
村を襲う者がいると聞いただけで、思い出したくもない光景が鮮明に脳裏に浮かび上がってしまう。
「正しくは人ではなく、“者達”と言った方がいいかもしれんな。さらに正確に言うならば、“賊”と呼ばれる者達じゃ」
「賊?」
ハイクは首を傾げたけど、それも無理らしからぬ話しだった。僕達の村では“賊”という存在を教えられた事がなかったからだ。
これは帝国の下級教育を受けてきた身からの推測だけど、そういう存在がいることを教えないようにしてきたんじゃないかな。
そういう存在がいる事を知ると、帝国の過酷な税に耐えきれずに亡命しようとする以外の手段として、帝国に楯突こうとする叛逆の意志を抱く“賊”が出てくる可能性を、帝国の側からわざわざ増やすことに繋がりかねない。
だから、帝国はそういう思想を抱かせないように、敢えて教えていなかったんだと考える。こういう帝国の教育方針もあって、ハイクとイレーネは知らないのも当然だ。本来ならば僕も知らないはずなんだけど。
僕は帝国内の教育の背景を知っていたのでフォローを入れようとした。しかし、その心配は杞憂に終わりヨゼフが説明してくれた。
「……賊っていうのはな、逃げ場を失った奴がなるもんだ。他の奴は大体そういう集団を賊って呼ぶ」
「逃げ場を失った? ヨゼフ師匠。それなら何でその賊って奴らは村を襲うんですか? 逃げた人間が村を襲うっていうのは可笑しな話しだと思います」
「自分達が食うに困っているからだろうな。だから豊かな土地がある所を奪おうとしているんだろうな」
「それは変よ。だって自分達が困っているのに、それを理由に他の場所を襲って手に入れようとするなんて……。そんなの理由にならないじゃない」
僕もそう思う。だけど、それに対する答えは歴史が教えてくれている。
「……そうだな。だけどな、じゃじゃ馬娘。それが人の本質だ。日々の穀物を食うに困った人間は、最終手段として他の見知らぬ人を襲ってでも、その人間の持っていた食物を奪い取ろうとする。そして、そういう小さな悪い感情が助長して、人の領地を奪い取ってでも裕福になろうとし、取ってつけた理由をでっち上げて己の正義として理由に掲げる。それが戦争へと発展するってもんだ」
「そ、そんな事間違っているわっ! だって、そんな事が許されるなら、みんながお互いの食べ物や持ち物を奪い合っていい事になるじゃないっ!?」
イレーネは必死に叫ぶ。自分の中にある価値観を曲げる事のない気の強さの中に、少女はとても優しい想いを抱いているからこそ、高らかな声を上げて自分の意見を主張した。
イレーネは昔から人の倫理から外れた間違った事は大嫌いだった。僕の事を疎ましく思う周囲の文官志望の子達が、僕の事を貶めるような発言をしていたとしても、イレーネはぶれる事なく僕と仲良くしてくれた。
「その通りだな。そんな矛盾を人は繰り返してきた。そして、そんな矛盾に立ち向かえるのも同じ人間だ。そのために俺はもう一度この村に来た」
ヨゼフの瞳は固い決意を宿していた。その決意の宣言で、ヨゼフがあの時言っていた言葉の本当の意味がようやくわかった。
“あぁ、間違いなくいる。これを実行した奴が。……いや、奴らがな”
僕は、ずっとこの言葉に違和感を感じていた。ヨゼフはこの言葉の説明について、魔物の傷を観て複数の人によってつけられた傷だと言っていた。
けど、この言葉を言う前に、ヨゼフはこう言っていた。
“これはどうにも魔物以外の何かが関わっている気がしてならない。それは間違いなく悪意しかない。誰かを消そうという”
この言葉はタイミングよく現れたジャイアント・グリズリーという、強大な魔物についてのヨゼフの観点からの分析から出た言葉。
でも、この言葉が繋ぎ合わせるものを考えると、本当はヨゼフは知っていたんじゃないかと思う。
奴らが、誰なのか。
ヨゼフには心当たりがあったんだ。だからジャイアント・グリズリーの傷と、僕達を追い込んだ状況から“間違いなく”という言葉を続け様に使用したんじゃないかな。
間違いなく、と断定する言葉。これをヨゼフは自身の経験によるものからの推測だと言っていた。けれど、この言葉って決定的な何かの背景を知っているからこそ出る言葉だと思う。
それがこの村。ヨゼフは過去にこの村で何かをした。“英雄”と呼ばれる由縁となる何かを。そこに魔物は関係ない。この村を襲う人達、つまり賊がいる事をキャロウェイお爺さんは言及した。
ヨゼフはその賊を退治したからこそ、この村で英雄と呼ばれているんだろう。そして、その時には退治しただけだった。賊を討伐しなかった。
……いや、出来なかったんだ。
僕にはわかってしまった。ヨゼフが賊を討伐しなかった理由が。これは僕の予想でしかない。もし、ヨゼフと打ち明ける事が出来た時、この僕の予想も聞いてみたいと思う。
とにかく、ヨゼフは賊がいる事を知っていたから断定する言い回しをしていたと思うんだよね。けど、ここでそれを追及しても話しが進まなくなるから言わない。
「俺が奴らを討伐する。この村を襲う賊を打ち倒す」
「っ!? 無茶を言うなっ!! 奴らはただの賊ではない!! 儂ですら敵わない奴らじゃぞ!!」
「ただの賊じゃないって……どういう意味ですか?」
ドーファンが恐る恐るという感じで質問する。さっき、ドーファンもこの村の現状を知っているからこそ、キャロウェイお爺さんの先程の言葉を重く深く受け止めていた。
けれども、実はドーファンはそこまで深く詳しい情報までは知っていないようだ。
もしかすると、ドーファンの予想を上回るような賊なのだろうか。ドーファンの顔色はみるみる内に悪くなっていく。
「……奴らは一筋縄でいかん。元は追われた身とはいえ、その実力はある程度有している」
「え? お爺ちゃんが上から目線で評価するって事は大した事ないんじゃ……」
「一人一人の実力はって意味じゃ。それが集団になれば評価は変わってくる。一人一人はせいぜいアルミラージを倒せるくらいじゃろうな」
「あぁ、あの一本角の兎の魔物か!」
ドーファンは単体でDランクに位置付けられている魔物って言ってたっけ。評価の基準はいまいちまだわからないけど。
「そうじゃ。アルミラージは一匹一匹はそこまで強くはない。お主達はアルミラージのランクは存じておるか?」
「えっと、確かドーファンがDランクって言ってたわ。そのランクってどういう意味かはわからないけど……」
「ふむ。その通りじゃ。アルミラージはDランクで合っておる。単体でな。……そうか。ランクの意味はまだわからないか。なら、後でヨゼフにでも聞くがよい。今は賊の説明をしてしまおう」
おぉ! それは嬉しい提案だっ!! 知りたかった事が知れるのは、知識欲が満たされるから嬉しい限りだ。後でヨゼフに聞いてみようっと。
「ある意味でアルミラージと賊は似ておる。アルミラージは単体でDランクじゃが群れた集団になるとその脅威は増し、ギルドではCランク相当に位置付けられておる」
「え? それってそんなに脅威になるのかしら? 何で群れになったらランクが上がるの?」
「お前さん達は、あの角の威力を観たか?」
「あぁ、もの凄い速さで突っ込んできたっ! 木も貫通させてシュウッて音を上げてた! だけど、ヨゼフ師匠は一瞬でそんなアルミラージを倒したんだっ! 槍をこう、ヒュンッて!!」
ハイクはヨゼフの構えていた槍の仕草を真似て、キャロウェイお爺さんに説明してみせた。お爺さんはその説明を受けて、さながら孫が一生懸命に自分の知っている事を聞いている好々爺のように、口元の逞しい髭を撫でながら聞いていた。
「ほう、ほう。そうか、そうか。それは良いもんが観れて良かったのう。ヨゼフの槍を間近で観れる機会など、早々にないからなぁ。……なら、話しは早いな。もし、お前さんがあのアルミラージの鋭い角がもの凄い速さで、しかもそれが何十匹も一斉に突っ込んできたら、自分一人で勝てる自信はあるか?」
「……そ、そんなの無理だ。一匹でもギリギリ勝てるかどうかって感じなのに、何十匹も一斉に飛び込んできたら避けようもないよ」
ハイクはブルンブルンと首を横に振って、それが自分には不可能であることを告げた。
「そうじゃ。Dランクに位置付けられてる魔物が何十体もいるだけで、それが一斉に攻撃を仕掛けてきた事を考えただけで、一つ上のCランクに相当されてしまう。アルミラージは仲間との連携が強い魔物でのう。自分達の素早さと、一斉に攻撃してくるメリットをようわかっておる。下手をすればさらに上の魔物をも狩る事だって出来るかもしれん」
なるほど。キャロウェイお爺さんはアルミラージの群れを例えに賊がそれだけ脅威だと伝えたいんだ。でも、賊が集団とはいえ、そこまでとは到底思えない。
……いや、待てよ。もし、賊の一人一人がアルミラージ並みの強さだとする。だけど、あの森でヨゼフを襲ったジャイアント・グリズリー。あの魔物のランクをドーファンはBランクと言ってた。
そして、その魔物が十体もヨゼフに襲ってきた。これが意味する事って……。
「キャロウェイお爺さん。もしかしてその賊って、とんでもなく多いんじゃないですか?」
Bランクの魔物を十体も追い詰めて策を企てて仕舞える程の、Dランクのアルミラージ相当の賊の集団。それってかなりの数じゃないのかな。
「あぁ、その通りじゃ。賊の数は最低でも八百は超えている」
すみません、遠出の仕事でまた空いてしまいました。
ちょっと短めですが明日も投稿します。




