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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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ドーファンの想い 一

第百四節

「………やっぱり、カイには気付かれていましたか。いやぁ〜、最初にあんなに驚いてしまったのは失敗でしたね」


 ドーファンは短刀をテーブルの上に置き、観念したように話し出す。


「そうだね。僕からすると、ドーファンがあからさまに僕のことを怖がってくれた。あれのお陰で僕は気付くことが出来た」


 初めて逢った時、いや、遭った時と言ったほうがいいかな。ドーファンは冗談でもふざけてでもなく、本気で僕のことを見て怖がっていた。恐怖で身体を震わせていた。眼に涙を浮かべていた。


 ヨゼフに槍を向けられてもまだ怯えていたけど、イレーネと僕のやり取りを観て彼の中の恐怖は薄れていき、仕舞いには冗談を言った。



 

 ここで僕は疑問に思った。“何でこんなにさっきまでと急に態度が変わったのか”。




 僕達のやりとりを観て、悪い人ではないとでも判断したんだろう。だけど、あそこまで怖がっていた相手に、瞬時に警戒を解くだろうか。

 ドーファンの性格を考えると、あんな森の中に一人で侵入する大胆な行動や、時にはお茶目な冗談に目が行きがちなる。けれども、その本質は真逆だった。

 魔物を討伐する時、あの森を抜ける時、常にドーファンは慎重に行動する意見や考えを口にしていた。


 さらには黒パンを食べていた時のあの呟き。あれほど周囲の情勢を気にするような子が、あっさりとあれだけのやり取りで、そう簡単に心を許すものだろうか。

 慎重に警戒するような子は、なんとかこの場から逃げよう、急いで離れなければと行動したに違いない。

 

 あの時のヨゼフの行動でそれがわかった。何でヨゼフはあの場面で、一人離れていったのかもずっと疑問だった。

 ヨゼフはドーファンがどう行動するかを知りたくて、あえてあんな行動をしたんじゃないだろうか。

 普通、護衛対象から離れるなんてことはしない。なのにヨゼフは、僕達と離れて山鳩を狩りに行っていた。

 もし、僕達がドーファンに襲われてもあのヨゼフのことだ、すぐに駆けつける自信があったんだろう。ハイクが遅れをとるくらいのスピードで、僕とドーファンの元に駆けつけていたしね。


 僕、ハイク、イレーネ、ドーファン。この四人だけで行動していたら、ドーファンがなんとか逃げようとすれば幾らでも出来た。

 トイレにでも行かせてくれと言えば、暗い森の中だ、僕達は追跡することをせずに、ヨゼフの帰りを待っていることになった。

 僕達も慎重に行動をせざるを得ない場面だった。なにしろ初めて来た国で、初めて来た森で、あんな暗い中をわざわざ焚き火場から離れずに、ヨゼフのことを待った方がいいに決まっている。

 ドーファンだって、そのくらい考え尽くはずだ。ヨゼフがいる場面で逃げるよりも確実に逃げられる可能性があった。




 だけど、ドーファンはそれでも逃げようとしなかった。




 僕はここまでの道中を通して確信した。“ドーファンはあの光景を観ていたから、本気で命のやりとりをする僕達を観て怯えていたけど、僕と父さんとの別れの様子、さらに間近で僕とイレーネのやり取りを観たことで、危険性がないと判断しすぐさま警戒を解いたんだ”、と。


 最初、僕と遭った時は本当に殺されると考えたのだろう。命のやり取りを、あの士官と繰り広げていた闘いの光景も目の当たりにしていたら当然だ。


 口封じ。僕の視点からすると、自分の存在を知られたからには殺す、という考えが頭にのぼることを考慮して、必死に殺さないでと叫んでいたと考察すると、ストンッと考えのピースがはまる。


 それはなぜか。僕達が密入国者だと知っていたから。


 僕は最初、ドーファンが共通語で話していたのは、僕達が密入国者だと知らないからだと思っていた。同じ国の人間なら共通語で話しかけるのが普通だ。


 だけど、ドーファンの考えがあってそうしていたことが後でわかった。ドーファンの中では“言語が幾つも出来て当然。それが常識”という固定概念から、帝国語ではなく共通語を話したんだと思う。

 帝国の人間でも共通語は話せる、という常識を知っていたんだ。現に文官志望だった僕やイレーネは、授業で帝国語を共通語に訳したりと、単語の勉強もしていた。

 多分、王都には帝国の商人も行っていることから、そういう人達の様子を観て知っていたんだろう。だから共通語を話せば通じるという考えで、僕に共通語で最初は叫んできたんだと思う。

 その後、僕とヨゼフとイレーネの会話を聞いて、帝国語に切り替えたというのが真相ではないかな。

 まぁ、この推測には“それが常識”と捉えているドーファンの背景もあるんだけど、まだ情報が少ないからこれは言えない。後で村長さんとの会話の中で、少しでもいいから情報を聞き出したい。


 大方はこんなところだと考えている。しかし、この考えにはどうしても足らないものがあった。僕はここではっきりと聞いておきたい。




「ドーファン。どうして僕達を見逃したの? あの夜、ヨゼフがいないタイミングで逃げ出して密入国者を報告しようとすることも出来たんじゃないかい? 幾ら君がお腹を空かして動けないとは言っても、そのくらい出来たはずだ。近くのあの街に行ってね」

「………バレていたんですか? 一体いつから?」


 もう正直に言ってしまおう。その方がドーファンのためにもなるはずだ。


「あの森を抜けた時さ。“ボク一人だと商人の人に乗せて貰うしかない旅”、他には“あの深い瘴気が立ち込める森は、決して通っては行けないって言われているんです。そして、これから通る予定の道も………“って言っていた。ドーファンはあの森についても知っていたし、別の道からあの森に入ったって言っていたしね」

「ドーファンはここら辺の地理にも詳しそうだったよね? ドーファンの身体のことを考えるなら、別の道は一つしかないよね? 帝国にいた僕達からも見えていた、あの国境沿いの街まで馬車で移動し、そこからあの森に入った。違うかい?」


 ドーファンは僕のことを見つめながら、コクリと首を縦にふるだけだった。……まだ、話そうとはしない。なら、説明をもう少し続けるしかないね。


「慎重な君がわざわざ遠回りをして森に入って来たとも言っていたのが、どうしても僕は信じられなかった。僕と同じで身体が虚弱で病弱な人がそんな事をするはずがないんだ。僕なら絶対にそんなことはしないからね。だけど君はこう言った。“この辺りの村で聞き回っても”、と。村って表現を使うことで僕達の頭の中から、あの国境沿いの街から森に入って来たっていう思考から、君は遠ざけようとした。これもそうだよね?」


 再びコクリと首を縦にふったが、そのまま頭が下に項垂れてしまった。



 ……全く、こちらの気も知らないで。




「はぁ〜〜〜。……違うよドーファン。さっきも言ったけど、僕は君に感謝しかしてないんだ。ごめんよ、口調が厳しくなったけど、君をいじめようとか疑っているって気持ちで聞いたんじゃないんだ。君もそうだし、ヨゼフも何とかして僕達を助けようと、親切心からこの危険な道を辿る選択肢しかないように見せかけた。これもそうなんでしょ?」

「っっっ!? …………どうして。何でわかったの?」


 素の言葉遣いになってるから間違いないね。本当に全くって感じだよ。二人して暗黙の了解のもと僕達が危険な目に遭わないように、大変ながらもこの魔物のオンパレードで危険な道を選んでいたんだからね。


「当たり前だよ。あんな大きな街が目の前にあるのに、そこから馬車に乗って行こうって、君の身体の状態なら絶対に言うよ。なのに、その一言すらなかった。僕達が密入国者だとわかっていたから、街に入れば捕まる危険が高い。だから街から行ける安心なルートを提案して、僕達がその考えに同調しないように、“街”という存在を僕達の思考から除き去ろうとした。実際、イレーネだったら間違いなく街から行こうって言っていたよ。本当に助かった」


 僕達は想いが強いと認めて貰っていても、実際には心は衰弱していた。あんな親の死とみんなが向き合ったばかりの後だ。楽な方に転がり込みたくもなる。捕まる危険が高いと言っても、魔物や瘴気やら見えない敵に怯えなきゃいけない道を通ると知っていたら、街から通る道を僕達は選んだ。断固としてイレーネがそうしようと主張しただろうね。


 しかし、二人はその道を選ばせないようにした。これはつまり……




「何で僕達を、そんなに守ろうとしてくれているんだい? あの時、君が逃げて密告していれば、僕達は捕まったかもしれない。そうすれば少なからずともお金や何かの報酬を手に入れることだって出来たはずだ」

「あの時、君が自分の身体を優先して街から行くように提案していれば、僕達は捕まっていた可能性はさらに高かった。どうして君は、そんなに僕達が捕まらないようにと、自分の身体を害しながら、この危険な道を選ぶことが出来たんだ…」

「僕達と君は、あの時、あの場所で、初めて遭ったばかりじゃないか。そんな他人を、どうしてそこまで信頼しようとしてくれているんだ……」


 つい、溢れ出た感情が言葉として吐露してしまう。本当にわからなかった。なぜ、ここまでして僕達を守ろうとしてくれているのか。

 虚弱でブルブルと震える小動物のような子が、その弱い身体を犠牲にしてでもこの道を進む事を選び、見えない嘘で守ろうとしてくれていた。




 だから僕は、一番最初に“ありがとう”を口にした。全ての人を幸せにする魔法の言葉の力を借りて。

 



「……言ってくれたじゃないか。ボク達は友達だって……」


 ドーファンは堰を切ったように言葉を紡ぐ。


「本当はね。あの時、カイの言うように全て観ていたんだ。カイ達がこっちの国に逃げようとしてた時、敵の兵士がカイを襲ったことも、その兵士の剣が粉々に砕けたことも、多分、カイのお父さんらしき人がカイを守るために最後の力を振り絞って敵を討ち、カイのことを抱きしめながら亡くなっていったことも………」

「ボクはね…泣いていたんだ。涙を流すなんて、あの時以来だった。……あぁ、こんなにも親子の情は深いものなんだって。ボクは初めて知った。知ることが出来た。だから君達のことを守りたいって想えたんだ。本当は泣いて震えていたんだ。虫を見つけてびっくりしたって言うのは、ボクの泣いていたことを知られたくない恥ずかしさを誤魔化すためさ」

「でも、もし君達がボクを見つけてしまえば、口封じに殺されるかもしれない。そんな考えが君が近くを()ぎった時、ボクの震えを増長させた。共通語で話してしまったのは、かなり慌てふためいてしまったからだよ。やばいやばいどうしようってね。ボクは命の危険が迫っていても、どこまでもおっちょこちょいだなって、いま思い返してもそう思う」

「だけど、ボクの恐怖とは裏腹に、カイはイレーネと喧嘩した後なのに、あんなに心配されていた姿を観て、ボクはこの人達ならきっと信じられる。ボクはこの人達のことをもっと知りたいって想えたんだ」

「前も話したけど、ボクは友達と喧嘩別れをした。謝りたい。謝りたい。謝りたい……。ずっとそのことばかりを考えていた。そんな時に、カイとイレーネはすぐに仲直りをした姿を観て、ボクはみんなと仲良くなって知りたくなった。“友達とは何か”って、本当に強く知りたいって願ったんだ」




 …………そうだったんだ。あの時、ドーファンの眼が潤んでいたのは、恐怖で濡れていたのではなくて、僕と父さんの姿を観て、心動かされていたんだ。

 ……父さん。貴方の想いは国を隔てた子供の想いを動かすまでの、とても偉大な想いだったよ。本当にありがとうね。父さんのお陰で、僕達はこうして今も生きているんだ。

 

 でも、ドーファン。そんな心優しい君は、どうしてそんなに自分を追い込もうとするんだ。きっとその優しさをその友達だって……。




 「ドーファン、君は……」


 言葉にして伝えたかったが、僕の言葉を遮りながら滔々(とうとう)と話しは続いていた。


「だから、あんな無理矢理だったけど、みんなに近づくために冗談を言ったんだ。冗談については勉強したよ。自信はあった。警戒心を解こう、何とかみんなを辛い現実から背けさせようと躍起になれた。……誰かのためにこんなに何かをしようとなったのも、初めての気持ちだった」

「みんなが捕まえられる訳にはいかなかった。たとえどんなに厳しい道と知っていても、沢山の魔物や瘴気に晒される危険が待ち受けている道を選んだ。あの街に行けば間違いなく捕まるんだ。……知っていたかい? 帝国から逃亡して来た人は売られるんだ。それに帝国の子供は希少価値が高いから、あの国境沿いの役人達は必死に捕まえようとするんだよ」

「みんなを騙すようなことをしてごめんなさい。ただ、みんなのことを守りたくて、みんなはボクのことを、友達だって言ってくれたから………」


 目尻に涙を浮かべながら、ドーファンは言う。


 もう、このまま黙っている訳にはいかない。僕は少年の小さな右手をガッと両手で握りしめ、少年の想いに応える。


「ドーファン。何度も言うけど、僕にとって……いや、僕達にとってドーファンは命の恩人だよ。僕は帝国の子供が高く売られるなんて知らなかったよ。そんな状況でも、ドーファンが僕達を優先してくれて、守ろうとしてくれて、本当に嬉しかった。ありがとうね」

「カイ……」

「それに、ドーファンが心の底から優しいことを僕は知っていたから、ドーファンをずっと信じてここまで来れた。ドーファンが友達に謝ろうとしてることを聞いて、ドーファンが優しい子なんだって、そういう想いを大切にする子だって知ることが出来ていたから………」




「いいや……違う」




 突然声を上げたドーファンの小さな声の大きな反論を、僕は無慈悲にも聞いてしまった。




「違うんだ………優しくなど、そんな生優しい行ないではないんだ……」


 ハッと我に返ったドーファンは、顔を上げ僕の顔を見つめる。


「っ! ごめん。なんでもないんだ。ボクの言ったことは忘れて…」




 だけど、そんな言葉を受け入れてしまえるほど、僕はドーファン以上に優しくなんかない。




「嫌だ」

「っ!? ちょっ! 酷いよ! カイっ!!」


 何と言われようとも、これだけは言っておかなきゃ。


「ドーファン。君に僕は伝えなきゃいけない責任がある」

「……責任? 一体なんの責任なんだい?」

「ドーファンがさっき言っただろ? 僕達と仲良くなって、本当の友達が何かを知りたいって。だから、いま君にそれを教える」




「本当の友達っていうのは、友達が辛い時にずっと側にいてあげれる存在のことだ。そこに言葉なんかいらない。僕はドーファンの側にこれからも居続ける。そしたらいつか、ドーファンが抱えている気持ちを打ち明けられる時が来たら、僕に聞かせて欲しい。その時は僕も、君のことを真剣に想って考えた言葉を贈るね。約束だ」




 呆然と僕の顔を見ている。しばらくの沈黙の後、その意味をようやく悟ったような顔を、何か諦めに似た表情を浮かべながら、空いていた左手がボクの手を優しく包み込む。




「……そっか。そうだったんだね。ボクはそうすべきだったのか………。いや、違うな。やっぱり謝るべきだったはずだ。それだけの罪をボクは犯した。そもそも、ボクが彼に逢ったことが…………。ごめん。まだ、どうすべきだったか本当の答えがわからない…わからないけど……これだけはカイの言葉でわかったことがある」

「ボクは全てを後回しにしてでも、あの時、彼の元に駆けつけるべきだったんだね。どれが答えかなんてわからなかった。ずっと、ずっと悩んでいた。…………ありがとう。ボクも近いうちにカイになら全てを打ち明けたいと思う。それは今じゃない。でも、それは遠い未来じゃない。ボクが君のことを確信した時、必ずこのずっと抱えてきた想いを相談させてね」


 

 少年はその本来の少年たる笑顔を浮かべていた。無邪気で、邪推な気持ちに囚われない、明るい顔だった。

 目尻に浮かべていた涙を一雫、頬を伝わせて。




 僕の握りしめていた少年の右手の甲の腫れは、綺麗さっぱり無くなっていた。




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