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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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砥ぐ

第百五節

「うん、その時はしっかりと相談に乗るよ。僕のせいで作業を中断させちゃったね。早くお礼を言いたくて……」

「ううん。カイのお陰で胸のつっかえが少し取れた。知りたかったものを少しでも知れたんだ。ボクはすっごく嬉しいよ」


 小さなきっかけに過ぎなかったとしても、ドーファンの悩みをちょっとは解決出来たみたいで良かった。

 それでも、ドーファンの抱えているものは、本当に重たい悩みだと僕は確信した。


 ドーファンは自分の悩みを“自分の罪”とまで表現していた。生優しいものではないと。でも僕は、こんな心優しい少年がそんな重たい罪を犯すような子ではないと思う。

 だから信じたい。今度は僕が守るんだ。ドーファンのことを大切な友達だと想っているから。




 そして、ずっと知りたかったことも知れた。ドーファンの右手の甲の腫れは、間違いなく無くなっていた。

 最初に逢った時、チラッと見えた。なぜか右手の甲が不自然なくらいに膨れ腫れ上がっていた。それは、旅に出る時もあった。

 だけどあの森で、ジャイアント・グリズリーに襲われた後、ドーファンの右手を見たら手の甲の腫れが消えていたように見えた。


 それが不思議でならなかった。何で突然消えたのか。それからずっとドーファンの右手に注目していた。

 今、触ってみて、元々そんな腫れなど存在していなかったようになっている。そして心なしか、ドーファンはあの森を出てから、とても調子が良さそうに見える。

 

 死闘を演じた後だとは思えない程に、ドーファンは行動的になったと感じる。嬉しい変化だったけど、まだ謎は残ったままだ。

 身体のことだ。もしそれが、ドーファンのトラウマや悩みに直結しているようなことだったら、聞くのは失礼だと考えて、まだ聞けていない。


 もし、ドーファンが全てを打ち明けてくれる時がきたなら、その時に聞こうと思う。その時はきっと、分け隔てるものが存在することなく、ドーファンの想いを知れる時。

 だから、あの右手に抱えていたものが何だったのか聞こうと思う。それが彼の悩みの原因だったなら、友達として解決出来るものがあるのかもしれない。

 この世界では、わからないことは沢山ある。あれが魔法の一種で、ドーファンを縛りつけてるものだっていうこともあり得る。

 今は消えているだけで、それが再発することだってあるんじゃないかって勘繰ってしまう。……僕の考え過ぎかもしれないけど。


「じゃあ、カイ。ボクの作業の続きを観ててね。何かあったら言って欲しいな」

「うん! わかったよっ! バッチこいだよっ!」


 その後、物覚えのいいドーファンは難なく解体の作業をこなしていた。ちょっとお肉を切りづらそうにしていたけどね。




「随分時間が掛かったな。何かあったのか?」


 ……またヨゼフを待たせちゃった。いや、悪気はないんだよ。僕はせっかく二人きりで話せる機会を無駄にしたくなかっただけだから。


「別に何も問題ありませんよっ! ねえ、カイ?」


 ドーファンが嬉しそうな顔で、僕の顔を覗き込みながら聞いてくる。……ドーファン、それじゃあ何かあったって言っているようなもんだよ。


「……そうか。何も問題がなかったか。それなら良かった」


 ヨゼフは全てわかりきった顔をして、ハイクとイレーネはまるで小さな子供を見るように、温かい目で見ていた。

 みんな、ありがとうね。




「さて、じゃあ焼いていくとするか。カイ達の捌いた肉も、そのテーブルに置いてくれ。順番に焼いていくからな。ついでにそこのバケツの水で手を洗っておけ」


 もう焼く準備も終えており、僕達のことを待っていたようだった。何だか本当にさっきから僕のせいで、待たせている場面が多いな。

 ヨゼフに言われた通り、手をバケツの水で丁寧に揉み洗いをする。石鹸なんかないからキチンと水で洗っておかないとね。血の臭いやヌルヌルした感触が残っちゃうのは嫌だから。


 ふと、テーブルの上に目をやるとヨゼフの短刀もお肉の脂がついており、せっかくなら一緒に洗って砥いでおこうと思った。


「ねぇ、ヨゼフ。あそこの炉のところに置いてあった砥石って借りても大丈夫かな? ヨゼフとドーファンの短刀を砥いでおきたいんだ。ドーファンの短刀は切れも鈍っているようだったし」

「随分と気が利くじゃねぇか。あいつなら断んなくても大丈夫だ。じゃんじゃん使っていいぞ」


 あいつ? 随分と仲が良さそうだ。そういえばヨゼフは、宿屋の主人に貸しがあるみたいなことを言っていたっけ。

 ヨゼフの許可も取ったし早速行動に移ろう。砥ぐと一口に言っても、その工程は一回では終わらないからだ。


「わかった。じゃあ、これ借りていくね。ご飯を食べれる時までには終わらせるよ」


 僕は短刀を二本手に取り、まずは井戸へと向かった。井戸に着いたらロープに括り付けてある木のバケツを、井戸の中に降ろし水を汲み上げた。ヨゼフのように井戸の側に置いてある空のバケツに水を移し、すぐに運べるようにしておいた。

 厩舎脇に積んである干草を少し貰いに行った。ついでに黒雲達に軽く挨拶もしておく。すでに食事も水飲みも済んでいたのようで、とても満足げな顔をしていた。


「みんな、今日は本当にありがとうっ! みんながいなかったら、今頃まだ森の中だったよ。今は少しのナデナデしか出来ないけど、また後でゆっくり喋ろうね」


 みんなの頭を順番に少しの時間撫でていく。ナデナデしていると黒雲もアイリーンもアルも、みんな嬉しそうな顔になって、僕もなんだか嬉しさを分けて貰えた。


 よしっ! 頑張るぞ! やる気も上がって少し浮かれながら、干草を持って再び井戸に向かう。井戸に着いたら、さっき準備したバケツと置いておいた短刀を手に取り、炉の方に向かった。


 


 炉に着いて、改めて炉の全体を眺めてみた。ここの炉の設備、そして立て掛けられた道具を見ても、圧巻の一言に尽きる。

 ここの主人がとてもまめな性格をしていることが伺える。道具類も一つ一つ丁寧に道具を収納及び管理するための木の壁にズラーッと種類ごとに並べてある。

 わかりやすく言うなら、DIYでよく使われる有効ボードで道具を保管しているような感じだ。もちろん有効ボードなどないので、例えば金属を加工する際に叩く作業に使われる金槌なんかは、金槌の柄の部分の両側に、金槌の頭が落ちない程度の大きさの加工した木が打ち込まれている。

 金槌を木の壁から突き出ている、二本の木に引っ掛けていると言ったほうが想像しやすいかな。金槌も色んな種類があり、大槌や小槌以外にも見た事がないような形の物まで置いてある。


 多分、作業効率を考えて炉に近い位置の下段から、加工物を掴むための“やっとこ”、金槌、鍛錬の際に使うテコ棒、ヤスリなどが置かれていた。

 だけど、長らく使っていないからか、肝心の叩く台である金床は見当たらなかった。恐らく、金床の面を傷付けないように、どこか別の場所に保管しているのかも。

 金床の面に凸凹があると、加工物も凸凹になってしまう。だから金床は傷付けてはいけない。


 ふっふっふ。これでも歴史マニアの端くれだ。日本刀の鍛治についてもバッチリ調べている。だから、道具やその使用方法はわかっている。日本刀の歴史も本当に奥が深いのだ。僕は道具とかは知っていても、刀を造れるかって言われたら無理な話しだけどね。


 さてさて、お目当ての物をちと拝借致しますかな。……何かこのセリフ言うと盗みに来たみたいだね。辞めとこう。

 さっき裏庭に行く際に砥石を見かけた時、ずっと気になっていたんだよね。なぜなら砥石が幾つも置かれていたから。

 僕も前の世界では三種類は砥石を持っていた。狩猟もやるから砥石を持っていたってのもある。だけど僕の本来の仕事でも、砥石はよく使っていたので最低限の三つは揃えていた。


 おっ! あったあったっ! ……っ!? えっ! 六種類もあるよ! ……………えっ、こ、これは! 


 凄い! 全部天然砥石だっ! 


 この世界だから人工砥石がないのは当たり前だが、それでも感動せずにはいられない。天然砥石はピンキリだけど、本当に高い物はとんでもない値段だ。

 こんなに砥石を持っている人はなかなかいない。本当に鍛治が好きな人なんだろうな。じゃなきゃここまで普通は揃えない。

 よくよく砥石を見てみると、まだ幾つかの砥石は水分が含まれていた。砥石を使って刃物は砥いでいるみたいだね。

 

 砥石をじっくりと眺め触ってみる。これは荒砥石、こっちは中砥石、そして仕上砥石だ。僕の持っていた砥石もこの三種類。

 これだけあれば大抵の刃物は砥ぐことが出来る。結構仕上がりもいい感じになるんだよね。


 他の砥石も触ってみた。ただここでさらに驚いたのは、とんでもなく目の細かい砥粒の天然砥石だった。………うん、こっちの砥石には絶対に触らないようにしよう。

 昔は蔵に収められた天然砥石が高級品として扱われ、その名残として“蔵出し”という言葉が日本にいた頃でも使われていたくらいの高級品。

 天然砥石は人口砥石に比べて割れやすいらしい。その上こんなにツルツルの天然砥石を使うなんて恐れ多い。これだけでどれだけの価値があるんだろう……。


 


 鑑賞会を終えて、僕は工房の平らな地面で砥ぐ作業に取り掛かる。


 短刀のお肉の脂を拭き取るために、干草を水に浸し、その濡れた干草で短刀をしっかりと拭く。ここでしっかりと拭かないと、砥石の上に脂が乗っかってしまう。人様の大切な物だ。それだけは避けたい。

 念入りに拭いたら、荒砥石を慎重に落とさないように運び地面に置く。ありがたいことに、この砥石の持ち主は几帳面なようで、砥石ごとに専用の台を作ってくれていた。その台と一緒に地面に置くことで、砥石に砂粒がつかないようにしてくれている。


 正座をしながら、荒砥石で短刀を一本一本丁寧に砥ぐ。力み過ぎない程度に、刃が砥石に引っ掛からないように、少し斜めにしながら砥いでいく。


 スゥ、スゥッと、砥石を砥ぐ音だけが工房に響き渡る。


 とても静かで、心地の良い時だ。心が自然と落ち着いていく。小さな工房だったこともあって、その音はより明快に一音一音を刻みながら、耳の奥にその残響と共に聞こえてくる。


 あぁ、このままずっと砥いでいたいな。やっぱり僕はこういうことが大好きだ。みんなで何かやるのも好きだけど、一人で一つの空間で、一つの作業に没頭する。

 その作業に向き合いながら、己のことも癒し、見極め、追求するひと時。気持ちが安らいでいく。


 


 ……どれくらいの時が経ったのだろう。夢中で作業をしていた僕は、いつの間にか中途石、仕上砥石まで終わっていた。

 ふぅ、楽しかったな。正座をしたまま仕上げた短刀を頭の上に掲げて、その仕上がりを視つめる。

 ……うん、美しい。角度を変えながら眺めても、短刀の刃が鏡の鏡面のように反射し、僕の女の子みたいな顔を久しぶりに映し出す。

 うっ! なんか久しぶりに心の傷を抉られた気分だよ……。ほんのちょっと気を落としながらも、その仕上がりに満足気に一人で微笑んだ。





「ほう、人の工房に勝手に入られた挙句、それが見知らぬ人の子とはな。こりゃたまげたわい」




「えっ」




 僕の背後にいつの間にか誰かが立っていた。ちょうど掲げていた短刀が、その人の手の高さの位置にあり、僕の砥いだ短刀が掴み取られる。


「……ほう…ほう。人の子の割になかなか上手く出来ておるわい。刃が澄んでおるのう」




 僕は後ろを振り向いて、砥いだ短刀になにやら評価を下していた人物の顔を見上げる。


 そこにはヨゼフよりも、もっともっと長い長い、もじゃもじゃの髭を蓄えた背の低い小太りなおじさんが立っていた。


 僕はこの人物を知っていた。正確に言うならその種族を知っていた。




 そう、ドワーフだ。




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