ドワーフのお爺さん
第百六節
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
僕はドワーフに逢えた嬉しさと、その筋骨隆々のガタイと見た者を恐怖に陥れるイカつい見た目に恐くなり、感情がごちゃごちゃになりながら叫び声を上げた。
「馬鹿モンッ!」
叫び声を上げたら、バゴンッ! って音が鳴るくらいに頭を思いっきしぶん殴られたっ!
「痛いっ!!」
痛さのあまり頭を両手で抑えながら、ヒリヒリと痛みのSOS警報を鳴らしているたん瘤を労わるように、高速で撫で続ける。
「人の工房に侵入しておいて、人の顔を見て驚く奴がいるもんかっ! ……ん? お前さん、どっか別の国の言葉で喋っておらなかったか……もしかして帝国の者かっ!?」
しまったっ! こっちに来てからずっと帝国語でみんなと話していたから、咄嗟に帝国語で感情が言葉となって出てしまった。
うぅ、こんなんじゃ僕もドーファンのことを何も言えないよ。
気まずい時が流れるのを必死で誤魔化そうと、共通語で何とか言葉を絞り出す。
「え、えっと……あの……その……」
「ん? ……何じゃ、お前さん共通語を話せるのかっ!? このような小さき者がかっ!?」
ダメだっ! 焦っているのと元々上がり症な僕には、この状況を打破出来そうにないっ!
心の中でウガーッ、どうしようって叫んでいると、誰かがこの場に乱入してきた。
「おい! カイ! 大丈夫かっ!? いま叫び声が聞こえたんだ……が…」
乱入者の正体はヨゼフだった。僕を心配して来てくれたっ! だけど、張り上げていた声がこの場の状況を見たことで、尻窄みになっていく。
途端、ヨゼフは歓喜の声を上げた。
「キャロウェイ爺さんじゃねーかっ! 久しぶりだな! 元気にしてたかっ!?」
ヨゼフの気分は最高潮に達したようで、旧友との再会を心から喜んでいた。
……僕の頭の中では間違いなく誰かはわかっていたけど、状況に頭が追いつけていなかった。
「おぉっ! ヨゼフじゃないか! 元気じゃったか!? いや〜、会いたかったぞ。今なぁ、この人の子を摘み出そうとしておったところじゃったんだ。ちょっと待っとってくれ」
えっ!? 摘み出すってどういうこと! このままじゃ大変な目に遭っちゃうのは間違いなし。
ヨゼフ、何とかフォローして!
「……いや、キャロウェイ爺さん。こいつは俺の連れなんだ」
「は? お前さんの連れじゃと。何を申している。こやつは恐らく帝国の人の子だぞ。お前さんの連れなどと……いや、まさか……」
「そうだ。俺の任務の内容はそいつらを王都まで護送することだ。他の村の連中には言うなよ。帝国の子供だってのは内緒だからな」
「……何と。この人の子が、お前さんの任務に関係していたとは……」
おっ。どうやら話しの流れが変わってきた。良かった。どうやら摘み出される心配も無くなったかな。
「あと、俺がこの工房の砥石を借りても、キャロウェイ爺さんと俺の仲だから、後から言えば許して貰えると思ったんだ。それでカイが砥石を借りていたんだ。すまなかった」
「何じゃ。そういう事なら別に構わん。お前さんの願いなら何でも聞いてやるわい。気にするな」
「ありがとよ。……ところで、何でカイは叫んだんだ?」
「そうじゃ! この人の子ときたら、儂の顔を見た途端に叫び出したんじゃっ!! 全く失礼な人の子じゃっ!!」
うっ、また話しの中心が僕に回ってきた。でも、先程の動揺していた時とは違う。ヨゼフとこのドワーフのお爺さんが話しをしていた事で、少し傍観して思考を働かせる機会に恵まれ、ようやく冷静さを取り戻せた。
なるほど。この人がヨゼフと仲のいい宿屋の主人だったんだ。
となれば僕は、正座の姿勢に再び正しい直りながら、日本人の伝統文化に則って謝罪をしようと決意した。
ドーファンが僕に初対面の時にお披露目した姿勢を、勢いに任せて頭を振り下ろすっ!
「ごめんなさいっ! 咄嗟に後ろに誰か現れたことにびっくりして、声を荒げちゃいましたっ! 誠に申し訳ございませんでしたっ!!」
「…………おい、お前なにしてんだ? 何だその姿勢は?」
「…………人の子よ。それは一体どんな意味があるんじゃ? 言葉で謝っていることはわかるのじゃが……」
えっ! またやっちゃった!? 土下座をすれば真摯に謝るこちらの誠意が伝わると思ったのに………。
ってぇ! ドーファンがスライディングをしながら土下座をして謝ってきたんだもんっ! こっちでも土下座文化が広がってるって思うよねっ!?
後でドーファンに絶対に事実確認を取らして貰おう。どこまでも問い詰めようと誓った時、唐突にヨゼフは思いがけない事を口にする。
「あれ? お前って共通語出来たのか?」
「あっ、そっか。ヨゼフの前では共通語で話したことなかったね」
そうだった。ヨゼフの前では共通語で話したことはなかった。
ヨゼフが最初から僕達に対して、帝国語で話してくれていたから、僕も帝国語だけでしか会話してなかった。
「まぁ、お前は何かと常識から外れてるから、別にそこまで気にしてはいないけどな。それでも少し驚いた。その年齢で二つの言語を話せるのは異常だからな」
「へ? でもドーファンは数カ国語出来るって?」
「あいつはもっと異常だ。普通そこまで出来る奴はいねーよ」
ふんぬぅ! ドーファンっ! 世間と君の常識は大分違うようだよ!! 僕はもうちょっと常識的なことを知りたいんだよ。
ドーファンが身近にいるせいで、どうやら大分常識から外れた考えに染まっていたようだ。
あっ、そうだ。ドーファンは“多分、多くの人々は、この国で使われている言語しか喋れませんよ“って言ってたっけ。
ごめん、僕の勘違いだね。ドーファンという王国の子が近くにいると、それが当たり前のように感じてしまう。気を付けなくちゃ。
ヨゼフが言うように改めて考えると、普通この年齢で他言語も喋れるはずがないって思っちゃうよね。
前の世界では教育が行き届いていたから、僕の年齢で英語が出来るっていう子がいたら“凄いっ!” とは思っても、異常とまでは思わなかった。
僕がこちらの世界の共通語が出来るのは、日本にいた頃の洋楽好きで英語を学んだっていう、おまけの産物で少々ずるい感じだから心苦しい。
そう考えるとドーファンは、かなり優秀で僕の上をいく異常な子供って事か。良かった。ドーファンには僕よりもその頭脳の優秀さを目立って貰って、これから周りの目をなるべく惹きつけて貰いたい。目立つのは苦手だ。
旅の道中の想定される、訪れるであろう出来事への対処法を考えついてホッと一息吐くと、ヨゼフは言葉を続けた。
「まぁ、俺も安心した。突然お前が叫び声を上げたから何事だって焦って飛んできたんだからな。後ろからこっちに来てる連中も、同じ気持ちだろうぜ」
ん? と首を傾げていると、バタバタと走ってこっちに向かって来ている音が聞こえてきた。
「カイ、どうしましたかっ!? 敵でも現れたんですかっ!?」
三人を代表してドーファンが、心配の叫び声を上げて入って来た。
後から押し寄せて来た三人は、真剣な表情でこの場に乗り込んで来た。睨みつけるような目力と鋭い眉。三人の瞳はこの目の前の状況を理解しようと、必死に状況分析をしている。
魔物と対峙して間もないことが、そのとても緊迫した面持ちの理由であろうことはすぐにわかってしまった。
「ほら、俺の言った通りだろう? 何はともあれ良かった」
「みんな、ごめんなさいっ! 僕、そんなつもりで声を出したんじゃなかったんだっ!!」
あぁ〜もう。みんなに余計な心配をさせちゃった。自分の浅はかさで頭が痛い。もうちょっと感情を抑えることを学ばなくちゃいけないな。
昔から気持ちが昂ぶると、ついつい声を出して喜んだり驚いたりしてしまう。
「キャロウェイ爺さん。俺の連れの追加だ。よろしくな」
「……お前さんは孤児院の経営でも始めたのか?」
「ちげーよ! 誰が好き好んでそんなことやるんだ! 俺の柄に合ってねぇだろうがっ!!」
あれ? 案外似合ってそうと思うのは僕だけだろうか。似合うと思うよ、ヨゼフ。
ヨゼフとドワーフのお爺さんのやり取りを観て、ようやく僕の身に訪れたのが脅威となる存在でなかったことを三人は知ると、はぁ〜っと深い息を吐いた。………本当にごめんなさい。
ハイクとイレーネはヨゼフの忠告を守っているようで、いつもなら真っ先に文句の一つでも言ってくるイレーネも、大変おとなしかった。
ぐっ! ハイクにしっかり者をアピールしたばっかりなのに、僕の方が早速やらかしてしまった。ハイクとイレーネの目が痛い。“やっちゃったんだな”っていうニヤニヤした視線を向けてくる。
「そうかのう? 儂は面倒見の良いお前さんなら、人の子の面倒を見るのは得意じゃと思うがの」
おぉ! 僕と同じことを考えてる! 心の中でキャロウェイお爺さんの心象がぐんっと上昇していく。多分、保育園の先生でもやってたら人気者だっただろうに。
「わっはっはっは! いやぁ、まさかお前さんがこんなにも子供を連れて帰って来るとはのぅ。……それも全員、帝国の子とは」
「いや、一人は違う。一人は途中で森の中で拾ったんだ」
「………やっぱり孤児院を始める気なんじゃ…」
「んなことはねぇっ! こいつも困ってそうだったから、王都まで一緒に行くことになっただけだ!! 説明してやってくれドーファン。俺の言葉よりもお前の言葉を聞いたら、納得してくれるだろうよ」
バンッと背中を叩かれて前に押し出されたドーファンは“えっ! ボクですかっ!?”と、素っ頓狂な声を上げ、モジモジしながらも口を開く。
「は、初めまして。ドーファンと申します。ボクはヨゼフさんの仰ったように、王国生まれの王都在住です」
ドーファンの言葉には、何も深い意味は無い。無いはずだった。
だけど、キャロウェイお爺さんにとっては信じられない言葉のようで、驚愕の顔でドーファンを見上げている。
「………お前さん。王都の者でありながら儂を見て何も感じないのか……」
ん? どういう事だろう。王都の人と、このお爺さんに何か関係でもあるのかな。
「はい。ボクは王都の人達とは違います。ボクは貴方達とも手を取り合って歩むべきだと、そう信じています」
そう言ったドーファンは、その印象的な右手をキャロウェイお爺さんに差し出した。
その右手を観て、キャロウェイお爺さんは信じられないものを知った驚愕の感情ではなく、嬉しさが隠しきれない瞳を浮かべた。
ようやく美しいものを知れた驚嘆の気持ちへと昇華させているようだった。
手と手が重なり合う。ただ、それだけの光景の筈なのに、それは特別な光景に思えた。
ヨゼフも二人の姿を観て、とても誇らしい気持ちになっているようだった。
どうやらこの世界の事を、僕はまだまだ知らなかったと思い知らされた出来事だった。




