7>>■ セッドリー視点3
※流血注意※
「……俺もです……」
自分から無意識に漏れていた言葉はそれだった……。
一度溢れてしまえばもう止められない。駄目だと頭は理解していても止める『心』が残っては居なかった……。
「俺もこの先何も知らなかったふりをしてアリシュアの横に立てる気がしない……
俺もハル兄と離れたくない……
……このまま自分の心に嘘をついて偽って、アリシュアを欺きながら彼女と結婚する事なんて……俺はしたくない……」
「俺もだ……
俺はティナを未だに妹の様にしか見られなかった……」
ハル兄がつらそうに眉を寄せる。俺も同じ気持ちだった……。
親が決めたとしても『婚約者』だった。将来の伴侶になる人を大切に特別に思っていた。
……だけど、どう頑張ったって、どう自分に言い聞かせたって、……彼女を『恋しい』と思う事が出来なかった…………
それが努力不足だと、俺が悪いのだと言われたら反論のしようもない……。『恋しくなくても婚約者だろう』と言われるかもしれない。『貴族に産まれたなら、婚約者と結婚するべき』なんだろう……。
けど、自分に嘘をついて、彼女に嘘をついて……そんな気持ちで彼女に接して、彼女を幸せに出来るなんて思えない……。自分の我が侭を『彼女の為』と言って言い訳しているようで、こんな考えをする自分がもっと嫌になる。
何が正解なのかも解らない………だから、もう、正解を選びたいとも思わない……。
「俺も家を出ます……
ハル兄の側にずっと居る……」
ハル兄の目を見てそう伝えた。
最低野郎、屑野郎。
そんな者に成り下がっても、俺たちは『自分』でいる事を選んだ。
…………逃げる事を選んだ俺たちに謝罪する権利も身辺整理する権利も有りはしない。そんなものを求める事すらおこがましい。
ただ屑らしく逃亡の為の偽装をしてダンジョンから抜け出した。
丁度良いハル兄の血みどろになった魔物に引き裂かれた服をさらに引き裂いてばら撒き、俺は適当に今後使わなそうな荷物をいくつかばら撒く。
覚悟を決めると同時に偽装の為に、俺とハル兄はそれぞれの左腕を剣で切り、溢れ出た血をばら撒いた。俺は更に髪を一部切っていく。血の匂いで集まってきた魔物がここを踏み荒らせば、素人の偽装でも分からなくなる事を願って……。
止血して回復薬を飲み、日頃から荷物に入れていた予備の服に着替えたハル兄と魔物の皮を被って人目に見つからないようにダンジョンを出て森の奥深くへと足を進める。
ただ遠くへ。
途中でハル兄も髪を切り、俺も更に髪を短くした。出来るだけ目立たない服を着て、魔物の皮を被って浮浪者の見た目になる。
貴族だったからこそ持てている空間収納鞄が本当にありがたい。その鞄も魔物の皮で包んで偽装する。
かなり臭い。
その臭いにハル兄と顔を見合わせて苦笑してまた歩き出す。
遠くへ。遠くへ。
全てを捨ててきた罪悪感も、ハル兄と一緒に居るだけで耐えられる。
この先、死ぬよりつらい事が起きたって、ハル兄を選んだ俺に後悔だけは無いと思えた。