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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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いただきます ご馳走様 馳走になった

第百九節

「えっ!? そ、そうです! それに似たような言葉を使いますっ!!」


 驚いた! 僕以外にも“いただきます”や“ご馳走様”を使う人がいるなんて。でも、キャロウェイお爺さんは“馳走になった”という言葉を使った。


 このことが裏付ける事って……。


「やはりか。お前さんの使った“いただきます”という言葉は知らんが、何やら似たような雰囲気をその言葉から感じて聞いてみたが、思った通りじゃった……」


 そう言ったキャロウェイお爺さんは、下に俯きながら何事かを考えている。


 かなり衝撃的だった。もしかして日本人がこの世界にも来ているのではないかっ!? と気持ちはぐんぐん上がっていくっ!


 いやっほぅー! しかもしかも“いただきます”を食前に言わない、“馳走になった”を食後に言う。この情報の価値はかなり高いぞっ! 


 ”いただきます“は、古くからの言葉に思えるが、実は以前の世界で僕がいた時代から遡り、百年程の歴史だと考えられている。

 テレビやラジオの情報伝達手段が広がった事で使われるようになったのではないか、という説がある。実際に“いただきます”を学校給食で言うようになったという記述がわざわざ書き記されている。


 そして、”ご馳走様“。これは“馳走になった”という言葉が時代とともに変化したもの。この“馳走になった”という言葉は、元々は漢語で「馬で走り回る」ことを意味する言葉。

 昔は大切な客人を迎える時にその準備のため、方々へ馬を走らせ食材を調達しなければいけなかった。日本では“馳走”という言葉が“もてなし”を意味するようになり、さらに“馳走”に敬語のの“御”を付けた“御馳走”は、もてなしのための豪華な料理を意味する言葉となった。

 “ご馳走様”を使用するようになったのは、江戸時代後半からだと考えられている。


 馳走という言葉はさらに時代を遡り、かの茶人と名高い千利休が語った茶の心をつづった『南方録』には“汁ひとつ菜は二つないし三つを馳走の旨とすべし”と語っていた。

 この記録から食事に対する馳走という言葉が、この時代から使われていたことがわかる。


 つまり、その“馳走になった”という言葉遣いから江戸時代前後の人物、もしくはそれ以前の人物の可能性が高い。これはひょっとしてとんでもない歴史上の人物に会える可能性が増えたって事だっ!!


 わーいっ! なんだか楽しみとワクワクが止まらなくなってきた。にへへへ。


「……人の子よ、お前さんはどうやら“あの御方”と同じような考え方を習わしにする者なのかも知れぬな。“あの御方”にどうか機会があれば逢ってくれないか?」

「はいっ!! どなたか知りませんが、是非是非逢わせて下さいっ!!!」

「馬鹿野郎っ! お前はまず王都に行かなきゃなんねぇだろうっ!? その後の予定はあいつに聞かなきゃいけないし、妙な約束を気安く引き受けんじゃねぇっ!!」

「うぐっ!」


 そうだった。ヨゼフからの華麗な突っ込みを貰って本来の僕達の旅の第一目標を思い出した。王都に行かなきゃだし、ギルドに入らなきゃだし、自分で予定を決められる訳じゃなかった。


 ……はぁ〜。せっかく日本人に会えそうだと思ったらしょんぼりだよ。


「機会があればで良い。いずれ逢う機会があればじゃ。もしお前さんが冒険者の道を選び一人前の冒険者になれれば、“あの御方”に近づく機会もあるじゃろう。かの地にも冒険者ギルドがあるからのう」

「あのぅ、“あの御方”って誰なんですか? しかも、“冒険者ギルドがかの地にもある”って言うからには、この王国とは別の場所なんですか?」

「そうじゃ。“あの御方”は我らドワーフの希望。帝国に対抗し続ける我らドワーフの英雄。人族の者は“赤”の軍団と呼び、あの御方を恐れておるわい」


 赤? あれれ? それってもしかして……。


「ね、ねぇヨゼフっ! もしかしてヨゼフがハイクに言った“赤”の人ってその人の事っ!?」

「お、おう。たしかにそうだぞ。……お前、やけに興奮してないか? そんなに嬉しいことなのか?」

「ヨゼフ師匠。カイは大体いつもこうです。自分の興味のあることがあると、そればっかり考えてしまうんです」

「うわぁぁぁぁ! 逢ってみたいよ! 是非ともその“赤”の人にっ!!」


 “赤”っていうだけで色んな人物や伝説が、走馬灯のようにズラーッと脳内を駆け巡っていく。

 はぁぁぁ、一体誰なんだろう。早く逢って話しをしたいっ!!


「その人物はどんな方ですかっ!? どんな見た目をして、どんな事が好きで、どんな性格をしていますかっ!?」

「カイっ! 落ち着いてっ! お爺ちゃんも困っちゃうでしょっ!!」


 イレーネに肩をポンッと叩かれて、僕の勢いは一瞬削げてしまった。

 そ、そうだよね。こんないっぺんに色んな事を聞いたらキャロウェイお爺さんも困っちゃうよね。

 

 だけど、その予想はすぐに覆る。お爺さんは困ったというよりも、困惑した表情を浮かべている。思い悩みつつ、さらに重く悩んでいるようだった。


 言葉にするのを(はば)かるように悩んでいた。何か大切なことを口にしてもいいのか吟味しているような……。




 しばしの間を置いて重く閉ざされた唇を開く。

 

「……人の子よ。お前さんは真実だけを視る眼を持っておるだろうか?」

「真実…ですか?」


 酷く悩み抜いて開かれた口からは、先程の質問とは関係なさそうな言葉が質問として返ってきた。

 言葉の意味がわからない。何に対する真実だというのか?


「そうじゃ。目の前の現実だけに想いを囚われることなく、その内なるものをしっかりと見極める真実を視る眼。さすれば“あの御方”の心は開かれるだろう。そして、“あの御方”の求める想いに応えられることも出来よう。それを成せる者は本当の意味で逢う事が出来よう」

「それってどういう意味ですか? そんなに目の前の現実が大変なものって事なんですか?」

「その時が来ればわかる。今は多くを語る事は出来ん。それは“あの御方”の想いに反することじゃ。じゃが、お前さんもそこにいる王都の人の子の友ならば、きっと心根が真っ直ぐな者だと信じている。それにお前さんの砥いだ澄んだ刃を観れば、お前さんの抱く想いも悪いものではないという事を加味した判断の上で話した。この事は他言無用じゃ。爺のたわいもない戯言だと思って、想いに留めて置いて欲しい」

「……わかりました。想いに留めます」


 きっとこの話しは、重要な話しなんだと思う。話しの本質となる意味は結局教えて貰えなかった。だけど、もしその“赤の御方“に逢えた時に賜った言葉を想い出し、目の前の現実だけに想いを囚われることなく、その内なるものをしっかりと見極める真実を視れるようになりたい。


「おい、爺さん。そろそろ食べながらでもいいから話さねぇか? せっかくの肉が冷めちまうよ」

「おぉ、そうじゃった。すまんすまん。温かいうちに食べよう」

「ごめんなさい。僕が話しに夢中になって、みんなを待たせちゃってたよね…」

「カイの興味あることに対して、暴走して突っ走ることはいつもの事でしょ。別にそこまで気にしてないわ。それよりも早く食べましょっ!! とても美味しそうな香りに我慢出来ないわっ!!」


 好きな事を暴走列車のような言われようは少々癪だが、どうしようもないくらいに本当の事なので、ぐうの音も出ない。

 しかし、僕にとってはどうしても好きな事だし、好きな事を曲げるつもりはさらさらないし、そこを気にしたら何だか負けた気分になるので、イレーネの言うように僕の好きな事で生じた弊害をそこまで重く気に留めずに、お肉を早速食べようっ! 


 お肉の食欲をそそる芳ばしい香りに誘われるように、お皿の上に転がるお肉に手を伸ばす。ナイフやフォークなんかない。山鳩の一番のメインである胸肉を手に取る。まだお肉自体にほんのりと温かさが残っていた。

 少し談笑を交えていたのは功を奏したかもしれない。手に取っても熱過ぎず、かと言って冷めてしまってお肉の本来の美味しさが失われることのないくらいの適度な温かさだ。


 手掴みで口元にお肉を近づけていく。あとはもうガブッと齧るだけ。勢いに任せて思いの向くままに口の中に掻き込むっ!

 瞬間、お肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。う、美味いっ! 前の世界で胸肉は好んで食べてはいなかったけど、この世界でなかなかお肉を食べれないこともあってか、ここまで胸肉に感動することはなかった。

 淡白な味わいの中に、ジュウッと焼かれたお肉の風味が口に広がり、鼻の中を通り、さらに脳に幸せのメッセージを伝達させる。



 

「ヨゼフ師匠っ! 美味しいです!」

「そうね、やっぱりお肉は美味しいわねっ!」

「ヨゼフ、ありがとう! 最高に美味しいよっ!」


 帝国出身の僕達三人は、とてもこの食事に満足していた。いやぁ〜、お肉様様だよっ! こんなに美味しいなんて本当に幸せだ。


「そう言われると、あんな暗い中でも狩ってきた甲斐があるってもんだ」


 ヨゼフもニッと笑いながら応えてくれた。そうだ、恐らくヨゼフはドーファンの事を気にしつつ行動していたけど、それと同時に僕達の事を気遣って山鳩を狩ってきたんだった。

 ヨゼフの気遣いを再び想い出して、パクリと食べたお肉はさらに美味しく感じた。


「おぉ、えらく淡白な味わいじゃな。たしかにこの状態でも美味いが、これをかけるともっと美味くなるぞ」


 キャロウェイお爺さんはテーブルの上にお皿と共に持ってきていた、白い粒子が詰まった小さな瓶の蓋を開けると、サッ、サッ、サッと三振り程お肉の上に振り掛けた。


「ほれ、お前さんらも順番に使うがよい」


 隣の席に座っていたハイクは、小瓶を受け取るとそれを目線と同じ高さまで掲げ、瓶の中身を見分するように色々な角度から眺めてみた。


「爺ちゃん、これって何だ? 白い粒々が沢山入ってて小麦粉とも違うようだけど」

「なんじゃ、お前さんら知らないのか。これが“塩”じゃ。食べ物に掛けると何でも美味くさせてくれる、魔法の調味料じゃ」

「何だ? これも魔法で出来てるってのか?」

「くわっはっはっはっは! お前さん、面白いことを申すのうっ!! 魔法を使ったみたいに美味しくさせてくれる、という意味じゃ。さぁ、瓶を少し振って肉の上に掛けてみろ。そんな沢山振る必要はない。儂がやったような感じでサッと何度かでよい」


 そういえば、さっきヨゼフに塩を持ってくると言っていた。僕達のいた村では塩は使ってなかった。いや、正確には知られていなかった。

 村で岩塩が採れたり、海が近ければ別だったかもしれない。それらが村の近くにあれば帝国に生産するように強制され、少しはお零れに与れた可能性もある。

 だけど、僕達のいた村は主に小麦の生産を行なっていた。だから不必要な贅沢品である塩は与えられる事はなかったんじゃないかな。


 必要最低限の暮らしが出来る程度に、そして多くを帝国が搾取するような国という組織の成り立ち。そういう国造り。これらは反吐が出る程に胸糞悪い話しだ。

 ハイクのように、この歳になっても塩という存在を知らない子を、帝国は人工的に生み出してしまう。許されざる行いだ。

 何より僕達の父さんや母さんの命を奪った帝国だ。然るべき報いを、いつか必ず痛い目に遭わせてやりたい。




 腹黒い感情に渦巻かれている中、ハイクは塩をお肉に振り掛けて半信半疑の顔をしながら、パクリと食す。


「っ!! 何だこれっ!? 何でこんなに美味くなるんだよっ!?」

「くわっはっはっはっ!! そうじゃろ、そうじゃろ。どれ、みんなに塩を回してくれ。せっかくならみんなで、美味いもんを上手く食べたいからのう」

「わかった!」


 気の良い返事でハイクは言われた通りに、隣に座っていたイレーネに塩の瓶を回し、イレーネは振り終わると隣に座っていた僕に、僕が振り終わったら次のドーファン、ヨゼフと順々に回していった。


 塩を振り掛けた胸肉を口に入れる。




 うおぉぉぉぉっ!! す、凄いっ! お肉の味がまるで濃くなったかのように、さっきと比べてとても美味しくなった!! 


 噛めば噛む度に、塩がお肉と合わさって、お肉という素材の持ち味を持ち上げてくれている。淡白で素朴な胸肉の大切な味わいを損なう事なく、足りなかった味を補完してくれるような立ち回りを演じてくれている。

 塩ってこんなにも最高な物だったんだね。初めて塩の偉大さを身をもって実感出来た。ようやく徳川家康の側室のお梶の方の言っていた話しの意味がわかった。




 南方録は千利休の弟子の南坊宗啓が、千利休からの聞き書きをまとめたものとされる書物です。南方録が書かれた時期の真偽は未だはっきりとしていませんが、南方録の本文はその時代背景がわかると思って書かせて貰いました。


 次は徳川家康の側室であるお梶の方の逸話を少し挟みつつ、旅の最中に浮上したある話しについて触れます。

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