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6>>■ カハル視点3

※流血注意※





「ハル兄ぃ!!!」


 聞こえた声と音と体に感じた衝撃で、世界は一瞬時を止める。


 脳が理解する前に動いた右腕が、目の前の魔物の目の位置に手に握っていた剣を叩き込み、魔物の目を切り潰した。

 痛みに仰け反った魔物の首に更に剣で切り込み、その黒に体に剣を食い込ませる。


「あ"あ"あ"あ"!!!」


 自分の口から出た意味の無い言葉を勢いに、魔物の胴体から首を切り離した。


「ハル兄!!」


 ふらついた俺の体をセッドリーが支えてくれる。


「……っ!」


 体の左側から駆け上がってきた激痛に顔が歪む。避けきれなかった魔物の3本の爪が左側の胸の上から肩にかけて切り傷を付けた。流れた血が体を伝う。だが血の量ほどの痛みは無い様な気もした。……傷が深過ぎて痛みが麻痺してしまっているのかもしれないが……。


「ハル兄、早く薬飲んで!!」


「ん……」


 セッドリーから手渡された回復薬をすぐに飲む。

 錬金術師が作るその薬は、飲んですぐに体の傷を直してくれる、冒険者には必需品だ。どんな傷でも治せる訳ではないが、今回の傷は無事に持っていた回復薬で治せるものだったようだ。

 すぐに痛みが引く訳ではないが、体の中から温かい光が湧き上がり傷が徐々に塞がっていくのが分かる。


 セッドリーに支えられながら壁側へと行きそこに背を預けて座り込んだ。

 回復薬を飲んでも血が直ぐに戻ってくる訳ではない。もう一本回復薬を飲んで体を休める。


 痛みが少しマシになって横を見ると、セッドリーが泣きまくっていて驚いた。


「何、泣いてんだよ」


 その泣き顔に笑ってしまった。


「だって……っ、……ハルにぃが死んじまうんじゃないかって……」


 グズグズと泣きながら鼻をすするセッドリーは幼子の様で……


「ごめんな……心配させた」


 右手を上げて、幼子にする様にセッドリーの頭を撫でた。


「俺が、ヘマしたからハル兄が……」


 他の魔物と戦っていたセッドリーに後ろから襲いかかっていた魔物に無理に割って入ったせいで傷を負ってしまった。だがちゃんと魔物の動きに気を配っていれば避けられた傷でもある。仲間の背中を守るのも仲間の役目だ。傷を負ったのは俺の技力が足りなかったせいでセッドリーのせいじゃない。


「ヘマなんてしてないだろ。まぁもう少し周りの気配も探れるようになっていこうな、ってとこだな」


「……次からは気をつける……もうハル兄に傷つけさせない……」


「……ダンジョンに入ってる以上は怪我は覚悟の上だ……。死ぬ事だってそうだろ?」


 俺の言葉にセッドリーは泣き顔をしかめる。


「…………でも……俺はハル兄が怪我してるとこなんて見たくない……」


 その言葉に笑ってしまう。


「無茶言うなよ。俺にもうダンジョンに入るなって言うのか?」


「そんな事言ってない!?」


「……ダンジョンに入る以上、無傷なんて夢見てると逆にすぐ死ぬだろうな……でも、傷付かないほどに強くなるって事なら賛成だ」


「……! っ、うん! そう! それだ! 俺、ハル兄と一緒に怪我と無縁になるくらい強くなりたい!!」


 強く頷いたセッドリーの言葉に俺の中でずっと渦巻いていた思いが迷うのを止めて形となる。駄目だと理解していても止める事の出来なかった思いが、セッドリーの言葉を受けてせき止められなくなってあふれ出す。

 自分が最低野郎に成り下がる覚悟が、出来た。



「……なぁ……セド……一緒に貴族辞めるか……」



「え……?」


 俺の口から飛び出した言葉にセッドリーは目を丸くして驚いた。その顔を見ていると自然と自嘲気味な笑みが自分の口元に浮かんできた。


「……俺はこの先もずっとダンジョンに入っていたい。剣を持って戦いたい……。でも学園を卒業してしまえばもう2度とダンジョンには来れないだろう」


「………うん……そうだね」


「家を継ぐことに不満なんかないけど……でもきっと俺の心は死んじまう……それに………セド……お前とだって……」


「……俺と……?」


 セッドリーの手を右手で掴んで手を繋いだ……。


「……お前とだってこんな風に一緒にいる事なんて出来なくなる……」


「……ハル兄……」


 俺の言葉にセッドリーが嫌悪感を感じていないと分かる表情に安堵した。


「セド……俺は……。

 ……俺は……セッドリー、お前とずっとダンジョンに潜っていたい……」


「…………」


「ティナたちを泣かせる事は分かっている。最低な事だと理解してる。

 だけど。……だけど俺は自分の心を殺して上辺だけを取り繕って生きていく気にはなれない……」


 吐露する様に心が吐き出される。本来なら許されない言葉だ。

 貴族に産まれて、領民からの税で生かされ育てられた。その意味を、産まれた義務を果たさねばならない……。

 でも、やっぱり、どう頑張ったって『俺』は『俺』だ。自分を殺して生きていけるような器用さは俺は持ち合わせては居ない。……自覚した『気持ち』を殺して生きていたいと思わない……。俺という『個人』である以上……俺は『俺の人生』を歩みたい。


「俺は、家を捨てる」


 繋いだ手をグッと握り、セッドリーの赤い瞳をジッと見つめた。

 その瞳がまぶたによって隠され、セッドリーが眉を寄せて目を瞑る。少しだけ震えた唇から息が吐き出され、再び現れた瞳は、少しだけ濡れていた。






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