勘違い
第百十二節
「………他の者には言うな。それが約束出来ねば話せぬ」
「もちろんよ。お爺ちゃんの秘密を誰かに話したりはしないわ」
「あぁ、俺も絶対に言わない。爺ちゃんが信頼して話してくれるなら、俺達は爺ちゃんの約束を曲げちゃいけない」
「……そうか。なら、話すとしようかのう」
ようやく本題に話しを戻すと、キャロウェイお爺さんの面持ちが堅物な印象から、鉱物のようにさらに硬い表情へと顔を引き締めて語り出す。
「ヨゼフの話しでお前さん達が知っている情報が、多くの者の間で話されている事と大差ないことがわかった。ここからの話しは秘中の秘。儂が知ったのもたまたまじゃ。この村からとある方向に、とある場所に秘められた場所がある。二年と少し前に、儂は時折その場所の近くに行っては採掘しておった。趣味の材料を採りにな」
「しかし、その場所はとても険しく普通の人間には行くことも出来ない場所。数多の魔物が住み着き、その場所にはどうあっても辿り着く事は出来ないからじゃ。儂がそこに行けたのは、魔物に追わに追われ、追い詰められてしまって逃げ場のない場所じゃった。儂は死を覚悟した。これでも武勇には自信があったんじゃが、流石に数が違いすぎた。もはやここまでと思った」
「そんな時、儂の背後から矢が飛んで来た。それもただの矢ではないっ! とてつもない程の速さで魔物の頭を吹き飛ばしたっ!! こんな矢を放てる人物がこの世に存在するのが信じられなかった。なんせその矢は”一矢一死“。つまり魔物を一矢撃ち抜けば必ず死をもたらす魔の矢。どっちが魔物かと思えるくらいじゃった」
「全ての魔物が屠られその亡骸が地面を埋め尽くした時、その地に立っているのは儂一人じゃった。だが、どこからともなく現れた男は儂の背後に立っていた。いつの間に現れたのか考える暇もなく、その男は儂にこう尋ねてきた」
「”御老人、なぜこの地に参られた? この地に人は住む事は出来ず、近寄る事を断ち、禁足と成り果てた禁断の土地。如何様な用が貴方を動かしたのか?“」
「その男は偉く厳しめな口調で語りかけてきた。そりゃそうじゃ、あんな魔物の大群に囲まれてあと少しで死んでいたのは儂のほうじゃった。そんな危険な土地に踏み入った儂を訝しんで当然じゃ。責められるべきことじゃ。儂は自分の愚かな非を認め、謝罪した」
「……普通の人はな、儂の言葉などに耳を傾ける事などしない。だが、その男は儂の言葉を信じてくれた……。しまいには儂のことを翌日安全な場所まで送る事を約束してくれた。もう陽も落ちかけておった事もあって、その男は儂の事を家に招いてくれた」
「……見事じゃった、この地にもこんな場所がある事を初めて知った。その地にはポツリと一軒の小さな家があるだけで、それ以外に人の造りし物は何もなかった。そして、その男と共に暮らすという、酷く生真面目な男がおった」
「男達はどうやら、同じ国の出の者である事が会話から知る事が出来た。そして、夜も更けて会話に花も咲き、初めて飲んだ不思議な味の酒を楽しんでいた事も相まって、儂は言ってしまったんじゃ。”あんなに凄い弓は初めて観た。どうやったらあんなに凄い弓を放てるのか、まるで小国の伝説の将軍のような御方じゃ“、と」
「もう気まずいどころの騒ぎじゃなかったわい。シーンッとその場が鎮まり、酔っていたであろう男達の目には闘志が灯り、儂はすぐ様に察した。あっ、これは言ってはいけない話題であったのかと。だから儂は気を悪くさせた事を謝った」
「しばし儂の様子を伺っておった男達は、観念したように語り出した。”どうか、我らの事は人には知らせぬように。我らは落ち延びた今は亡きとある国のとある者。今は平穏に時を過ごさせて欲しい“、そう呟いた」
「ここで儂は思った。もしかしたら本当に、この男達はその人物ではないのかと。弓の話しといい、その容姿といい、まさに噂で聞いておった人物にそっくりじゃったから。だから、儂は二人に聞いたのじゃ。”もし、儂のように見知らぬ誰かが困っていたら、再び救いの手を差し伸べて下さるか?“とな」
「”人による。救うべき者は救うが、救うべきでない者は救わない。この地の特性はある者達を惹きつけるが、ここに辿り着く事は出来ない。もし、辿り着いても私達は干渉しない。貴方のような人なら話しは別だが……”と答えてくれて、儂はすかさず願いを口にした」
「“なら、もし儂と同じような想いを抱く者が現れたなら、その者の前に現れて欲しい。その御方は我らの希望じゃ。きっと貴殿にとっても、とても良き出逢いとなるはず。その御方以外に貴殿達の事を知らせぬ。どうか、どうかお逢いして頂けぬかっ!!“ と…」
「しばしの時が流れた。何せ我らの事を知らせぬように言われたばかりなのに、儂は”あの御方“に知らせると言っているんだからな。……儂の願いは届かないかと諦めの気持ちのみが過ぎった時、生真面目な男は儂にこう尋ねてきた。“ドワーフ殿。我らが貴方の仰るあの御方というドワーフ殿の同胞に会ったとする。ドワーフ殿らが崇め従う方となると十中八九、私の想像する人物だと予想する。たしかに、かの御仁なら我らと同じ願いを抱くかもしれない。だが、それでも私はドワーフ殿にこう聞かざるを得ない”」
「“貴方達は何を胸に抱き、何のために戦う?“」
「儂は大いに悩んだ。儂の返答次第で”あの御方“と目の前にいる英雄のごとき人物達との、接触の機会が得られるかどうかが掛かっているのは自明の理。……そして、悩んだ末に頭をもたげた答えは、もし、儂があの御方ならこう答えるじゃろうと想った事を答えた」
「………それは間違えだったかもしれない。合っていることかもわからない。何せその答えに正解などないのじゃから。千差万別の答え。唯一答えがあるとすれば、目の前の人物達を満足させる言葉を言えるかどうか」
「次に口を開いたのも生真面目な男のほうじゃ。”………わかりました。ドワーフ殿の言う御仁が現れたなら、一度だけは会うと御約束しよう。しかし、会うだけです。それ以上の事は会ってみないとわかりません。ドワーフ殿は我らとその御仁を結びつけたいとお考えのようですが、会う事で我らと合うかどうかを測り知らなければなりません。我らが譲歩出来るのはここまでです。今しばらくはこの地に留まっています。お待ちしております“」
「儂は感謝感激のあまりに、何度も何度も感謝の言葉を重ねた。二人には頭を上げてくれと頼まれたが、儂はしばらく頭を上げる事など出来なかった。ようやく、“あの御方”と同じ想いを持つ者達に逢えた気がしたからじゃ。儂が頭を上げた事でそれから再び飲み直した。初めて逢った時に飲んでいた時よりも……なぜだか酒が美味く感じおった」
「翌日。儂は生真面目な男に見送られながら、大きな弓を担いだ男と共にその地を発った。少し名残惜しかった。何せあそこまで幻想的な地は滅多にお眼にかかれんからのう。それから一緒にしばらく旅を共にし、安全な場所に着いて感謝と別れの言葉を口にして、儂はこうして無事にこの地に戻る事が出来た。……いかがじゃったか? 儂の偉大な冒険譚とその出逢いの物語は?」
クイっとこちらを悪戯気な視線で観てくるキャロウェイお爺さん。だけど、僕はすぐに何かを聞けるような状態ではなかった。
……何というか、いっぺんに沢山の情報が脳にパンパンに詰められた気分だった。脳に伝達された情報処理を阻害させる程の情報量。
しかし、一番聞かなきゃいけない事は真っ先に思い浮かぶ。それを怒りながら口にしたのはヨゼフだった。
「おい、爺さんっ!! 何でそんな重要な話しを俺らにしたんだっ!? それを口にしたら、そいつらとの約束を違えた事になるんだぞ!」
そうだ。何で僕達にそれを言うんだ。たしかに僕達は、キャロウェイお爺さんに伝説の将軍について聞きたかった。けれど、キャロウェイお爺さんは僕達に話さない事だって出来たんだ。
そんな重大な約束を破ってまで、何で僕らに話してしまったんだ……。
「ヨゼフよ、お主は何やら勘違いしておらんかのう?」
「あぁ!? 何が勘違いだっ! この話しを聞いて勘違いもへったくれもねぇだろっ!?」
勘違い? ヨゼフの言う通り、この話しを聞いて“勘違い”という言葉が出てくるのは変だ。何をどう捉えたら勘違いになるんだ?
キャロウェイお爺さんとその人物達との約束をしたっていう状況と、交わした言葉の数々を思い直して考えてみる。
キャロウェイお爺さんの言葉で印象に残るのは、その人物達と“あの御方”に逢って欲しいという事が目的だった。
……あれ? これってひょっとしてになるけど、もしかして、キャロウェイお爺さんは……。
「……キャロウェイさん。もしかして貴方は、相手の方を勘違いさせたまま約束したって事ですか?」
流石だ、ドーファン。すぐにドーファンは勘違いという言葉から、この話しの巧妙な約束に気付いたようだ。
「………ほう、やはり王都の人の子も、そこの帝国の人の子と同様にかなり頭が切れるようじゃな。本当にどうなっておるんじゃ……。ここまでの慧眼を持ち合わせた人の子がこんなにおるとは。末恐ろしいのぅ」
立派お髭を撫でながら、感心したように僕達の事を見回した。それはこちらも同じ気持ちだった。このキャロウェイお爺さんは、相当な頭の回転力を持ち合わせている。
どれだけ先の可能性を考えて、そんな約束を咄嗟に取り付けたのだろうか……。
「おい、ドーファン。どう言う意味だ? 爺さんは約束を違えてるのは間違いない事実だろう?」
ヨゼフはまだ気付いていない。多分、ヨゼフの中では約束を違えた事に意識が集中し過ぎて、その約束の人物についてまで頭が回っていないようだ。
「約束は違えていませんよ。何せ、キャロウェイお爺さんは、その人物達とあの御方に逢って欲しいと、そしてその人物達の事をあの御方以外に知らせないと約束したんですから」
「だから、その約束を破っているじゃねぇかっ!? 爺さんが言う”あの御方“以外の俺らに教えちまってるんだからっ!!」
「そこですよ」
何が違うんだというヨゼフの怒号に近い質問にも屈せずに、ドーファンは凛とした態度のまま指摘する。……ドーファンも凄いよね、あんなヨゼフ相手に臆する事なく答えられるんだもん。
「キャロウェイさんは、あの御方を誰だかというのを明言していません」
「は?」
指摘された答えが思いもしなかったものだったのか、ヨゼフは頭の回転を停止してしまった。うーん、これは助け舟を出した方が良さそうかな。
「ドーファン、一個すつ説明したほうがいいかもしれないよ」
「やはりカイもわかってましたか。そうですね、では少しずつ思い返してみましょうか」
ドーファンは一拍呼吸を置くと、本題を切り出した。
「いいですか? まず、キャロウェイさんは約束をする時のお願いはこうでした。“もし儂と同じような想いを抱く者が現れたなら、その者の前に現れて欲しい。その御方は我らの希望じゃ。きっと貴殿にとっても、とても良き出逢いとなるはず。その御方以外に貴殿達の事を知らせぬ”と言いました。この時点で、キャロウェイさんは約束の明言を避ける布石を置いています」
「次に口を開いたのは、生真面目そうな男の人です。“ドワーフ殿。我らが貴方の仰るあの御方というドワーフ殿の同胞に会ったとする。ドワーフ殿らが崇め従う方となると十中八九、私の想像する人物だと予想する”と言っています。もう、この時にキャロウェイさんは、自分の種族と他の種族から見た自分の言葉の意味を、上手に捉えさせる事が出来る方だと概ね理解出来ます」
「つまり、自分達が、我らがドワーフの希望するあの御方という人物。多くの人はその人物を思い浮かべてしまうようなドワーフの英雄。それでキャロウェイさんは、“あの御方”という表現を終始一貫用いています。ですが、実際にどこの誰だとは、一言も言っていません」
「相手を勘違いさせたまま、あの御方以外に知らせないという事も、上手に言葉の意味を隠蔽したまま約束していますよね? もし、その御方が相手の思い浮かべる人物なら、その周囲の側近の幾人かには絶対に知られてしまう事です。だから、あの御方と少しの供廻りは来るであろう事も、相手の方も認めた上で約束させています。国の重鎮であったであろう人物です。そのくらい理解していたに違いありません」
「だからキャロウェイさんはボク達に話しをした。キャロウェイさんが明言していない希望たる”あの御方“。つまり、キャロウェイさんの希望と判断した人物と数人の供廻りを遣わして会わせる。これがキャロウェイさんの立場からの約束の条件です」
「その条件を、キャロウェイさんは僕達に当てはめて話した。僕達の中の誰かをキャロウェイさんの希望の人物に位置付け、その他の人を供廻りという設定を無理やりこじつける。これが約束を違えていない、という意味です」
僕も全く同じ事を思った。ドーファンの言う通り、キャロウェイお爺さんは約束の中の文言を、僕達にそれを当てはめて話した。だけど………
「ただ、これには一つの前提がありますが、間違いのない前提であり、それは同時に疑問も抱かせてしまいます」
チラッとこちらを見たドーファン。
……えっ? 僕が言わなきゃいけないの!? 何でだよドーファンっ!? そんな重要な質問を何で僕に振るのっ!?
ドーファン的には本当に僕がわかっているのかって確かめる意味もあるのかな……。クイっと頭を振って合図を送るドーファン。うぅ…仕方がない。ドーファンが話すつもりがないなら、僕も聞きたかった事を切り出すか。
「キャロウェイお爺さん。お爺さんは“あの御方”という人物に、この出来事を知らせていないんじゃないですか?」
プルプルと下を向いて身体を震わせ始めたキャロウェイお爺さん。そして、耐えきれなくなったと言わんばかりに、大声を上げて笑い出す。
「くわっはっはっはっはっ!! お見事っ! いやぁ、ここまで洞察力が深いとは恐れ入ったわいっ! はぁ〜、やはりこの話しをした事は間違いじゃなかった。まだまだ儂の眼も衰えていなかったのぅ〜っ!!」
僕達を試した事を詫びれる事なく、自分を称賛するキャロウェイお爺さん。
うん。たしかに結果的には間違ってないし、僕達もその将軍と凄腕の政治家の事を知れて満足なんだけど、未だ釈然としないままだ。
どうしてキャロウェイお爺さんのように強い想いを抱いていそうな人が、そんな大事な事を今の今まで抱き続けていたんだろう?
お爺さんのような人なら、すぐにでも“あの御方”と崇める人に何とかしてでも伝えようとするだろうに……。
「はぁ、こんなに笑い疲れたのも久しぶりじゃ。……お前さん達の言う通りじゃ。儂は“あの御方”にこの事を伝えていない。……いや、正確には伝えられていない」
「それってどう言う意味ですか? 意図的に伝えていないように僕は考えていましたが、まるで伝えられないような言い回しに聞こえましたが……」
「あぁ、そうじゃ。儂には伝えられなかった。未だに伝えられる状況ではなかったんじゃ」
「それってどう言う……」
事ですか? って聞こうとした。だけど、周りを見回して聞いていたら最後まで言えなかった。キャロウェイお爺さんが伝えらない状況という言葉を言い出したら、二人の顔が重く歪んだからだ。
ヨゼフとドーファンは何やらその言葉の意味を、重く深く受け止めているようだった。
「ヨゼフと王都の人の子はわかったようじゃな。帝国から来たお前さんらはわからんじゃろな。……この村がなぜ防備が施されているかわかるか? 魔物のためと思ったか? あの瘴気の森の魔物はな、こんな村にまで来る事はない。せいぜい森に入った人の侵入者が逃げた後を追っていたら、森の外に抜け出すくらいじゃ。魔物からこの村を守るためではない」
「ではこの村は一体何に怯えて防備を施しておると思う?」
「そう、“人”に対してじゃ」




