表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
104/409

いただきます

第百八節

「爺さん、悪いけど俺ら明日にはここを()つぞ。そんなゆっくりしてられる旅じゃねぇだ」

「何じゃとっ!? せっかく来たばかりなんじゃ、ゆっくりしていけば良かろうっ!」


 あぁっ! せっかく撫でて貰っていたのに、ヨゼフの発言でキャロウェイお爺さんの手が頭から離れてしまった。

 父さんと母さんに撫でてくれたあの頃を思い出して、幸せな気分に浸れていた。


 もう一回撫でてなんて恥ずかしくて言える筈もなく、会話の流れに身を任せる。残念……。


「俺もゆっくりしていきたいんだけど、それはまた今度な。この任務が終わったら顔を出すよ」

「……そうか、事情があるなら仕方あるまい。これ以上は引き止めるのも野暮な話しじゃ」

「悪いな。必ずまた来るからよ。……そうだ。俺達全員分の食器が無いんだ。爺さん貸してくれないか?」

「食器か? 皿だけでよいか? せっかくじゃ。塩も持って来てやる。少し待っとれ」

「おう、ありがとうなっ!」


 キャロウェイお爺さんは再び宿屋の方に歩き出す。その重い足取りと後ろ姿は、何だか寂しそうに観えた。

 きっと僕達の滞在が、少なくとも一日だけとは思ってもいなかったのだろう。だからわざわざ教えてくれると言ったに違いない。

 僕もせっかくなら教えて貰いたかった。何とか後で教えて貰うことは出来ないだろうか。僅かな時間でも教えを()いたい。


「もう、何が起きていたのかよくわかんなかったわっ! どうしてカイは共通語も話せるのよっ!?   カイばっかりずるいじゃないっ!!」

「そうだぞっ! カイは何でそんな事も出来んだよっ!?」

「うぅっ! ご、ごめんっ!!」


 ハイクとイレーネは仲間外れだったこともあり、文句の勢いは普段よりも大きかった。思わずその勢いに負けて謝ってしまう。

 だけどイレーネの反応は当然の反応だ。だってハイクとイレーネだけ蚊帳の外でいたなら、気持ち良くない観れないのは当たり前だ。

 自分達も盛り上がっている会話に混ざりたいのに混ざれないというのは、とても寂しいと思う。


「あぁ、ハイクとじゃじゃ馬娘は共通語は出来なかったのか。それが普通だよな。キャロウェイ爺さんに帝国語で話すように言わなきゃな」

「えっ!? キャロウェイお爺さんも帝国語が出来るのっ!?」

「あの爺さんもドーファンと同じように複数の国の言語を扱える筈だ。年の功、ドワーフの功ってやつだな」


 意外だった。ドワーフって言うからには、職人としての技を磨こうとする種族だと思ってた。イメージとしては鍛治とか穴掘りのイメージが強い。

 ドーファンの言うように言語を習得するのが重要だと、この世界の人達は捉えているってことなのかな。キャロウェイお爺さんも複数の言語を扱えるなんて。


「ちなみに言っとくと、あの爺さんも普通の括りで考えるなよ? あの爺さんも普通のドワーフとは違うと思っておけ。ドワーフの中でも異質な存在だと思うぞ。普通のドワーフでも複数の言語は出来ないからな」


 キャロウェイお爺さんも常識外の人物だったみたい。そうだよね、複数の言語を話せるなんてなかなか出来ることではないと思う。

 それだけの努力だったり、その言語でしか話せない環境に身を置いたりとか、自分を追い込んだ結果話せるようになる賜物の一種だと個人的には考える。

 言語には文化や文明を築き上げてきた背景には、言語の力も大きい。まぁ、とある神話では巨大な塔を建てている時に言語が混乱して作業が出来なくなって、塔は完成しなかったって話しもあるけど。


「お前らは話さなくてもわかったと思うが、あの爺さんはいい奴だ。だから気兼ねなく爺さんに話してくれ。その方が爺さんも喜ぶ。ハイクとイレーネも、爺さんの前では帝国語を話していいぞ。カイは共通語が出来るとはいえ、村長の家では黙っとけよ。さっきの紹介の時に、お前も人前で話すのは苦手って言っちまってたんだからな」


 あっ! そうだったぁ!! まさかの設定の落とし穴があったことをすっかり忘れていた。村長に聞きたい事があったのになぁ。それなら……


「ヨゼフ。僕、どうしてもお爺さんに聞きたい事あるんだけど、お爺さんに色々聞いても大丈夫かなぁ……」


 キャロウェイお爺さんは優しい人だとは思うんだけど、あの見た目にどうしても質問することを控えてしまう。

 ちょっと怖い感じがして、色々聞いていたら途中で怒られたり、お爺さんの機嫌を損ねないか心配だ。


「別に大丈夫だろ。あの爺さんは見た目はイカつい感じだが、根はもの凄く優しい好々爺(こうこうや)だぞ。お前も頭を撫でられたろ? 爺さんにとっては、自分の好きな事に片足を突っ込んでくれたお前を気に入っているんじゃねぇかな? だから色々聞いてやってくれ。とりわけ年上の爺さんにとっては、孫みたいなお前らに頼られてる感じがして悪い気分にはならない筈だ」

「……なるほど。わかったよ! 色々と聞いてみるっ!!」


 そっか。年上の人にとってはそういうもんか。たしかに僕も、前の世界で誰か年下の人に頼られるのは、悪い気分にならなかった。

 ヨゼフの言葉のおかげで、恐ることなく聞いてもみたいと前向きな気持ちに切り替える事が出来た。


「待たせたのう。さぁ、使ってくれ。お客様に使って貰うには質素なもんで恐縮じゃがな」


 僕達の会話が終わるちょうどの頃合いに、キャロウェイお爺さんが戻って来た。その両手には人数分の木製の平皿を抱えていた。


「大事なのは食べる容器よりも、それを使って食べれるかだろ? 別に使えりゃあなんだっていいだろ。ありがとうな、爺さん。そうだ、じゃじゃ馬娘。みんなの皿に肉を取り分けてくれ。ハイクはじゃじゃ馬娘が取り分け終えた皿を、みんなに配ってくれ」

「……わかったわ。手伝ってあげる」

「はいっ! ヨゼフ師匠!」


 イレーネはヨゼフの言葉に粛々と従った。初めて会ったドワーフのお爺さんの見た目に怖がってか、普段のような態度でヨゼフに話さなかった。イレーネも僕と同じように怖いって考えてることがわかって、なんとなく仲間意識が強まった。


「爺さん、今の言葉聞いたろ? さっき爺さんに言ったように帝国の子供もいて、こいつらは俺達と同じように共通語は話せない。だから帝国語で話してくれねぇか?」

「そうなのか。……いや、それが普通じゃよな。そこの人の子が異常じゃ。その年で他の国の言語が出来る人の子などおらん」

「あと王都に住んでいるっていう、さっき爺さんと握手した奴は複数の国の言語を話せるぞ」

「…………異常じゃ」

「えっ!? そんなに引かないで下さいよ、キャロウェイさん!! ボクが変みたいじゃないですかっ!?」

「いや、ドーファンは枠としては常識外に分類されると思うよ。僕が保証する」

「いやいやいや、お前はもっと常識外だぞ」

「はいっ!? それを言うならヨゼフの方がもっともっと人離れしてるよ!! 普通の人は槍の突きで空中を突き抜いた槍なんて放てないよっ!」

「……くっくっくっく………ぐわっはっはっはっはっ!! お前さんらが全員おかしな連中という事がようわかったわい。帝国の言葉だったな。うむぅ、話すのは何十年ぶりかのう。ちっくと待ってくれ。………ふむ、こうだったかのぅ」


 僕達の会話を聞いて高笑いしたキャロウェイお爺さんに、僕達みんな普通ではないという烙印を押されてしまったようだ。うーん、少しは自分でもこの世界の常識とは違うと自覚している分、反論の声は出せなかった。

 他の二人も同じように少しは自覚しているのか、自分を普通の人間だと擁護する声を上げることはしない。


「……思い出したぞ。これでどうじゃ、人の子のお嬢ちゃん、そこのデカい人の子よ?」

「っ!! わかるわっ! 凄いっ! お爺ちゃんも帝国の言葉が話せるのねっ!」

「おぉっ! 本当にわかるぞっ! 爺ちゃんもすげーんだなっ!」

 

 本当に帝国語を話せたようだ。こうして話しているのを聞いていると、たしかに“おぉっ!”と感嘆する。

 外国に行った時に、現地で母国の言葉を聞くと無性にテンションが高まるように、ハイクとイレーネはとても感動しているようだ。二人にとっては帝国語が母国語だもんね。

 無論、僕もその筈なんだけど、前世の記憶があるから帝国語が母国語とは言い難い。


「くわっはっはっはっは! そうか、そうかっ! 儂も凄いかっ! いやぁ、言葉は覚えておいて損はないようじゃな。若い頃の自分を褒めてやりたいわ」


 まるで孫と会話出来ている事を喜んでいるように、キャロウェイお爺さんも深く満足しているようだった。

 最初はこの人の見た目に恐怖を抱いてしまうけど、話して様子を観察していくと、とても大らかな人物であることが理解できる。

 

「はい、爺ちゃんっ! これが爺ちゃんの分だ」


 最後にキャロウェイお爺さんに手渡されて、みんなにお皿が行き渡ったようだ。お皿の上を見ると、焼き上がった山鳩のお肉が美味しそうな匂いも漂わせている。


「よし、じゃあ飯にするか。キャロウェイ爺さん、みんなを代表して祈ってくれねぇか? こいつらに少しでも祈りがどういうものか知って貰うために、俺は色んな祈りを聞いて貰いたいんだ」

「ほう、そうか。たしかに言葉は色々知っておいておいたほうがいいじゃろう。しかし、皆の前で祈るのも久しぶりじゃ。ヨゼフと一緒に食事をした時もそれぞれで祈ったからの。……では、代表して祈らせて頂こう」


 キャロウェイお爺さんが両手の指を組み、それに続いてみんなも同じ動作をする。僕達も祈ることにすっかり慣れてしまった。


「堅い確固たる意志を抱く我らの神よ。貴方の施しにより、糧を頂けることへの感謝を貴方へ。生命を頂くこと。これらは我らの血となり肉となり、日々を生きる力となります。力を用い、我らは貴方の想い、貴方の意志を成し遂げん。我らの願いと感謝を貴方のもとへ」


 みんなの和した祈りにより、魔力は天へと奉納される。たしかに祈りの言葉は人によって違うようだ。ドーファンの食事の前の祈りの言葉とも違った。

 それぞれの想いを言葉にして込めるって事なのかな。それをヨゼフは教えたくて、キャロウェイお爺さんに代表して祈ることをお願いしたって印象を受ける。

 僕も沢山祈りを捧げて、“神の加護”ってものを是非とも享受したいものだ。


「はて? 何やら奉納された魔力が少し天で弾けたような気がしたんじゃが……」

「うん? いつものことだ。気にすんな」

「……全く、本当に摩訶不思議な連中じゃ。そういう事にしといてやろう」


 やっぱり僕とイレーネの祈りによる影響はここでも健在のようだ。どうして僕達の祈りだけこうなるのは不思議も不思議だ。

 ドーファンも色々調べてみたいって言ってたけど、僕も是非ともその研究に参加したい。あっ、僕は研究対象だから嫌でも参加させられるね。


「よしっ! じゃあ食うぞっ!」

「いただきますっ!!」


 僕は手の平を合わせて、食物を頂ける食前の感謝を捧げながら食べようとした。


「……なぁ、カイ。今日の朝から気になっていたんだけど、それって何だ? お前との付き合い長いつもりだったけど、食べる前にいつもそれやってんのか?」

「そうね。私も今日観てびっくりしたけど、どうやらカイだけのやり方のようね。今、確信したわ」

「……やっぱりカイだけの慣習だったんですね。ハイクもイレーネもやってないのに、カイだけやってるのが不思議でした。カイ、それって何ですか?」

「ふぇっ!?」


 思わぬ落とし穴にはまってしまった。あれ? そう言われると僕以外誰もやってなかった。


 そうだ。これは僕がこの世界に来てからも(おこな)っていた事だ。


 父さんと母さんも最初は不思議がっていたけど、僕が始めた事で一緒に食事前に“いただきます”を行うようになって、僕の中でやるのが当たり前になっていた。


 ハイクとイレーネの前でも今日の朝初めて見せた。昨日の夜に鮎を頂いた時はしなかった。食事の感謝を祈ったからいいかって気持ちになったけど、やっぱり“いただきます”をしないのは落ち着かなかった。だから今日の朝から再開してやってみた。


 朝の時はみんな気にしてないようだったけど、実は気にしていたみたいだ。気になるなら朝の時に言ってくれればいいのにってすぐに思ったけど、それは間違った事だった。

 ハイクとイレーネはどのやり方が正しいのかわからない状況だったし、ドーファンは僕達との常識の乖離(かいり)を、昨夜身に染みたばかりだった。

 

 みんな、お互いがお互いを手探りな状況だった。どれがその人にとっての常識で、普通と捉えているのかって事を把握出来ていなかった。厳密に言うと未だにわかっていない。


「これは僕の家族で行っていた習慣だよ。食事の前に食物に対する“ありがとう”の想いを込めた言葉だよ」

「ふーん、そうなんだな。お前はやっぱり不思議だな」


 ヨゼフはあまり突っ込まずに不思議ちゃん認定を済ます程度で、話しを終えようとした。

 うぐっ! 僕だけしかやってないなら、そう思われても仕方ないよね。


 しかし、ヨゼフの隣で椅子に座ったキャロウェイお爺さんは、どこか不思議そうに観る中で、見極めるように観ていた。


「なぁ、人の子よ。一つ尋ねたい」

「はい、何でしょうか?」


 どうやら本当に興味があるようで僕に言葉を投げ掛ける。だけど、その言葉は僕の意表を突くには充分過ぎるものだった。





「お前さん、もしや食べ終えた時は、“馳走になった”と言うのではないか?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ